このアルバムの3つのポイント
- シャイー×ゲヴァントハウス管のベストコンビによるブラームス
- 由緒ある重厚感に現代的な躍動感をスパイス
- 英国グラモフォン賞受賞!
シャイーとゲヴァントハウス管によるブラームスの交響曲全集
リッカルド・シャイーは2012年から2013年にかけて、当時カペルマイスターを務めていたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とブラームスの交響曲全集を録音した。2007年から2009年に録音したベートーヴェンの交響曲全集に続くツィクルスで注目を集めた。
この全集は、私も2013年9月に発売されたアルバム(品番478-5344)をすぐに購入して、「これはすごいんじゃないあ」英国の音楽賞であるグラモフォン賞の年間最優秀レコードと管弦楽部門のダブル受賞という快挙を果たした。
シャイーのブラームスの交響曲全集と言えば、1987年から1991年に掛けて当時首席指揮者を務めていたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との録音があるのだが、確かにうまいのだが、あまり印象に残らない演奏であった。このブラームスに限らず、コンセルトヘボウ管時代のシャイーは、録音の数は多いのだが、記憶にも記録にも残らないものばかりな気がする。自分の聴き方が悪かったのしれないので、また今度集中的に聴いて振り返ってみたい。
マニア喜ぶ珍しい管弦楽曲も
この全集は交響曲だけではない。ベートーヴェンの交響曲全集のときも、珍しい序曲を録音していたが、このブラームスでもマニアが喜ぶであろう珍しい作品を録音しているのだ。交響曲第1番第2楽章の初演版や、後に削除された第4番の第1楽章のオリジナルの冒頭部分、さらには世界初録音となったクレンゲル編による間奏曲Op.116-4、Op.117-1も含まれているのだ。
普通は45分以上掛かる交響曲第1番でCD1、第2番と第3番でCD2、第4番でCD3の3枚に分かれることが多いブラームスの交響曲全集だが、このシャイー/ゲヴァントハウス管盤では、速めのテンポなので交響曲第1番&第3番がCD1、第2番&第4番がCD2、そしてCD3はまるまる管弦楽曲の収録となっている。
交響曲第1番 ハ短調
冒頭はティンパニーの連打と、弦、木管、ホルンの重苦しいハ短調の調べで始まるが、その重厚感がすごい。テンポは少し速めだが、演奏の密度が濃いのだ。ティンパニーの執拗な連打がこの曲の重厚感を出すのに大事な一役を買っているが、まるでブラームスがこの交響曲の着想から完成までに21年も要した苦労を物語っているかのように聴こえる。ゲヴァントハウス管のティンパニーは特に良い。第1主題も少し速めのテンポだが、弦と木管、金管が低音から高音まで分厚くハーモニーを奏でる。テンポが速い分勢いがあり、迫力が出ている。
第2楽章のAndante Sostenutoでは穏やかな旋律であるが、ここもメロディラインを支える低音部のハーモニーが分厚い。まるでコンサートホールで実際に聴いているかのように、オケの音がよく聴こえる素晴らしい音質である。少し影のあるブラームスの旋律が、しみじみと聴こえる。
なお、この第2楽章は初演時の楽譜バージョンも収録されているが、その違いが面白い。あっさりとした序奏の後にすぐに主題が入るので、今の版に聴きなれた人にはあっけなく聴こえるだろう。ヴァイオリンが主に演奏する旋律は変わらないのだが、伴奏がところどころで全く違うものになっているのでびっくりする。シンプルな構成の伴奏なのだが、今の版がメロディラインと同化する伴奏だと例えるなら、この初演版は伴奏が影のように、光輝くメロディと相いれない。この聴き比べはとても面白いが、今の版のほうがやっぱり良いと感じる。
第3楽章もふくよかな響き。分厚い伴奏の上で、木管が柔らかにメロディを奏でる。第4楽章は序奏でホルンとフルートが交互に光輝くように旋律を奏でるが、その際も伴奏の低音部が重厚で、メロディラインとの対比が明らかになっている。
交響曲第2番 ニ長調
ブラームスの「田園」とも言うべき穏やかな作品だが、このシャイーとゲヴァントハウス管の演奏は最初から良いなと思う。弦の低い伴奏の後にホルンが第1主題を奏で、それを木管が引き継ぐというたった30秒足らずなのだが、その音色がとても心地よい。そしてヴァイオリンがメロディを高らかに歌うのだが、そのツヤのある美しさが特に素晴らしい。ここでも低い弦の伴奏がしっかりと響かされているのがシャイーとゲヴァントハウス管らしい。再現部でもヴァイオリンと木管が引き継ぐ第1主題が本当に美しいが、その後に速いテンポで情熱が溢れる演奏に変わる。この演奏を聴くと「田園」と例えられる穏やかな曲想だけではなく、ブラームスらしい情熱がほとばしっていることに改めて気付く。
第2楽章はホルンのけだるい旋律にファゴットが絡むというフレーズから始まるが、その音色がよく引き立っていて、非常に素晴らしい。第3楽章も、チェロのピチカートにオーボエが軽やかに歌うが、それぞれの響きがよく引き出されている。
第4楽章は少し速めのテンポで短めの第1主題のフレーズを奏でた後に、一気に嵐のようにオケ全体が鳴り響く。
強烈で、重厚なサウンドである。さすがゲヴァントハウス管。第2主題は優雅な旋律であるが、低音部までよく響いた分厚いハーモニーで、本当にシンフォニックな演奏である。クライマックスになるとまた嵐のようにオケ全体が轟く。単なる穏やかな「田園」とは呼ばせないほどの、重厚なブラームスである。
交響曲第3番 ヘ長調
シャイーとゲヴァントハウス管の演奏はここでも重厚。第1楽章はパッションがほとばしる曲想であるが、シャイーは単にうわべだけではなく、低音部もしっかりと響かせて重厚なシンフォニーを築いている。
これは第2楽章の穏やかな楽章でも言える。ヴァイオリンの優美な旋律を支えているのが、どっしりとした低音の伴奏。
第3楽章は特に素晴らしい演奏である。少し溜めを利かせて入りを遅らせて、ヴァイオリンが甘くけだるいメロディを奏でる。それを合図に各楽器が寄り添うかのように伴奏を付ける。シャイーはこの楽章ではテンポを少しゆっくりにして、オーケストラから美しいハーモニーを引き出している。繰り返しになるが、この楽章は特に素晴らしい。
そして第4楽章。嵐の前の静けさのようにもやもやっとした序奏が始まる。ここでもハーモニーが分厚く、特にコントラバスの音色がしっかりと出ている。
そしてティンパニーの強打で始まる、嵐のようなフレーズ。ゲヴァントハウス管の楽器それぞれが、大地を轟かせるかのように迫力ある音楽を作っている。その一方で、個々の楽器のメロディがしっかりと出されているのが、同じイタリアの巨匠指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニに通じるところがある気がする。オケのトゥッティのところでは、重厚さと迫力がとにかくすごい。何度も聴いている曲なのに、まるで初めて聴くかのような感動を与えてくれる。
交響曲第4番 ホ短調
シャイーとゲヴァントハウス管のブラームス交響曲全集のこの第4番は、やはり重厚。第1楽章でも哀しみを帯びたメロディラインを引き出しつつ、それをしっかりとコントラバスやティンパニーなどの低音部がしっかりと支えている。このオケらしい分厚いハーモニーである。第1楽章のクライマックスでは、呼吸もできないほどの緊張感とともに盛り上がって、頂点までたどり着くと、少し間を置いて、ふっと息を吐いて安堵することができる。中でもラストのティンパニーは特に強烈。
第2楽章は穏やかだが、第3楽章はとても華やか。トランペットとヴァイオリンなどが強烈な音を出してこの曲を一気に盛り上げる。テンポも少し速めで、祭りの気分のように華やかな気分が漂う。静まった中間部ではトライアングルがキラキラっと良い音色でこの曲に彩りを添える。とても躍動感のある演奏である。
第4楽章は圧巻で、聴く者は皆、オーケストラの巨大な音の渦に巻き込まれるだろう。迫りくる運命に打ち勝つように、コラール風の主題が強烈な金管のサウンドで演奏されている。この楽章を聴くと、ゲヴァントハウス管の重厚さにつくづく驚く。
なお、ブラームスの交響曲第4番は初演後に、ヴァイオリニストで指揮者でもあるヨーゼフ・ヨアヒムから、
曲の冒頭部分を改訂するように勧められた。ブラームスもこれに同意して4小節の短い導入部を楽譜に書き残したのだが、後に自身でこれを抹消し、結局書き直されることはなかった。楽譜のこの部分には×が何個も書かれ、オリジナルのままで良いのだというブラームスの強い意志を感じる。なお、このCD BOXのブックレットにその楽譜原稿の写真が掲載されている。
このCD BOXにはその別バージョンの第1楽章のオープニングも収録されている。冒頭の第1主題の前にミーレ♭ーが付くだけなのだが、これを入れてしまうと、第1主題の効果が薄れてしまう気がする。いきなり第1主題のもの哀しい旋律から始まるほうが、この交響曲の特徴がよりはっきり出る。ブラームスの判断は正しかったとこれを聴くと思う。
管弦楽曲集
悲劇的序曲
冒頭からゾクゾクっとする。重たい和音に続き、弦が悲愴的な旋律を奏でる。低音部もしっかりと鳴らされ、ゲヴァントハウス管らしい重厚感である。
テンポは少し速めで始まるが、曲が弱まってからは気持ちゆっくりになる。弱音部分も重厚感あるサウンドで曲は進む。単調にならずに、緩急の付いた演奏となっている。ひしひしと迫る悲劇を感じさせる。
まとめ
世界最古のオーケストラ、ゲヴァントハウス管の重厚感に、リッカルド・シャイーの速めのテンポと躍動感がスパイスされた、近年のブラームス交響曲全集では筆頭に上げられるレコーディング。
オススメ度
指揮:リッカルド・シャイー
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音:2012年5月3-5日(第3番, 大学祝典序曲), 2012年10月11, 12日(第1番), 2012年10月16, 20日(第1番初演版アンダンテ), 2012年10月18, 19日(第2番, ハンガリー舞曲), 2013年3月8, 9日, 5月10日(第4番, ハイドンの主題による変奏曲, 悲劇的序曲, 愛の歌, 間奏曲, 第4番もう一つの冒頭), 全てゲヴァントハウス
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
2014年、英国のグラモフォン賞の「Recording of the Year 」と「Orchestral」のダブル受賞。
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