このアルバムの3つのポイント

クラウディオ・アバド シンフォニーエディション
クラウディオ・アバド シンフォニーエディション
  • クラウディオ・アバド×ベルリンフィルの新時代を感じさせるブラームスの交響曲全集!
  • 交響曲だけじゃない!女神の歌や哀悼の歌の素晴らしさ
  • ほとばしる感情、合唱曲での崇高な美しさ

ドイツの世界的オーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にとって、ブラームスの交響曲は絶対に譲れないレパートリーだろう。交響曲第3番はブラームス自身がベルリンフィルを指揮しているし、歴代の首席指揮者たちもブラームスの交響曲をものすごい得意としていた。近年でもヘルベルト・フォン・カラヤンが3回(FC2ブログ)、ベルリンフィルとブラームス交響曲全集を録音したし、サー・サイモン・ラトルも2008年にライヴで全集を録音している。ベルリンフィルには世界から優れたメンバーが集まって国際色豊かだし、オーケストラのレパートリーもますます増えているが、それでもベートーヴェンとブラームスは中心のレパートリーと言って良いだろう。逆に言うと、いくらマーラーやショスタコーヴィチをうまくても、ベートーヴェンとブラームスがうまくないとベルリンフィルのファンはがっかりするだろう。それぐらい、重要な作曲家である。

帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが1989年4月にベルリンフィルの首席指揮者を辞任し、7月16日に亡くなると、ベルリンフィルはポスト・カラヤンを探すことになる。そして団員の投票により、次の首席指揮者に選ばれたのはクラウディオ・アバド。1990年からベルリンフィルの首席指揮者・芸術監督のポジションに就いたが、それ以前の1988年からブラームス交響曲全集を録音していた。

カラヤン時代の余韻が残るベルリンフィルと、どの方向に向かせていくか。アバドのベルリンフィル時代の始まりである。

さてこのブラームスの交響曲全集には、4つの交響曲の他に、大学祝典序曲Op.80、悲劇的序曲Op.81、ハイドンの主題による変奏曲Op.56a、アルト・ラプソディOp.59と、全集にはお馴染みの管弦楽曲が含まれているだけではなく、運命の歌(Schicksalslied)Op.54、哀悼の歌(Nänie、哀悼歌や悲歌とも言う)Op.82、運命の女神の歌(Gesang der Parzen)Op.89という珍しい作品も含まれている。特に後ろ3つの歌や合唱を伴う作品が素晴らしい演奏だ。

それではこのブラームス交響曲全集をCD収録順にレビューしていきたい。

ブラームスがポーランドのブレスラウ大学から名誉博士号を授与された御礼として作曲された、大学祝典序曲Op.80。学生歌と自作の主題を有機的に結びつけたこの曲は、ファンファーレ風の力強い作品である。

アバドがベルリンフィルの首席指揮者に就く前の1987年に録音された大学祝典序曲。ベルリンフィルらしい分厚いハーモニーでテンポがはきはきとして、威勢が良い。

混声合唱と管弦楽のための作品「運命の女神の歌」Op.89は、ブラームスが1882年にゲーテの「タウリスのイフィゲニア」に曲を付けたものである。

このOp.89はドイツ語ではGesang der Parzen、英語ではSong of the Fatesという名だが、Wikipediaにも英語版でしか情報が載っておらず、日本語ではほとんど情報が無い。ブラームスの作品の中でもかなりレアな部類に入るのだろう。

アバドはベルリンフィルと交響曲全集を録音した際に、この運命の歌の女神の歌も録音している。合唱はベルリン放送合唱団(Rundfunkchor Berlin)が演奏。コーラスが加わる作品で指揮するとアバドの演奏はより輝きを増すが、この曲でもパワー溢れる合唱と、ベルリンフィルの重厚なハーモニーが合わさり、まるでレクイエムを聴いているかのような力強さである。

アバドがベルリンフィルの音楽監督に就任した直後に録音した、ブラームスの交響曲第1番。カラヤン時代のベルリンフィルの特徴を残している頃で、アバドの良さとミックスされて、とても良い状態である。

まずは第1楽章。少し遅めのテンポで、ティンパニーと低音楽器の重厚なサウンドでオスティナートの序奏が始まる。ちゃぶ台をひっくり返したかのようなパーンと音が四方八方にほとばしっている。すごい重厚感だ。重々しくて、悲劇的。難産だったこの交響曲の重みを感じる。

第2楽章もゆったりとしたテンポだが、第1楽章の重々しさとは変わり、穏やかで心癒される。特に中間音域の楽器の音色がしっかりと出されている。とても美しい。

第3楽章も穏やかな曲想だが、ここではクラリネットなどの木管の音色がよく引き出され、少し軽やかで優雅。

第4楽章はその集大成というべき、まさに圧巻の演奏。クライマックスではオケが全力を出して、怒涛の音の渦を聴かせる。少しやり過ぎな気もするが、この迫力はこの時期のアバドの演奏でしか聴けない絶品ものだと思う。歓喜の歌も分厚いハーモニーで、重厚感ある演奏をたっぷりと聴かせてくれる。ラストのフレーズではティンパニーがダダダンと力強く鳴らされ、最後まで圧巻の音楽。

ブラームスは1869年にゲーテの詩「冬のハルツ紀行」に曲を付けてアルト独唱と男声合唱、管弦楽のための曲を作曲した。この曲は「ゲーテの『冬のハルツの旅』からの断章」が正式名称だが、一般に通称である「アルト・ラプソディ」と呼ばれている。

アバドはベルリンフィルとブラームスの交響曲全曲を録音した際に、アルト・ラプソディも録音している。運命の歌もそうだったが、合唱が入る曲ではアバドの指揮はより冴えわたり、心洗われるような美しさが際立つ演奏となる。

このアルト・ラプソディでも、コントラルトのリポフシェクの美しい歌声が引き立ち、さらにエルンストゼンフ合唱団のコーラスも厚みと荘厳さがある歌声である。ゆっくりとしたベルリンフィルの重厚なハーモニーに、コントラルトと合唱の歌声が美しく重なり合う、素晴らしい演奏である。

この交響曲第2番は1988年9月の録音。まだロンドン交響楽団の首席指揮者をやっていた年であり、同時にウィーン国立歌劇場の音楽監督も務めていた。アバドが指揮者として頂点に達する時期である。

テンポは中庸で速いことも遅すぎることもなく、歌心たっぷりに旋律を歌い上げ、ベルリンフィルから美しいハーモニーを引き出している。まだカラヤン晩年のベルリンフィルのハーモニーという感じがするが、この時期のカラヤンよりも、アバドが指揮したほうがアンサンブルが整っていて、ハーモニーが美しい。

この悲劇的序曲は、アバドがベルリンフィルの首席指揮者に就く前の1989年の録音。この時期のベルリンフィルに残る重厚さがニ短調のこの曲に良く合う。

アバドらしさが全開だ。圧倒的でパッション溢れる完璧な演奏である。

今回紹介する「運命の歌」Op.54は、ブラームスが1868年から71年に掛けて作曲した管弦楽と合唱のための作品で、ヘルダーリンの「ヒューペリオン」という詩に基づく。20分ほども掛からないほどの長さで、アバドとベルリンフィルの1989年の録音では16分50秒である。

3部から成る作品で、穏やかな第1部は序奏から始まり、オケも合唱も弱音で、まるで天に捧げるような美しい旋律を奏でる。アバド指揮のベルリンフィルの響きも素晴らしいが、エルンストゼンフ合唱団の美しいコーラスも美しい。

第2部は激しく、曲全体が盛り上がる。ベルリンフィルの重厚さが第1部とは趣を変えて、怖いぐらいに迫力あるハーモニーを聴かせている。

第3部はこの録音では開始ちょうど14分から始まる。合唱が入らず管弦楽だけの演奏になるが、天国的な美しさを持つ旋律である。こうした美しさを引き出すときのアバドの指揮はうまい。

アバドがベルリンフィルのシェフに就任する直前に録音したブラームスの交響曲第3番。温かみのある演奏で、この時期のアバドの特徴が出ている。

第1楽章から驚いた。壮大なスケールでファンファーレ風に演奏されるかと思いきや、アバドとベルリンフィルは優しいハーモニーで、少し軽やかに演奏している。

ブラームスの交響曲第3番の第3楽章は、フランソワーズ・サガンの「ブラームスはお好き?」が映画化されたときに(「さよならをもう一度」)、挿入曲として使われ、有名な曲であるが、この気だるい曲もアバドとベルリンフィルは、温かみのある音色で聴かせてくれる。

第4楽章は、例えばショルティとシカゴ響の録音では、嵐のように全てを吹き飛ばす壮大な演奏であったが、このアバドとベルリンフィルの演奏は爽やかで軽やか。すっきりとした演奏で、ハーモニーが整っている。

アバドの演奏するブラームスは、剛よりも柔なところが魅力的。柔らかい曲想のハイドンの主題による変奏曲なら、その魅力がより発揮されるのではないか。そう期待して聴いてみると、やっぱり良い。

主題は柔らかいハーモニーで始まる。同時期の交響曲第2番と同様に、旋律を引き出す演奏である。第1変奏では弦の滑らかな音色が美しいが、第2変奏に変わると重厚なハーモニーで迫るような重々しい演奏となる。
ここは交響曲第1番に通じる激しさがある。最後のクライマックスでは、シャラシャラとしたトライアングルの美しい音がこの演奏に輝きを与える。

柔らかい主題から始まり、次々と表情を変えていく変奏。アバドとベルリンフィルの多様な顔を楽しめる演奏だ。

ブラームスは1881年に亡くなった友人のアンゼルム・フォイエルバッハを偲んで、詩人シラーの「Nänie(哀悼の歌)」に基づく曲を書いた。これがOp.82の「哀悼の歌」である。日本語では「悲歌」とも呼ばれるが、Nänieとは英語でFuneral songを指すから、亡くなった人を弔う曲を意味する「哀悼の歌」のほうが適していると思う。

このアバドとベルリンフィルの哀悼の歌では、まず合唱が最初に入るところに注目したい。透き通ったコーラスで思わず鳥肌が立つような美しさである。

ベルリンフィルの重厚なハーモニーに沿って、合唱の荘厳で美しい歌声が加わる。死者を悼むのにこれほど相応しい演奏は他にないのではないか。アバドが残した究極の演奏の一つである。

この第4番は1991年の録音。ベルリンフィルの本拠地、ベルリン・フィルハーモニーは、1991年に天井の修理があったようで、1992年4月に再開するまでホールが使えなかったので、アバドのブラームス交響曲全集のうち、この交響曲第4番の録音だけがシャウシュピールハウス(現ベルリン・コンツェルトハウス)で録音された。なので、この録音だけ残響が素晴らしく良くて私もこの交響曲第4番は数ある名演の中でもベストだと思う演奏である。

第1楽章は冒頭の第1音から溜めを効かせ、ゆっくりとしたテンポで柔らかい音で始められる。この曲はブラームスのわびさびが感じられる作品なのだが、アバドとベルリンフィルの演奏は、とても人間味があり、温かい。

ハーモニーには厚みがあり、カラヤンから引き継いだベルリンフィルの特徴をまだ残している。弦と木管がブラームスの美しい旋律を奏で、イタリアの指揮者らしく、歌心に溢れた演奏になっている。弱音で演奏されるメロディには、まるで雪のように、触れたら溶けてしまうような儚さがある。これは素晴らしい。

第2楽章もその厚みに驚かされる。慈愛に満ちたメロディだが、中間音域から低音部までハーモニーが分厚く、人肌の温かさを感じる。第3楽章は弾けるような演奏が多いが、アバドとベルリンフィルはしっとりとした演奏にしている。抑えを効かせた内面的な演奏というべきだろうか、この楽章でも美しいヴァイオリンの旋律があるのかと再発見させられる。

第4楽章はゆったりとしたテンポで、優しく幕が開ける。ティンパニの音も抑えて、静かに始まるのが印象的。この後のラトル時代でのベルリンフィルの演奏ではテンポも煽るし、強弱のうねりもはっきり付けていたドラマチックな演奏になるが、このアバドの演奏はブラームスの豊かな響きが引き出されている。

カラヤン、ラトルと聴き比べると面白いが、最も深い響きを引き出しているのはこのアバドであると思う。素晴らしい演奏ではある。

カラヤン時代の財産を引き継ぎ、さらにアバドらしい柔らかさと歌心が加わった素晴らしいブラームスの演奏。これはすごい。

オススメ度

評価 :5/5。

コントラルト:マルヤーナ・リポフシェク(Op.53)
指揮:クラウディオ・アバド
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン放送合唱団(Op.89)
エルンストゼンフ合唱団(Op.53、Op.54)
録音:1987年9月(Op.80), 1988年9月(交響曲第2番、Op.53), 1989年9月(交響曲第3番、Op.54、Op.81), 1990年9月(交響曲第1番), 1990年11月(Op.56a、Op.89), ベルリン・フィルハーモニー
1991年9月(交響曲第4番), ベルリン・コンツェルトハウス(旧ベルリン・シャウシュピールハウス)

【タワレコ】ブラームス: 交響曲全集、管弦楽曲集(5CD)

iTunes及びドイツ・グラモフォンのカタログで試聴可能。

特に無し。

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