このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン後期ピアノ・ソナタ集 クラウディオ・アラウ(1963-1965年)
ベートーヴェン後期ピアノ・ソナタ集 クラウディオ・アラウ(1963-1965年)
  • ベートーヴェンの流れを汲むクラウディオ・アラウによる後期ソナタ集
  • 素朴でゴツゴツした肌触り
  • 味がある深み

ピアニストのクラウディオ・アラウ(Claudio Arrau)は1960年代に1回目のベートーヴェンのピアノソナタ全集をフィリップス・レーベル(現在はデッカに統合)に録音しています。1回目と言っても1903年生まれのアラウは既に60代。じっくりとこみ上げるような、円熟した音楽が特徴です。

アラウは音楽院でフランツ・リストの高弟であるマルティン・クラウゼに師事していました。リストはカール・ツェルニーアントニオ・サリエリに師事したのですが、ツェルニーはルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの弟子でしたし、サリエリはベートーヴェンを育てた教育家でもあります。つまり、アラウはベートーヴェン直系のピアニストと言えます。

そのアラウの最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集で、第28番から32番までの後期ソナタ集を集めた2枚組(#468912-2)がだいぶ前の2001年にリリースされていました。まだフィリップスのレーベル名で出ていたときのもので、今では廃盤。

最近では第30番から32番の録音がCD1枚でリリースされています。

ドイツ・グラモフォンの花形の演奏家と比べると、フィリップス・レーベルの演奏家は、指揮者のベルナルト・ハイティンク、ピアニストのアルフレート・ブレンデルなど、地味な印象があります。実直な演奏をおこなう方が多い、そんな気がします。そのせいか、CDの再リリースはあまり多くないんですよね。

ピアノソナタ第28番 Op.101

そっとささやくように始まる第1楽章。一音、一音に余韻があって、しみじみと弾かれていきます。ペダルは少なめですが、後期ソナタの中でも特に味わい深い演奏です。

第2楽章のVivace (ヴィヴァーチェ、活発に)は、踊りが下手な人が無理して踊っているような、ぎこちなさがあります。第3楽章のアダージョはしんみりと良い味を出しています。第4楽章のアレグロは武骨ですが生き生きとはしています。

ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」 Op.106

アラウのベートーヴェン演奏に感じるのは、派手さとは無縁の質実剛健さでしょう。技術的に卓越したロシアのピアニストや、歌を意識するイタリアのピアニストの特徴と比較すると、アラウの演奏スタイルは違いがはっきりと出ています。

この「ハンマークラヴィーア」は技術的にベートーヴェンのピアノ作品の頂点を極めた曲。私も以前、日本人のプロ・ピアニストのリサイタルでこの曲を聴いたときに、ミスが目立っているのに、それでも突き進もうとする姿勢に、プロでさえもボロボロになってしまう難曲なんだなぁと改めて思ったものでした。

アラウの演奏は実直で、派手さはありませんが、無骨で力強いです。第1楽章ではゆっくり目のテンポで伽藍堂のようなスケールを感じます。もっさりとするところもあるのですが、何とも味があるピアノ。

特に第3楽章は印象的です。ポツリ、ポツリと、レチタティーヴォが何かを語っているようで、とても奥深いです。第4楽章はトリルの粒が粗い気もしますが、技巧的に走らないアラウらしさが出ているとも言えます。

ピアノソナタ第30番 Op.109

ピアノソナタ第30番のような後期のピアノソナタでは、ロマン派の作品のようにペダルを多用したレガートな演奏をする解釈もあり、そのアプローチでも数々の名演がありました。しかし、アラウの演奏はベートーヴェン直系を意識していることもあるのか、レガートな演奏には走りません。素朴とも言えますし、武骨とも言えます。

テンポは第1楽章、第3楽章ともにゆっくりで、第2楽章が標準的ですが、どれもたっぶりとした間合いを持ち、味わい深いです。特に第3楽章はたっぶりとしたテンポで、一音一音噛み締めるように弾き、心に染みます。

ピアノソナタ第31番 Op.110

冒頭からテンポは遅めで、ペダルはあまり使用せずにテンポも揺らぐこと(テンポ・ルバート)がありません。最近のピアニストの弾き方と比べると素朴な印象は受けますが、小手先ではなく、アラウだからこそ行き着いた奥深さがあります。

ピアノソナタ第32番 Op.111

ピアノソナタ第32番も遅めのテンポで始まります。ペダルをあまりノンレガートな演奏法です。

ヴラディーミル・アシュケナージ(1991年)やマウリツィオ・ポリーニ(2019年)などの技巧的にも光っていてレガートな演奏に耳慣れしていると、このアラウの演奏には物足りなく聴こえるかもしれません。弾きづらいフレーズではテンポを落としてしまっていますし、それでも打鍵がミスるところもあります。

第2楽章でも遅めのテンポでゆったりと。ここでもややノンレガートの演奏ですが、アラウがベートーヴェンと対峙して生み出した音楽にアラウの人柄を感じます。

ベートーヴェン直系の流れを汲むクラウディオ・アラウの1回目のピアノソナタ全集からの後期ソナタ集。素朴でゴツゴツしている肌触りの中で、技巧やレガートに溺れない味がある演奏が聴こえてきます。

オススメ度

評価 :3/5。

ピアノ:クラウディオ・アラウ
録音:1963年9月(Op.106), 1965年10月23-18日(Op.110, 111), 1965年11月7-10日(Op.101, 109), コンセルトヘボウ

iTunesで試聴可能。

特に無し。

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