このアルバムの3つのポイント

ヴァーグナー「ラインの黄金」 ショルティ/ウィーンフィル(1958年)
ヴァーグナー「ラインの黄金」 ショルティ/ウィーンフィル(1958年)
  • レコードの可能性を広げた「耳で聴く」指環
  • ショルティの名声を高めたエネルギッシュなラインの黄金
  • デッカが誇る優秀録音技術

1958年、クラシック音楽界である重大なプロジェクトが行われていた。ヴァーグナーの大作である楽劇「ニーベルングの指環」の四部作をスタジオでレコーディングするという壮大なプロジェクトで、総演奏時間が15時間を超える超大作を録音するというレコーディング史上初の大胆な試みだった。デッカレーベルのプロデューサーだったジョン・カルショー(John Culshaw)が1951年に考案したもので、スタジオで音声だけで「指環」を録音することで、観るのではなく、空気の雰囲気を耳で聴き、「内面化された指環」を実現しようとした挑戦だった。

そんな壮大なプロジェクトで誰が楽劇の指揮を務めたのだろうか。カルショーは良好な関係だった2人の指揮者と可能性を持っていた。1人はハンス・クナッパーツブッシュ。ただ、彼は録音に対しては批判的で、「誰がこれを聴くんだ」とか「なぜ何度も何度も録音するんだ」と言っていたらしい(「人生の旅 (Journey of a Lifetime)」より)。その一方で、当時フランクフルト歌劇場の音楽監督を務めていたハンガリー出身の指揮者ゲオルグ・ショルティは録音について積極的。カルショーの考えに賛同し、実現することになったこの「指環」の全曲スタジオ録音は、史上初の「指環」の全曲録音というだけでなく、デッカレーベルのレコーディング技術の高さもあって、ベストセラーとなった。

録音はウィーンにあったゾフィエンザールで行われていた。ウィーン楽友協会からは2kmほどのところにある。元々は温水プールで、冬は舞踏会場としても使われヨハン・シュトラウス2世などのワルツも演奏された。音響の良さから1950年代からデッカがここに投資し、お抱えの録音施設として使用していた。往年のデッカの録音はここで収録されたものが多いが、ウィーン楽友協会の黄金ホール(ムジークフェラインザール)のような残響が無く、とにかく音質がクリアだ。

当時の録音風景は、サー・ゲオルグ・ショルティのドキュメンタリー映像「人生の旅 (Journey of a Lifetime)」にも映っている。ショルティがまるで格闘家のように腕を振り下ろし、激しい指揮をおこなっているのがよく分かる。史上初の大プロジェクトに気合いが入りまくっているようだ。ものすごいエネルギッシュだ。

「ラインの黄金」をレコーディングするショルティとウィーンフィル。(c) Unitel
「ラインの黄金」をレコーディングするショルティとウィーンフィル。(c) Unitel

ドキュメンタリーでのエピソードでは、ショルティは「ラインの黄金」の楽譜の20分の長さを録音し、一旦中断して20分の録音を聴き、また些細な部分を直して20分録音するのを繰り返したという。録音を聴きながら楽譜を眺め、スタジオ内に間違いを書き留めたメモを記していた。しかし、ウィーンフィルにの団員には直接言わずに何度も演奏し直したそうだ。

ウィーンフィルの団員は大変だったろう。朝にはウィーン歌劇場で演奏し、そしてゾフィエンザールでエネルギッシュなショルティに付き合わされて何度も録音させられていたのだから。

さてこのレコーディングについて述べたい。まずは第1楽章の序奏。聴こえないぐらいの静けさから、息の長いクレッシェンドで「自然の生成」を表す動機が奏でられる。まるで川底にいて川面の揺らぎを眺めているかのように、日の光の反射のようにキラキラとした音楽が造形される。4分13秒の序奏が終わり、切れ目なく次のトラック2へ。いきなり第1場のヴォークリンデの歌が来てハッとする。1958年の録音とは思えないぐらいに、高音質なのだ。ソプラノの歌声がかなりはっきりと聴こえる。やっぱりデッカのレコーディング技術はすごい。トラック4でラインの乙女3人がアルベリヒをあざ笑うところや「Heia! Heia! Hahei!」と高らかに歌うところも、とてもクリアに聴こえる。

また、サウンドがとても立体的だ。例えば、CD2のトラック15。第4場最後のトラックだが、女声の澄み切った歌声がするのだが、本当に遠くから聴こえてくるかのような距離感を感じる。耳で聴くオペラというのもあながち誇張ではない気がする。

CD2のトラック13では、本当に雷が落ちてきたかと思ってびっくりしてしまったし、最後まで圧倒的な演奏。

ショルティの名声を高めた史上初の「指環」の全曲スタジオ録音。エネルギッシュな指揮でウィーンフィルから引き出した金管の圧倒的な存在感や、漂う緊迫感。デッカの優秀録音技術がそれを最大限にサポートしている。

オススメ度

評価 :5/5。

ヴォークリンデ役:オーダ・バルスボルク(ソプラノ)
フロースヒルデ役:イーラ・マラニューク(メゾソプラノ)
ヴェルグンデ役:ヘティー・ブリューマッヒャー(アルト)
ヴォータン役:ジョージ・ロンドン
フリッカ役:キルステン・フラグスタート
ローゲ役:セット・スヴァンホルム
アルベリヒ役:グスタフ・ナイトリンガー
指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1958年9-10月, ゾフィエンザール

【タワレコ】ワーグナー: 楽劇《ニーベルングの指環》 [16CD+CD-R]

iTunesで試聴可能。

このアルバムを含む「ニーベルングの指環」全曲で、日本の1968年度レコードアカデミー賞の「特別部門」を受賞。

Tags

コメントはまだありません。この記事の最初のコメントを付けてみませんか?

コメントを書く

Twitterタイムライン
カテゴリー
タグ
1976年 (21) 1977年 (16) 1978年 (19) 1979年 (14) 1980年 (14) 1985年 (14) 1987年 (17) 1988年 (15) 1989年 (14) 2019年 (21) アンドリス・ネルソンス (22) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (85) ウィーン楽友協会・大ホール (59) エジソン賞 (19) オススメ度3 (80) オススメ度4 (120) オススメ度5 (155) カルロ・マリア・ジュリーニ (28) カール・ベーム (28) キングズウェイ・ホール (15) クラウディオ・アバド (24) クリスティアン・ティーレマン (18) グラミー賞 (29) コンセルトヘボウ (37) サー・ゲオルグ・ショルティ (55) サー・サイモン・ラトル (22) シカゴ・オーケストラ・ホール (23) シカゴ・メディナ・テンプル (16) シカゴ交響楽団 (53) バイエルン放送交響楽団 (35) フィルハーモニー・ガスタイク (16) ヘラクレス・ザール (21) ヘルベルト・フォン・カラヤン (33) ベルナルト・ハイティンク (38) ベルリン・イエス・キリスト教会 (22) ベルリン・フィルハーモニー (33) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (67) マウリツィオ・ポリーニ (17) マリス・ヤンソンス (43) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (18) リッカルド・シャイー (21) レコードアカデミー賞 (26) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (45) ロンドン交響楽団 (14) ヴラディーミル・アシュケナージ (28)
Categories