チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の名盤として知られるアルバム
本日紹介するのは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の名盤として知られる、スヴャトスラフ・リヒテル (1915-1997年)とヘルベルト・フォン・カラヤン (1908-1989年)指揮ウィーン交響楽団のアルバム。
今日は山の日なので山にちなんだ曲を紹介しようとも思ったのですが、CDラックを眺めていて「この曲も富士山のような雄大さがあるよな」と考え、少しこじつけですが今日投稿することにします。

音楽之友社が出している『名曲名盤』シリーズで何度も第1位を取っているこちらの名盤。ただ、2023年刊行のものでは、8名の音楽評論家のうち2名が満点の3点、1名が次点の2点、そして1名が1点で合計9ポイントでの第1位。残る4名は0点ですし、合計8ポイントで第2位のマツーエフ&ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管とは僅差だったので、絶対的な名盤とは言えないかもしれませんが、この曲を聴いたことがないなら聴いてみて損はしないです。
私はリヒテル生誕100周年を記念して2014年12月にリリースされたSviatoslav Richter – Complete Decca, Philips & DG RecordingsというCD51枚組で持っていて以前のFC2ブログ「チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 リヒテル/カラヤン/ウィーン響(1962年)」でも紹介していましたが、最近になって2025年9月にリリースされたSHM-CD盤を購入し直しました。
リヒテル47歳、カラヤンと初共演
リヒテルは旧ソ連のピアニストだったので、演奏活動には制限があり、西側諸国へ活動の許可が下りたのが1960年。演奏会や録音もいくつかおこなってきましたが、1962年9月にカラヤンとの初共演となるセッション録音に臨みました。リヒテル47歳の壮年期の頃で、ダイナミックで激しい打鍵と詩的な表現が聴きどころ。カラヤンは54歳でした。1961年にベルリンの壁が作られた影響で録音場所がベルリンからウィーンに変更になり、ムジークフェラインザールでの録音となりました。
この録音については、リヒテルの自伝的な書籍『リヒテルは語る』 (ユーリー・ボリソフ著、宮澤 淳一 訳)で取り上げられていますが、
共演は楽だった。彼 (カラヤン)はいつも自分のやりたいように仕切ってしまうからね。
『リヒテルは語る』 第17章 七つの儀礼 (ブリテン) 第五の儀礼:消滅
(ユーリー・ボリソフ著、宮澤 淳一 訳)
とやや尖った言い方。
「交響曲的な協奏曲」を目指したカラヤン、「消滅」したリヒテル
カラヤンは「交響曲風の協奏曲」であると主張したのでリヒテルもできるだけ協力した、と書いています。先ほどの名曲名盤のムックでは、リヒテルの「弱音での叙情的表現が美しい」と書かれていますが、リヒテルの言葉によると「カデンツァでさえ、ピアノの響きは目立ってはいけない。」ということ。カラヤンの目指す交響曲風の協奏曲になるように、ピアノが消滅するかのように配慮したようです。
とは言え、第1楽章序奏部から聴かせるピアノの荒々しさはさすがリヒテルでしょう。対してオケはカラヤンの「楽器」。溶け合うようなビロードの響きで、まるで素材が違う組み合わせ。SHM-CD になって音質が改善し、まるで迫ってくるような怖さも感じます。
第2主題ではしんみりとして詩的なリヒテルの一面を見せてくれます。そして展開部以降の激しさと言ったら。
以前のブログでは味付けが濃い、と書いたのですが、最新発売の録音を聴くと「ドギツイ」という印象に。カラヤンが目指したシンフォニックな演奏にはなっていますが、後のカラヤンの美学と比べると脂が乗りすぎている気も…。
オススメ度
ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ウィーン交響楽団
録音プロデューサー:オットー・エルンスト・ヴォーラート
バランスエンジニア:ギュンター・ヘルマンス
録音:1962年9月24-26日, ウィーン楽友協会・大ホール
受賞
試聴
Apple Music で試聴可能。







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