このアルバムの3つのポイント
- スクリャービンの第一人者のアシュケナージによるピアノソナタ
- ロマンと詩情、そして情熱
- オランダのエジソン賞受賞
今年はスクリャービンの生誕150周年
ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービン(1872ー1915年)は、セルゲイ・ラフマニノフと同郷で1歳違い。ただ、43歳で早逝してしまったこともあり、前奏曲「鐘」やピアノ協奏曲第2番などでクラシック音楽に詳しくない方にも有名なラフマニノフに比べて、スクリャービンは知る人ぞ知る存在。録音も演奏もやはり少ないですよね。
交響曲でも往年の名指揮者の中でレパートリーにしていたのは限られていますし、全曲ではなく第4番「法悦の詩」だけ演奏するみたいな状態でしたし、ピアノ作品もメジャーなピアニストで演奏していたのはロシア系ピアニスト(ヴラディーミル・ホロヴィッツやスヴャトスラフ・リヒテル、ヴラディーミル・アシュケナージ、アナトール・ウゴルスキ、エフゲニー・キーシンなど)がいるぐらいで、名ピアニストが多くいても演奏されるのが非常に少ないのです。
ただ、今年は生誕150周年ということで私もフォーカスする1年にしたいと思っています。アニバーサリーとあって、早速ユニバーサル・ミュージックでは、1月12日にドイツ・グラモフォン、デッカレーベルのスクリャービンの往年のレコーディングが再発売されます。入手困難となっていたCDがSHM-CDの高音質でリリースされ、しかも低価格(2枚で2400円ほど)で買えるのは嬉しいですね。
さてスクリャービンの作品を何から紹介しようかと考えたのですが、まずは傑作として知られていて単一楽章という構成もユニークなピアノ・ソナタ第5番かなと思ったのですが、先月12月25日の福間 洸太朗さんのピアノ・リサイタル(こちらの記事で少し触れました)でピアノ・ソナタ第2番「幻想ソナタ」嬰ト短調 Op.19を聴き、感銘を受けたので、初期の作品で聴きやすいということもあり、この曲から紹介しようと思うことに。
スクリャービンの第一人者アシュケナージ
旧ソ連出身のピアニスト兼指揮者のヴラディーミル・アシュケナージはスクリャービンの第一人者。ピアニストとしてピアノ・ソナタ全集やピアノ協奏曲の録音をおこない、指揮者としても交響曲全集を完成させています。ピアノ・ソナタは1972年から84年にかけて12年掛けてじっくりと録音されましたが、1972年と言えばサー・ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を完成させていますし、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集やショパンのレコーディングにも取り掛かっていた時代。
詩情、そして情熱
アシュケナージによるピアノ・ソナタ第2番は1977年6月にイギリスのキングズウェイ・ホールでのセッション録音。この第2番を含むアルバムがオランダのエジソン賞の1979年の器楽部門を受賞した名盤です。
スクリャービンの初期のピアノ作品はフレデリック・ショパンの影響が濃く、ロマン的でピアニズムが随所に現れています。ピアノ・ソナタ第2番は2楽章から成る作品で、演奏時間は12分ほど。「幻想ソナタ」という副題が付いています。クラシック音楽の作品で「幻想 (Fantasy)」と付く副題は多いですが、私も誤解していましたが、必ずしも「幻想的」という意味ではなく、従来の慣習に比べて構成が柔軟だったり自由な作風の作品に対して使われます。作品が伝統的な音楽ジャンルの構造になっていないという批判をかわすために作曲家自身が「幻想」を付けることもあります。
ピアノ・ソナタだと、3楽章または4楽章の形式が一般的で、アレグロ→アンダンテ→アレグロとか、アレグロ→アンダンテ→トリオ→アレグロのように、最初の楽章と最後の楽章が速めのテンポで中間楽章がゆっくりめというのが多い形式です。スクリャービンもピアノ・ソナタ第1番では4楽章の形式を取っていましたが、第2番は2楽章だけ。しかも第1楽章は嬰ト短調の第1主題ですが、嬰ト短調に戻らないで第1楽章を終えるという大胆な作りになっています。まさに「幻想」ですね。
この「幻想ソナタ」は、黒海を訪れたときのインスピレーションから作曲され、第1楽章は夜の海の凪(なぎ)、第2楽章は嵐を象徴するものとされています。(Wikipediaより)
アシュケナージのこの演奏では冒頭は薄暗い情景から徐々に熱を帯びていき、そしてノクターンを思わせる詩的な演奏に変わっていきます。デッカレーベルならでは立体的なサウンドです。第2主題では水面のきらめきを感じます。展開部では情熱的になり、激しい再現部に入り、第1主題がクリスタルのようにくっきりと演奏されていきます。終盤では高い分散和音がぴちぴちと水が跳ねるかのように動的になり、デクレッシェンドしてきらめきが水面に溶けていくようです。
そして第2楽章では表情を変え、渦のような激しさを表現しています。その中でもアシュケナージは第1楽章との関連で水のきらめきのようなパッセージを明確に捉えています。絶えず動き続けるこの楽章では、アシュケナージのテクニックが光ります。
まとめ
ロマンと詩情と情熱。短い音楽にスクリャービンの魅力がギュッと詰まった名曲で、アシュケナージによるピアノで聴けます。今年生誕150周年を迎えるスクリャービンをこれから聴こうという方にもオススメです。
オススメ度
ピアノ:ヴラディーミル・アシュケナージ
録音:1977年6月, キングズウェイ・ホール
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
ピアノ・ソナタ第2番「幻想」、第7番「白ミサ」、第10番、2つの詩曲Op.32、4つの小品Op.56、2つの舞曲Op.73のアルバムが1979年のオランダ・エジソン賞の器楽部門を受賞。
コメント数:1
ご紹介いただいたピアノ・ソナタ第2番は、美しくなじみやすい曲でした。アシュケナージのショパンのノクターン全集をよく聴いていますが、何か共通するところがあったかもしれません。でもショパンとは少し違う、なんとなくドビュッシー的な響きも感じました。(本当に素人の感想です。)スクリャービン、どこかで聞いた名前だけど、というのが正直なところでした。自分のライブラリを確認したら、ショルティ時代のシカゴ響クラリネット主席奏者の Larry Combs のアルバムに、スクリャービンのプレリュードから何曲か抜粋したものが、クラリネットとピアノの編曲で収録されていました。このアルバムはブラームスのクラリネット・ソナタ目当てに購入したものだったのですが、スクリャービンも改めて聴きなおしてみました。クラにとっても超絶に難しいのですが、やはり独特な美しさがありました。この間まで、ほとんど未知の作曲家でしたが、もっと聴いてみたくなりました。