このアルバムの3つのポイント
- ベルリンフィルと次期首席指揮者を予定したペトレンコによる初録音
- 2017年3月のフィルハーモニーでのライヴ録音
- 全てがコントロールされた高い集中力と一糸乱れぬアンサンブル
決まらなかったベルリンフィルの次期首席指揮者
世界トップのオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。代々、そのシェフ(首席指揮者)に誰がなるのかは大いに注目を浴びてきました。クラウディオ・アバドの後任として2002年から首席指揮者を務めたサー・サイモン・ラトルは2013年1月に「2018年をもって退任」という発表があり、次期首席指揮者は誰になるのかという話題が持ちきりになりました。
私もこのWebサイトの前身のFC2ブログで追っていましたが、なかなか決まらなかったですね。音楽ジャーナルで有力視されたのはクリスティアン・ティーレマン、グスターボ・ドゥダメル、アンドリス・ネルソンス、ヤニック・ネゼ=セガン、マリス・ヤンソンス、ダニエル・バレンボイムでしたが、ベルリンフィルの事務局や団員による長時間にわたる会議や何度もの投票でも、意見が割れて決まりませんでした。
【FC2ブログ】次のベルリンフィルの首席指揮者は誰だ (2015/04/12)
【FC2ブログ】決まらないベルリンフィルの次期首席指揮者 (2015/05/14)
【FC2ブログ】まさかの結末 ベルリンフィルの次期首席指揮者が決まりました (2015/06/23)
ようやく2015年6月に発表され、ロシア出身で当時43歳のキリル・ペトレンコに決まったという発表がありました。バイエルン国立歌劇場の音楽監督を務めていた手腕もありましたし、ベルリンフィルにも何回か客演していたのですが、当時の印象ではダークホース。「まさか」と思った方も多いのではないでしょうか。
2019年のシーズンからペトレンコがベルリンフィルの首席指揮者に就任しています。
録音嫌いのペトレンコによる意義のある録音
ただ、ペトレンコは録音嫌いで、レコーディングも少ない指揮者として知られています。CDの解説でこのようなコメントが載っていました。
現代の録音は、すべて人工的に手が加えられています。今日のスタンダードは恐ろしく高いため、ライヴ録音であっても、複数のコンサートを録って編集するのです。私にとって録音は、手が加わっていればいるほど、オーセンティックでなくなります。これまであまり録音を行ってこなかったのは、そのためです。
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のCDの解説でのキリル・ペトレンコのコメント
(中略)
今日では、どの作品にも何らかの録音が存在します。あえて録るならば、何か特別なものがなければなりません。全集を次から次へとリリースすることには、興味がありません。
着任して3年になろうとしていますが、ベルリンフィルとの録音もCDやDVDとしては本当に少ないです。現時点では、今回紹介する2017年3月のチャイコフスキーの「悲愴」のCDの他、2019年12月のジルベスター・コンサートの映像、2020年と2021年のヨーロッパ・コンサートの映像、あとはオムニバスでの2020年9月のベルクのヴァイオリン協奏曲や、同じくオムニバスでのマーラーの交響曲第6番「悲劇的」があるぐらい。
ただ、ベルリンフィルの公式でのライヴ映像を配信するデジタル・コンサートやその試聴ができるYouTubeでは動画が多いので、ペトレンコと言えばCDよりも動画で観たほうが良い指揮者だと思います。
集中力のある「悲愴」
このCDはベルリンフィルの自主レーベルからの発売で、SACDハイブリッドのCDの他に特典としてハイレゾ音源のデータダウンロードの権利やベルリンフィルのデジタルコンサートの視聴権などもありました。ベルリンフィルらしく、CDで聴くという従来のやり方に加えて今どきのクラシック音楽の楽しみ方が盛り込まれています。
先週の記事で2015年の鬼才指揮者のテオドール・クルレンツィスとムジカエテルナによる「悲愴」の録音を紹介しました。クルレンツィスがセッション録音でじっくりとレコーディングしていくやり方に対し、今どきの指揮者の多くはライヴ録音が主流。オーケストラの自主レコーディング・レーベルが作られていることも追い風になり、演奏会で演奏したものを編集(何日間か撮って編集)するのが増えてきました。
ペトレンコとベルリンフィルの「悲愴」もライヴ録音ならではの高い集中力があります。聴き比べるとそれぞれの違いがあって面白いのですが、ペトレンコ盤ではベルリンフィルならではのオーケストラの厚みが光っています。ムジカエテルナでは室内楽オーケストラのような軽さがありましたが、ベルリンフィルのハーモニーはやはり重厚。第1楽章はチャイコフスキーの哀しみが低音からこみ上げてくるようです。それでいて、静寂から突然のff (フォルティッシモ)で始まる展開部では、コントロールが精密。オーケストラを情に赴くまま暴走させるのではなく、ペトレンコがガッチリと手綱を抑えて旋律は引き出しつつも伴奏は抑えめに制御されています。
ベルリンフィルの「悲愴」と言えばヘルベルト・フォン・カラヤンとの録音が多く、1976年の録音はセッション録音でじっくり演奏された一つの頂点だと思います。
それに対してペトレンコはリハーサルでは程々にして本番で完全燃焼できるように工夫しているそうですが、このライヴ録音も本番だからこその高い集中力があります。聴きどころの第4楽章では緊迫感がみなぎっていますが、カラヤンのときのような儚い美しさは感じられなかったかなという印象です。好みの問題だと思いますが。
まとめ
ペトレンコとの新時代を予感させるベルリンフィルとの「悲愴」。ライヴでの完全燃焼で高い集中力でドラマティックに、それでいて細部まで緻密なコントロールで演奏されています。
オススメ度
指揮:キリル・ペトレンコ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2017年3月22, 23日, ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)
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試聴
iTunesで試聴可能。
また、ベルリンフィルの公式YouTubeチャンネルでこの録音と同じ2017年3月23日の演奏会を視聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
ムラビンスキー、カラヤン、ショルティ、バーンスタイン、そしてこの前のクルレンツィスなど、さまざまな「悲愴」を聴いた中では、ペトレンコの「悲愴」は目立った極端さはなかったように思います。1楽章や4楽章のテンポの揺らし方が自分にはしっくりときませんでしたが、実際に指揮を見ながら聴くと違ってくるのかもしれません。録音に関するペトレンコのコメントは興味深かったです。