- 2014年3月のコンセルトヘボウでのライヴ
- 意外に厳しい表情の第1楽章
- コンセルトヘボウ管の豪華なハーモニーとヤンソンスの円熟した音楽
2014年3月のライヴ録音
指揮者のマリス・ヤンソンスは2015年3月でロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を退任した。その一方で、二足のわらじを履いていたバイエルン放送交響楽団との首席指揮者は続けることとなり、2019年11月にヤンソンスが亡くなるまで関係が続くこととなった。
今回紹介するのはコンセルトヘボウ管を指揮してライヴ録音したブルックナーの交響曲第9番。2014年3月コンセルトヘボウでの演奏で、コンセルトヘボウ管の自主レーベルRCO Liveから2016年2月27日にリリースされた。
思い出すあの当時の記憶
この演奏を聴くとあの日の記憶が思い出される。
私は前職の会社で働いていたとき、2015年から2016年春まで超絶ブラックな働き方をさせられていた。少ない人数で多くのプロジェクトを回さないといけなく、さらに本業と関係ない社内調整の雑務が多すぎ、平日は連日22時以降か終電で帰り、毎週土日のどちらかは出勤。審査会の直前では、土曜の朝8時に出社して、上司が帰らせてくれずそのまま会社で徹夜させられ、日曜の夜10時にようやく帰れた。11日連続出勤したこともあった。長期休暇も、ゴールデンウィークは1人で海外出張に行くことになり、連休がほとんど無くなったし、夏休みは3日だけ、シルバーウィークも2日だけ、年末年始は3日休めたが、家庭のやむを得ない事情で1日休暇を取ると、上司からクレームの電話が来たし、他部署からも後日グチグチ言われた。さぞ残業代をもらっていると思われるかもしれない。こんな働き方をして、裁量労働制。つまりいくら休日出勤しても残業しても、残業代は固定で、実態よりもだいぶ少ない時間分しかもらえなかった。
2016年2月末でプロジェクトの納期を迎え、2月27日と28日はいつぶりか忘れたぐらいに久しぶりの土日とも休みが取れた。せっかくの2連休だったのだが、妻はその数日前に出産のため実家に里帰りをしてしまい、私は一人に。2月27日はふらっと外の空気を吸ってこようと思い、渋谷のタワーレコードに行った。
そこで出会ったのがこのヤンソンスとコンセルトヘボウ管の新譜。試聴できたのでどんな演奏かと思って聴いてみると、テンポが速めだったが、ビロードのような滑らかさ、金管の柔らかな響きに魅了されて、迷わず購入を決めた。
決意と覚悟
早速この録音をウォークマンに移植し、翌日は都立公園で池をぼーっと眺めながらこの録音を聴いていた。プロジェクトの納期を迎え、一つの節目を迎えたのだが、2週間くらい前から、既に遅延していた別プロジェクトにアサインされていて、また今後も数ヶ月忙しくなることが目に見えていた。プロジェクトのリーダー兼担当者を何個か兼務したおかげで、この1年でかなりスキルは身に付いたと思っていたし、何よりもこのペースで働けば、自分自身がボロボロになるか、家庭が持たないかのどちらかになってしまうのは目に見えていた。元々、入社して1社に留まる予定はなく転職するつもりでいたのだが、そのタイミングが予定よりも早く来たと考えた。そろそろ行動に移すか。決意と覚悟を持って考え事をしながらこの演奏を聴いていた。
意外にも厳しい第1楽章
第1楽章からテンポはやや速め。怒涛のように流れ込むところも滝が落ちるぐらいにかなり急だ。このディスクを紹介していたタワーレコードのスタッフによるポップには、ヤンソンスがレニングラードフィル時代にアシスタントを務めていたムラヴィンスキーの影響が感じられると書いてあったが、確かにムラヴィンスキーも速かった記憶がある。
渦巻くようなシンフォニーを聴きながら、「世の中そんなに甘くないぞ」と諭されているような気にもなった。柔らかい音楽作りをすると思っていたヤンソンスが意外にも厳しい表情の演奏をおこなっている。
ただ、ハーモニーはヤンソンスらしく緻密だ。オーケストラがコンセルトヘボウ管だけに、ビロードのようにきめ細かなハーモニーがとても心地よい。金管の強音のフレーズでも、キンキンと鳴ることはなく、非常に柔らかく、耳に優しく聴こえる。ヤンソンスのハーモニーへのこだわりが感じられる。
息もつかない第2楽章
第2楽章は息もつかない集中力で一気に駆け上る。ここでもコンセルトヘボウ管らしい芳醇なハーモニーで、金管もビロードのようだ。
楷書体の第3楽章
厳しい第1楽章、息もつかない第2楽章と続いて、第3楽章ではようやく幸せな世界が表現されたと思いきや、ゆったりとせずに無情にも速めのテンポ。楷書体のようにさらっとしていて、「夢なんか見ている場合じゃないぞ」と言われているような気分になった。ただ、ハーモニーはきめ細かく美しい音色を保ったまま進む。透き通った美音がとても美しい。
エピローグ
結局、私はこの録音を聴いた2ヶ月後には転職活動を始め、3ヶ月後には次に行く会社が決まった。連日の終電帰りでもう一つのプロジェクトも何とか納めることができたし、以前に納めたプロジェクトのアフターケアもやって、やり尽くした気持ちでいっぱいだった。
あれからかなりの月日が経ったが、今でもこのヤンソンスとコンセルトヘボウ管のブルックナーの交響曲第9番を聴くと、当時の記憶が蘇ってくる。苦々しい消したい記憶ではなく、辛さもあったが嬉しさもあった、そんな記憶。
同時期のバイエルン放送響との録音も
さて、このブルックナーの交響曲第9番には2014年1月のバイエルン放送交響楽団とのライヴ録音もある。こちらの記事に感想をまとめているが、コンセルトヘボウ管との厳しい演奏に対して、バイエルン放送響とは少し柔らかくゆったりとした演奏をおこなっている。同時期なのにオーケストラが違うとこんなにも違うものかと驚いた。
まとめ
ヤンソンスがコンセルトヘボウ管を勇退する1年前の演奏だが、これだけ丁寧にハーモニーを作るコンビが解消されてしまったのは非常に残念に思える。またコンセルトヘボウ管の指揮台に上って欲しいと思わせる極上の1枚。柔らかさや甘さだけではない、厳しい表情も見せるブルックナー。
オススメ度
指揮:マリス・ヤンソンス
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:2014年3月19, 21, 23日, コンセルトヘボウ(ライヴ)
スポンサーリンク
【タワレコ】ブルックナー:交響曲 第9番(UHQCD)試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:3
ヤンソンスのブルックナー9番は聴いていませんが、各楽章毎のご説明を読むと朧げながら演奏イメージを思い浮かべることが出来ます。
私はヤンソンスという指揮者、ブルックナーに限らずスタンスが客観的過ぎてやや馴染めないところがありますが、一方でその完成度の高さや音の美しさにはいつも感銘を受けます。
機会があったら第9を聴いてみたいです。
クライバーフェチさん、コメントありがとうございます。
マリス・ヤンソンスについては、私は2009年11月のバイエルン放送響の来日公演のラジオ生放送で聴いたのが最初の出会いでしたが、そのときのブラームスの交響曲第2番があまりピンと来ませんでした。ただ、その後でヤンソンスのレコーディングを聴くようになってから、ようやく良さに気付いていきました。
ブルックナーの交響曲第9番については、こちらの記事で紹介したコンセルトヘボウ管でのビロードのように美しい響きながら厳しい表情を見せた演奏に驚いたものでしたが、同じ年のバイエルン放送響との録音では温かくて慈愛があって、オーケストラが変わるとこんなにも違うものかと、さらに驚きました。
ムジカじろう様
超ハードワークなのに成果に見合った給料が貰えなかったり、満足に休みも取れないといった極限の状況下、久しぶりに取れた休日にヤンソンス指揮コンセルトヘボウ管の新譜に出会う。これは正しく「何かの縁」だろうと思います。私も生活における体験(どちらかと言えば辛い方の)と音楽が結びつくことがあるので、お書きになっている「感じ」は分かります(私の場合はシベリウスの第7でしたが)。
最後に「辛さもあったが嬉しさもあった」と書かれていたので救われました。
ヤンソンスのブルックナー第9、私も聴いてみます。