このアルバムの3つのポイント

幻想を求めて―スクリャービン&ラフマニノフ 福間洸太朗(2022年)
幻想を求めて―スクリャービン&ラフマニノフ 福間洸太朗(2022年)
  • 積極的に取り上げたスクリャービンとラフマニノフ
  • 同時代の天才たちによる幻想世界
  • 解説も福間さんのこだわり

世界的ピアニストの福間 洸太朗さん。3月4日の東京オペラシティでのリサイタルについてはこちらの記事で紹介しましたが、私もよく聴きに行くピアニストの一人です。演奏はもちろん素晴らしいのですが、プログラムの曲の合間にトークをしてくれて、その作曲家、作品への思い入れや聴きどころを語ってくれます。また、リサイタルのプログラムの解説もご自身で書かれていて、音楽家や作品についても分かりやすく説明できる稀有な存在。演奏をするだけでなく、リサイタル全体のエクスペリエンス(体験)をより楽しむための工夫がたくさんあって、すごいです。

最近の福間さんが積極的に取り上げてきたのが、アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915年)とセルゲイ・ラフマニノフ (1873ー1943年)。ともに同時代のロシアのピアニスト・作曲家で、モスクワ音楽院で学び、ピアノ科の卒業試験ではラフマニノフが1位、スクリャービンが2位というライバルでもありました。2022年はスクリャービンの生誕150年のアニバーサリーでもあり、ライバル関係でもあり作風の違いを感じるために、リサイタルで福間さんはスクリャービンとラフマニノフをよく取り上げています。

4月21日にリリースされたばかりの福間さんの新譜「幻想を求めて〜スクリャービン&ラフマニノフ」は、こうした活動の集大成でもあり、CD の解説も福間さん自身が書かれていますね。

「広めるの会の副会長をやりたい」と語っていたスクリャービン

2021年12月25日の小平公演では「共鳴する天才たち」というタイトルでショパン&シューマン、スクリャービン&ラフマニノフという同時代の作曲家の作品を並べたプログラムを演奏し、トークで日本にスクリャービンを広めるの会があったら副会長をやりたいぐらい、それぐらいスクリャービンが好きだとおっしゃってました。そのときに演奏したラフマニノフの幻想小品集 Op.3と、スクリャービンのピアノ・ソナタ第2番「幻想」Op.19は本アルバムでも演奏されています。

また、2022年2月14日の東京・国分寺公演ではショパンの作品の後にスクリャービンの初期の作品を置き、今回のアルバムにも含まれている練習曲 嬰ハ短調 Op.2-1左手のためのノクターン Op.9-2ピアノ・ソナタ第2番「幻想」 Op.19を演奏しました。

さらに翌年2023年2月10日の国分寺公演でもスクリャービンの2つの詩曲Op.32、とピアノ・ソナタ第4番嬰ヘ長調Op.30、そしてラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調Op.3-2「鐘」13の前奏曲Op.32より第5番、第10番、第12番、第13番を演奏していますが、今回のアルバムには「鐘」が入っています。この公演のトークではスクリャービンとラフマニノフの作風の違いについて、「スクリャービンが上に飛翔するような感じだとしたら、ラフマニノフはズンと下に沈むような感じ」という趣旨をおっしゃっていて、分かりやすい解説でした。

こうしてリサイタルで聴いているとこのアルバムを聴くと色々な感想が溢れてきます。スクリャービンはカラフルな色彩で、Op.8-12の疾走する悲愴感に圧倒され、ピアノ・ソナタ第2番「幻想」では第1楽章の穏やかさと第2楽章の荒々しい海のような激動感が見事。続く左手のためのノクターンでショパンに通じる初期のスクリャービンの作風を堪能。そして幻想曲ロ短調Op.28は当時28歳で、Wikipedia によるとモスクワ音楽院ピアノ科の教授として多忙なときに作曲された唯一の作品。そうした現実から逃避するかのような非常に情熱的で劇的な曲ですが、福間さんは研ぎ澄まされた感性で自由さとロマンティシズムを引き出しています。

アルバムの後半がラフマニノフ。ラフマニノフと言えばロシアらしい重々しさが感じられる作品が多いですが、福間さんの演奏はそうした重々しさは感じさせず、スマートで知性的な演奏。Op.3の幻想小品集のエレジーはメロディーを存分に引き出し、前奏曲では芯に響くような鐘の響き。最後の7小節ではかなりゆっくりなテンポにし、鐘の残響が消え入るまでたっぷりと間を取っています。第4曲の道化役者の力強さと色彩感が福間さんが得意とするフランス作品のエッセンスも感じます。

ピアノ・ソナタ第2番は駆け込むような激流で、ラフマニノフの渦巻く幻想の世界を一気呵成に聴かせます。

スクリャービンとラフマニノフを対峙し、自由さとロマンティシズムを併せ持つ幻想世界を堪能できるアルバムです。

オススメ度

評価 :4/5。

ピアノ:福間 洸太朗
録音:2022年10月5ー7日, 相模湖交流センター ラックスマン・ホール

Apple Music で試聴可能。

新譜のため未定。

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