バイエルン放送響がラトルを首席指揮者として初来日
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を退任して、祖国イギリスのロンドン交響楽団の音楽監督を務めたサー・サイモン・ラトル。蜜月は続くかと思ったら2023年でロンドン響のポストは更新しないと宣言し、ベルリンにいる家族との時間を増やすためにミュンヘンのバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就いたことは2021年1月の記事で紹介)しました。バイエルン放送響としてもマリス・ヤンソンスが2019年11月30日に亡くなってから首席指揮者の座は空席のまま。念願の首席指揮者がヤンソンスの親友でもあるラトルというのはバイエルンのファンとしても嬉しいこと。
2022年10月にロンドン響の音楽監督として最後の来日公演をおこない聴衆を湧かせたラトルが、ついに2024年11月にバイエルン放送響の首席指揮者として初の来日公演を果たしました。
11月27日のサントリーホールでの演奏会に行ってきました。
クリスマスのイルミネーションや飾り付けがされ、祝祭モードのサントリーホール。
サントリーホールには何度も来ていますが、今回は厳戒態勢。写真撮影やプレゼント渡しが禁止と繰り返しアナウンスされ、スタッフも多めで客席からスマホで撮影しようものならすぐに飛んできます。
聴衆の中にはドイツ人らしき方もちらほらいて、やっぱり世界ランキングでトップ3に入るとも言われるバイエルン放送響が日本に来るなら聴きたいようなぁと共感してしまいました。
主要な指揮者にハイティンクを入れてほしかった…
今回のコンサートのスポンサーは富士電機。
冊子を読んでいるとバイエルン放送響のプロフィールに歴代の首席指揮者オイゲン・ヨッフム、ラファエル・クーベリック、コリン・デイヴィス、ロリン・マゼール、マリス・ヤンソンス、サー・サイモン・ラトルの名前、そして主要な客演指揮者としてエーリヒ・クライバー、カルロス・クライバー、オットー・クレンペラー、レナード・バーンスタイン、ゲオルグ・ショルティ、カルロ・マリア・ジュリーニ、クルト・ザンデルリング、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、さらに今日の重要なパートナーとしてヤニック・ネゼ=セガン、リッカルド・ムーティ、ヘルベルト・ブロムシュテット、フランツ・ウェルザー=メスト、ダニエル・ハーディング、イヴァン・フィッシャーの名前が挙がっていました。あれ、と思いました。ベルナルト・ハイティンクの名前がありません。あんなに指揮台に立って特にマーラーとブルックナーで数え切れないほど録音もおこなっているのに。ハイティンクとののコンビも好きな私としては入れてほしかったなぁと。
対向配置で
厳重な体制のため演奏前のステージの写真を撮ることができなかったのですが、オーケストラのは位置は対向配置 (両翼配置)。指揮者の左から右に第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンが並びます。コントラバスは客席から見て第2ヴァイオリンの右奥に8人。正面奥は左からトランペット、ティンパニはトロンボーン、バス・チューバ。ホルンは8でブルックナーでうち4人がヴァーグナー・チューバに持ち替え。最近は対向配置が増えていて、私も生で聴いた昨年のベルリンフィル、ゲヴァントハウス管、そして今年のウィーンフィルも対向配置でした。
去年同時期のゲヴァントハウス管の来日と似たプログラムだが…
プログラムは以下の通り。
- ジェルジ・リゲティ: アトモスフェール
- リヒャルト・ヴァーグナー: 歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
- アントン・ヴェーベルン: 管弦楽のための6つの小品 Op.6
- リヒャルト・ヴァーグナー: 楽劇『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死
- アントン・ブルックナー: 交響曲第9番ニ短調 (コールス校訂版)
来日前にミュンヘンのイザールフィルハーモニーでの演奏会がYouTube で配信されましたが、それと同じ曲目。
【YouTube】こちら
こちらの記事で書いたように、トリスタンとブルックナーの9番の組み合わせは去年の同じ時期にアンドリス・ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のサントリーホール公演で聴き、20分ほどのトリスタンの演奏が終わったら20分ほどの休憩に入り、そして後半のブルックナーという段取りでした。今回のバイエルン放送響では前半がさらに3曲もあり、休憩に入ったのは19:50ぐらい。20:10ぐらいから後半のブル9が開始されたので、終演は20:20 頃でした。これだけの長丁場だとアンコールは無いだろうと思っていましたので、プログラムの曲目を終えてオーケストラは解散。演奏者の皆さんもお疲れ様でした。
切れ目なく続けたリゲティとヴァーグナー、ヴェーベルンとヴァーグナー
前半ではアトモスフェールとローエングリン前奏曲を休みなく演奏し、拍手の後に3つの小品とトリスタンをつなげて演奏するスタイル。リゲティのピアノの奏者やベルクのチェレスタなどはヴァーグナーでは登場しないのですが切れ間なく演奏されたので移動しないままヴァーグナーへ入り、演奏を聴き入っていました。
これ以上ない静寂から始まったアトモスフェール。休憩時間に「今まで聞いたことのない音がした」と周りの方々が話しているのが印象的でした。ローエングリンでは遠くから柔らかく光が差し込むようで、バイエルン放送響の透き通った響きと美しさが感じられました。トリスタンでは冒頭のチェロの美しさに心打たれ、愛の死での官能美にノックアウト。
珠玉のブルックナー
後半はブルックナーの交響曲第9番。演奏前は、ラトルのブルックナーを聴くなんて物好きだなと我ながら思っていました。ロンドン響との録音でもモダンで斬新だったので、バイエルン放送響とのコンビでどうなるのか。
第1楽章の提示部では「ブルックナー霧」がかすかに聴こえるように始まります。文字通り空気が揺れるようなこの感じ。これほど小さな音が出せるのかと驚いたのですが、主題の断片が現れると徐々にヒートアップ。クレッシェンドからフォルテフォルテッシモに達する63小節では間髪いれず最強音を響かせますが、バイエルン放送響らしいまろやかな音色。対向配置の効果を随所で感じ、123小節のような第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのオクターブでは左右でステレオ効果を発揮していました。
ラトルの指揮は客席から観ているととても分かりやすく、指揮者が向くとその楽器の音がくっきりと出てきます。第2楽章のスケルツォでは速いテンポながらも一糸乱れない精緻なアンサンブル。途中ラトルが指揮しなくてもオケが揃っているのはすごかった。
ラトルのブル9と言えば4楽章補筆版のベルリンフィルとの演奏が有名ですが今回はコールス校訂版による3楽章版。その終楽章ではラトルはブルックナーの真髄に迫っていました。漂うような美しさ、そしてガラスが割れるようなニ音の強烈な一撃。全休止でピタッと止まった後に、再び時計が動き出すように進むオケ。フィナーレではラトルはヴァーグナーチューバを向き合い交響曲第8番のアダージョの旋律を引き出し、さらにホルンを向いて交響曲第7番の冒頭を浮かび上げます。
演奏後に拍手に応えたラトルは個々の際立った演奏者に歩み寄って賛辞を贈っていました。ヴァーグナーチューバとホルン、フルートが特に印象的でした。ラトルとバイエルンのブルックナーはすごい。
私の「推し」のバイエルン放送響。ラトルとのコンビで伝統を継承しつつも新たなスパイスが加わったようで、今後も楽しみです。忘れられない夜になりました。
指揮:サー・サイモン・ラトル
バイエルン放送交響楽団
演奏:2024年11月27日, サントリーホール
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