深遠なベートーヴェン スヴャトスラフ・リヒテルの後期ソナタ集(1991年)

ベートーヴェン後期ソナタ集 スビャトスラフ・リヒテル(1991年)

このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン後期ソナタ集 スビャトスラフ・リヒテル(1991年)
ベートーヴェン後期ソナタ集 スビャトスラフ・リヒテル(1991年)
  • スヴャトスラフ・リヒテル晩年のライヴ録音
  • 深遠なベートーヴェンの後期ソナタ集
  • 大胆なテンポ・ルバートと境地のレチタティーヴォ

20世紀を代表するピアニストの一人、スヴャトスラフ・リヒテル。ソ連出身でロシアン・ピアニズムを引き継ぐ演奏スタイルで後世のピアニストにも大きな影響を与えました。

力強い打鍵、くっきりと引き出されたメロディライン、大胆なテンポ・ルバート、深い詩情…。リヒテルの特徴を語るには1ページまるまる使っても書ききれないぐらいです。

演奏にムラがあるのも事実で、めちゃくちゃすごい名演を生み出すこともあれば、「あれ?」と思う演奏も多かった印象です。

リヒテルはむやみにレパートリーを広げることはせず、同じ曲を何回も演奏することがありました。

ベートーヴェンに関しても、ピアノソナタ第17番「テンペスト」や、ピアノ協奏曲第3番はリヒテルが愛聴した曲で録音も数多いです。

若い1950年代から1970年代にかけてのリヒテルの録音には、技術面で圧倒される演奏が多かったですが、1990年代以降の晩年に残した録音では趣が異なってきます。

今回紹介するのは、1991年10月に、ドイツ・シュトゥットガルトの北にある、ルートヴィヒスブルク城オルデンスザールでのライヴ録音です。演奏したのは、ベートーヴェンの後期ソナタ第30番〜32番です。

私は2010年にリリースされたDeccaの定盤シリーズのUCCD-2145で聴いていますが、品薄になっています。2018年にDeccaからUCCD-9957で再リリースされています。

UCCD-2145では「スタジオ録音ではリヒテル唯一の、至高と言っても決して過言ではない貴重なアルバムです」と説明が書いてありますが、このアルバムはライヴ録音です。第31番の第3楽章では観客の咳が聞こえますし、第32番の演奏後にはしっかりと拍手と「ブラボー」が入っています。

ピアノソナタ第30番 Op.109

ピアノソナタ第30番は、少なめのペダルで第1楽章がそっと始まります。メロディラインをしっかりと強調し、レチタチーヴォが美しいベートーヴェンの後期ソナタらしく、ロマンティックな演奏です。

第2楽章はリヒテルらしく、ダイナミックで力強いきびきびとした演奏。音量は繊細にコントロールされていて、弱音から強音までのレンジが幅広いです。ただ、打鍵は少しもつれてしまっています。このときリヒテルは76歳。年齢を感じるとノーミスでの完璧な演奏は難しかったのでしょうが、非常に力強くイキイキとしています。

第3楽章は落ち着いた曲想で、ただただ、ピアノの美しさに引き込まれてしまいます。リヒテルの詩情がよく出ていますね。

ピアノソナタ第31番 Op.110

ピアノソナタ第31番1965年のピアノソナタ第31番のリヒテルのライヴ録音を紹介(FC2ブログ)していますが、そのときは、まさにヴィルトゥオーソの面が前面に出た、技術的に高度な演奏でした。しかし、この再録音ではだいぶ趣が異なります。

テンポは少しゆっくりに設定されていて、音に透明感があります。デジタル録音ということもあるが、リヒテルがこの曲で透き通るように打鍵やペダルを工夫していることが伺えます。

第1楽章ではクリスタルのような美しさですし、特徴的な第2楽章はめちゃくちゃ遅いテンポで、力強いタッチで音を重ねて響きを立体的に出しています。この楽章はAllegro molto(非常に速く)なのですが、1965年の録音でもリヒテルの解釈ではとてもゆっくりでした。

第3楽章では少し落ち着いたテンポで、じっくりと聴かせてくれます。この曲の内面的な美しさがよく表れていて、ベートーヴェンが楽譜を通じて伝えたかった曲の美しさはきっとこういう感じだったんだろうという気持ちになります。和音をガンガンと鳴らした旧録とは異なり、ここでもクリアなタッチで高音部のメロディを慎重に弾いています。

ピアノソナタ第32番 Op.111

ピアノソナタ第32番はブリリアントクラシックレーベルで発売されている1975年のライヴ録音(FC2ブログ)では、この曲を駆け足で超絶的な技巧で弾きこなしていました。1991年のこのアルバムでは、作品の内面により迫っている印象です。

第1楽章は、冒頭の下降する和音でがったんという音が入るのが気になりますが、音符の細かい速いパッセージをものともせずに正確に演奏しています。76歳の演奏とは思えないですね。左手の強い和音もズシンとハマり、曲にメリハリが付き、迫力があります。

第2楽章は落ち着いたテンポでじっくりと演奏されていきます。

中間部でも、1975年の旧録と異なり、テンポがせっかちになることもなく、弱音で優しく弾かれていきます。

レチタティーヴォでは、ポツリポツリと語るかのように右手で美しいメロディが歌われています。これほどまでのレチタティーヴォは他に聴いたことがありません。

演奏が終わると割れんばかりの拍手と「ブラボー」が聞こえます。

スビャトスラフ・リヒテルの最晩年のベートーヴェンの後期ソナタ集。ライヴ録音ですし、76歳という年齢もあり、キズもありますが、大胆なテンポ・ルバートや境地に入ったレチタティーヴォなど、リヒテルらしさが満載です。

これまでの人生を振り返らせてくれるかのような、深いインスピレーションを与えてくれる演奏で、ピアノがこれほど深遠な楽器であることを気付かせてくれるリヒテル晩年の名演でしょう。

オススメ度

評価 :4/5。

ピアノ:スビャトスラフ・リヒテル
録音:1991年10月, ルートヴィヒスブルク城・オルデンスザール(ライヴ)

【タワレコ】ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第30番, 第31番, 第32番 / スヴャトスラフ・リヒテル

特に無し。

特に無し。

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