このアルバムの3つのポイント
- ヴラディーミル・アシュケナージによるピアノと指揮の二刀流が堪能できるアルバム
- 「展覧会の絵」のピアノ原曲版とアシュケナージ自身による管弦楽編曲版
- 飾らない土臭さ
ウクライナの首都キエフ
1つ前の記事でウクライナ出身の名ピアニスト、ヴラディーミル・ホロヴィッツの演奏を紹介しましたが、本日ついにロシアがウクライナに侵攻。予断を許さない状況になってきました。
ウクライナの首都キエフと聞けば、クラシック音楽ファンなら「展覧会の絵」を思い出すでしょう。ロシアの作曲家、モデスト・ムソルグスキーが友人の画家が急死し、その遺作展が開催されてから半年後に完成したのがピアノ組曲の「展覧会の絵」。プロムナードは「散策」とか「散歩道」の意味ですが、このプロムナードが第1曲から登場し、途中でも絵画と絵画の間に雰囲気やテンポが変わって登場します。まるで展覧会を見ながら廊下を歩いているようです。この組曲の最後に出てくるのが「キエフの大門」。フィナーレに相応しい壮大さがあります。バラエティ番組の「ナニコレ珍百景」のBGMとしても有名ですよね。
ピアニスト、指揮者としての二刀流のアシュケナージ
旧ソ連出身のヴラディーミル・アシュケナージはピアニストとして若くして活躍し、1955年のショパン国際コンクールで第2位、1962年のチャイコフスキー国際コンクールで第1位タイという快挙。しかしピアニストだけでは飽き足らずアシュケナージは30代中盤の1970年代から指揮者としても活躍の場を広げます。今回紹介するアルバムは、1982年のレコーディングで、「展覧会の絵」のピアノ原曲版を6月に、そしてアシュケナージ自身が編曲した管弦楽曲版が9月に録音されたものです。まさに二刀流のアシュケナージならではのアルバムでしょう。
ピアノ原曲版は、ホロヴィッツの1951年のカーネギー・ホールでのライヴ録音や、同じく旧ソ連出身のスヴャトスラフ・リヒテルの1958年のブルガリア、ソフィアでおこなわれたピアノ・リサイタルのライヴ録音、通称「ソフィア・ライヴ」が名盤として知られていますが、私はこのアシュケナージの録音も好みです。
音の色彩感に優れたアシュケナージのピアノですが、この「展覧会の絵」ではロシアらしい凄みを感じます。明朗で力強いプロムナードから流れるように入る「グノム(小人)」では突然グロテスクになり驚かされます。2つ目のプロムナードから「古城」に入ると、まるで過去を振り返るように内省的になりしんみりとした心情を吐露しています。強靭さを増した3つ目のプロムナードを経て、「テュイルリーの庭」では明るくもありどこかせわしない感じ。そして注目はやはり「ビドロ(牛車)」でしょう。アシュケナージの強靭なタッチで重々しく描かれていきます。晴れから突然曇りになったかのように、雰囲気まで変わってしまいます。全部書くと長くなってしまうので一気に終曲の「キエフの大門」に行きますが、「ビドロ」の力強さが再現するかのように大きな門が壮大なスケールで描かれます。
アシュケナージ自身による管弦楽曲編曲版
ムソルグスキーはピアノ原曲版しか遺していませんが、やはりこの曲を聴くとオーケストレーションしたくなるのでしょう。様々な音楽家が管弦楽曲版に編曲してきました。中でもモーリス・ラヴェルによる編曲が定着しています。ラヴェルのきらびやかなオーケストレーションは確かに名曲ですが、ピアノ原曲とはテイストが違っているところもあります。アシュケナージは敢えて自ら管弦楽曲に編曲して、モーツァルトのピアノ協奏曲の録音でも協演を重ねていたフィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音しています。2000年代にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立ったときにも演奏していました。
プロムナードがトランペットから始まるところはアシュケナージ編曲版もラヴェルと同様ですが、原曲に近いやや速めのテンポを取っているのが特徴。また、ラヴェルだったら派手に行くところをアシュケナージは地味にしています。「グノム」でもスケールを持たせずにややこじんまりとして原曲の不気味さを出しています。「古城」はイングリッシュ・ホルンでしょうか、物哀しい旋律が印象的です。「キエフの大門」ではベルやトライアングル?がシャラシャラとしてきらびやかさを出していますが、最後までロシアの風土を感じさせるような土臭さがあります。
まとめ
アシュケナージのピアノと指揮の二刀流を楽しめるアルバム。「展覧会の絵」のアシュケナージ編曲版による管弦楽曲もラヴェルとは違う土着の魅力があります。
オススメ度
ピアノと指揮:ヴラディーミル・アシュケナージ
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1982年6月(ピアノ), 9月(管弦楽曲版), キングズウェイ・ホール
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
ラヴェル編曲のオケ版でこの曲は刷り込まれているので、ピアノ演奏を聴いていてもどこかで、ここはクラリネット、ここはトランぺットのように、色がついて聴こえるところがありました。ところがアシュケナージのピアノ演奏を聴いていると、ラベル編曲版でそのメロディーを演奏する楽器のイメージとは全く異なる弾き方をしている箇所がいくつもあることに気が付きました。その後に、アシュケナージ編曲のオケ版を聴いて、その謎がだいぶ解けました。ラヴェル版で演奏者泣かせの、ビドロのチューバや、サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレのトランペットなどに代わって、意外な楽器が演奏していました。シンバルやスネアドラムの登場頻度が高く、入り方も独特な印象でした。大変興味深いアルバムだと思います。