このアルバムの3つのポイント
- ティーレマンとウィーンフィルによるブルックナーの交響曲第2番のライヴ録音
- キャラガン校訂による1877年第2稿を使用
- CDと映像の両方で楽しめる
ウィーンフィル初のブルックナー交響曲全集に取り組むティーレマン
アントン・ブルックナーとゆかりのあるオーケストラがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナーの名演も数多く、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ゲオルグ・ショルティ、カール・シューリヒト、カール・ベーム、ヘルベルト・フォン・カラヤン、カルロ・マリア・ジュリーニ、ベルナルト・ハイティンクなどの名録音も数多くあります。
しかし意外にもブルックナーの交響曲全集はこれまで実現していません。ハイティンクがフィリップス・レーベルで全集に取り組みましたが、企画が途中で頓挫してしまった過去もあります。2024年のブルックナー生誕200周年のアニバーサリーに合わせて、全集に挑戦しているのがドイツ・ベルリン出身の指揮者クリスティアン・ティーレマン。
ティーレマンはオペラやコンサートのライヴ録音の映像作品が多い指揮者。CDよりもDVD・Blu-rayのほうが充実している珍しいタイプです。今回のブルックナーの全集は、ライヴ録音の映像がC Majorレーベルからリリースされ、音源だけのCDがソニー・クラシカルから出ています。ウィーンフィルとのベートーヴェンの交響曲全集と同じですね。
2019年10月にライヴ録音した交響曲第8番が2020年10月のリリースで全集第1弾だったのですが(紹介記事)、演奏順としては第8番よりも今回紹介する第2番のほうが前(2019年2月)なのです。ただ、ソニー・クラシカルのCDでは2022年2月、C MajorのDVD/Blu-rayでは2022年11月のリリースとなり、タイムラグがあります。
シュターツカペレ・ドレスデンと全集を完成させたばかりのティーレマン
こちらの記事で書きましたが、首席指揮者を務めているシュターツカペレ・ドレスデンと2012年から2019年にかけてブルックナーの交響曲全集をライヴの映像で完成させているティーレマン。映像作品しかないため、CDやストリーミング配信で聴く方が多いクラシック音楽ファンの中ではあまり話題にならなかった印象です。また、同じ2021年のリリースで映像作品でのブルックナーの交響曲全集はヴァレリー・ゲルギエフとミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団ともかぶってしまい、2021年度のレコード・アカデミー賞の特別部門 ビデオ・ディスク「コンサート&ドキュメンタリー」もゲルギエフが受賞。
存在感が薄くなってしまったドレスデンとの全集に対し、人気・実力とも世界最高峰のウィーンフィルとの演奏で、しかもソニーがCDやApple Music などのストリーミング配信でも出しているので、リスナーも多く注目されているこの全集。
シュターツカペレ・ドレスデンとの第2番から2ヶ月後のウィーン
第2番はドレスデンとの全集の最後を飾ったもので、2019年2月6日にハンブルクのエルプフィルハーモニーで演奏しています。
ティーレマンにとってはスコアを頭に入れたばかりなので、効率も良かったのでしょう。その2ヶ月後のウィーンフィルとの演奏が今回紹介するアルバムです。
採用したのは新しいキャラガン校訂版
ドレスデンとの演奏でも2007年に出版された1877/1892年稿(第2稿) キャラガン校訂版を使ったティーレマンはウィーンフィルともこの版で演奏しています。交響曲第2番の初稿(第1稿)は1872年ですが、1876年に再演する際に大幅に変更していて、例えば第1楽章はアレグロの速度指示がモデラートに変わっています。再演後も加筆され、1892年に出版社から初版の楽譜が出版されたので、1877/1892年稿と言われます。
20世紀に入り国際ブルックナー協会が原典版を整備する際にローベルト・ハースが校訂し、1877年稿と1872年稿をミックスするような編集をおこなったのがハース版(1938年出版)です。
ハースが亡くなり、ブルックナー協会の校訂を再度おこなう際にはレオポルト・ノーヴァクが担当し1877年稿に基づいてハース版から1872年稿の部分を削除したノーヴァク版第2稿が1965年に出版されました。ノーヴァク亡き後、校訂をおこなったのがウィリアム・キャラガン。ノーヴァクが果たせなかった1872年の第1稿に基づく校訂を完成させ、さらにノーヴァク第2稿も再校訂しています。ノーヴァクの版では、ハース版で1872年稿からミックスされていたvide (ヴィーデ)の部分=ここからそこまで演奏せずにスキップする、の部分をスコアに残していたのですが、キャラガン第2稿では取り除かれています。
C Majorレーベルの映像作品ではティーレマンと音楽学者ヨハネス=レオポルド・マイヤーとの対談が含まれていますが、交響曲第8番については「交響曲として頂点を極め、さらにハース版において完璧だ」と語っていたティーレマン。ノーヴァク版だと第3楽章で突然フォルテッシモになるところが違和感があり、そこがハース版だとしっくり来るため、古い校訂であるハース版を使用していましたが、交響曲第2番の対談では版の言及がありませんでした。
新しさよりも往年の伝統を重視するティーレマンはベートーヴェンの交響曲全集でもブライトコプフの新版でもベーレンライターの新版でもなくブライトコプフの旧版を使用していました。このブルックナーのチクルスでも交響曲第8番は第2稿ハース校訂版、第3番「ヴァーグナー」が最終稿の第3稿ではなく第2稿ノーヴァク校訂版、そして第4番「ロマンティック」もハース校訂の1880年版第2稿を使用するこだわりを見せていたティーレマン。彼が第2番でハース版でもノーヴァク版でもなく、なぜ最新のキャラガンを使ったのか、いつか理由を聞きたいところです。ネットの一部では、交響曲全集のために第2番を演奏したが思い入れがないため版にはこだわらなかったという旨のリスナーのレビューもありますが、実際に演奏を聴くとこの第2番も細部までティーレマンのこだわりを感じるので、そんな彼が版がどうでも良かったというのは違う気がします。
ティーレマンと同じくブルックナーの交響曲全集をドイツ・グラモフォンで完成させたアンドリス・ネルソンス&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団もこちらの記事で紹介したように交響曲第2番は2019年12月3-8日に録音し、1877年版第2稿のキャラガン校訂版を使用しました。
独特の対向配置
ドレスデンのときも対向配置でしたが、ウィーンフィルとも対向配置。指揮者の右手に第2ヴァイオリンがいて、チェロは左奥、コントラバスは正面の最奥に配置するという体制。
またこのコンサートでも指揮台に譜面台はありません。ティーレマンの慣習で暗譜で指揮しています。
弦の厚み
ウィーンフィルと言えば雅な響きが特徴ですが、ティーレマンはドイツらしい重厚な響きを求めていて、第1楽章の冒頭から驚かされます。霧のような中からチェロが奏でる第1主題に厚みと歌うような表現力があります。そこにヴァイオリンの高音がうっとりとするような魔法をかけるのですが、ドレスデンではこの部分がチェロがややおとなしくヴァイオリンを目立たせていました。同じ指揮者によるほぼ同時期の演奏で、ドレスデンとウィーンフィルとのオーケストラの性質の違いが如実に出ています。第1楽章の第2主題でも豊かな木管と金管に加えてチェロに厚みがあってこんなにも深みを持っているんだと驚かされました。第3主題の長いクレッシェンドでは集中力を保って一気に力強い足取りで進んでいきます。展開部の第1主題や第3楽章スケルツォの重厚さはティーレマンならではでしょう。
第2楽章アンダンテではゆったりとしたテンポでブルックナーの荘厳な旋律を引き出しています。第4楽章フィナーレは序奏から巨大なクレッシェンドを作り、フォルテッシモの第1主題で頂点を作っています。静まり返ってから始まる第2主題では少しテンポを下げ、柔らかい温もり感じる演奏で第1主題との対比を際立たせています。
ベートーヴェンの「運命」のようにハ短調から始まりハ長調に終わるブルックナーの交響曲第2番。苦悩から勝利へとつなげるブルックナーはコーダでハ長調で結びますが、弦の3連符とホルンのシンコペーションを、さらにラストの弦のトレモロを強調しているところもティーレマンらしい「あざとさ」。
まとめ
ティーレマンとウィーンフィルによるブルックナーの初期の傑作交響曲。ティーレマンにしては珍しく新しい音楽解釈(キャラガン版)を取り入れていますが、重厚な響きで聴き応えがあります。
オススメ度
指揮:クリスティアン・ティーレマン
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2019年4月25日-28日, ウィーン楽友協会・大ホール(ライヴ)
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試聴
Apple Music で試聴可能。
受賞
特に無し。
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