このアルバムの3つのポイント
- マーラーを得意としたバルビローリの第6番「悲劇的」
- ゆっくりとした歩みで描く精緻な色彩
- アンダンテ→スケルツォの中間楽章
マーラーを得意としたバルビローリ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのマーラーの交響曲第9番の記事で紹介したサー・ジョン・バルビローリ。バルビローリがベルリンフィルの楽団長からの招きで指揮台に立ったのが1963年1月。演奏会でマーラーの交響曲第9番を演奏し、演奏後にお客さんから20分も拍手が続くほどの大好評ぶりで、ベルリンフィルの奏者も感動してぜひレコーディングを、となり1年後に実現したのがこの録音でした。
バルビローリはマーラーに定評があり、1965年にマーラー協会からメダルを受賞するほどの高い評価を受けていました。そのバルビローリによる交響曲第6番「悲劇的」の録音を今回紹介します。1967年8月にニュー・フィルハーモニア管弦楽団(現フィルハーモニア管弦楽団)とロンドンのキングズウェイ・ホールでセッション録音したものです。
アンダンテ→スケルツォか、スケルツォ→アンダンテか
この曲は中間楽章の順番が肝になります。マーラー自身が作曲したときは第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテとされていますが、ウィーンでの初演時のプログラムでは第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォで印字されました。ただ、実際の演奏時には「スケルツォ→アンダンテ」で演奏されたと言われています。
国際グスタフ・マーラー協会とエルヴィン・ラッツによる校訂で、1963年にカーント社から出版されたスコアでは、第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテとなっていますが、その後2003年に国際マーラー協会が出した発表では第2楽章アンダンテ、第3楽章スケルツォの順番をマーラーの「最終決定」としため、2000年代以降に演奏されるものはアンダンテ→スケルツォが多いです。
ただ、このバルビローリ盤は1967年の録音でカーント版が出た後の演奏にも関わらず第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォで演奏されています。初演時のマーラーの意志を尊重したとも言えますし、2003年の「最終決定」を先取りしたとも言えます。
ゆっくりとした第1楽章
さて、このバルビローリとフィルハーモニア管の「悲劇的」ですが、第1楽章は面食らうほど遅いテンポです。以前紹介した1989年のリッカルド・シャイーとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の録音でもこれぐらい遅かったのですが、シャイーの場合はコンセルトヘボウ管でマーラー演奏の礎を作ったウィレム・メンゲルベルクのスコアを研究してテンポを決めたためと本人が後に語っていまし。2012年のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との再録音では今度はブルーノ・ワルターのスコアを参考にし、やや速めのテンポに変えています。
ただ、シャイー&コンセルトヘボウ管盤は第1楽章の演奏時間が「25分35秒」だったのに、このバルビローリ&フィルハーモニア管盤ではたった「21分20秒」。なぜだろうと思ってスコアを見ながら聴いてみると理由が分かりました。リピートを省略しているためです。この曲の第1楽章には127小節目まで行った後に7小節目に戻る繰り返し記号があるのですが、シャイー&コンセルトヘボウ管はゆっくりとしたテンポながらもこれを守っていたのに対して、バルビローリ&フィルハーモニア管はカットしています。この遅さならカットしたほうが全体的なバランスは良くなりますが、私は繰り返すほうが好みです。
第1楽章のアレグロはチェロとコントラバスの低いラの音から始まりますが、スタッカートをしっかりと効かせてゆったりと始まり、スネアドラム(小太鼓)の音が鮮明に入ります。1967年の録音とは思えないほどの鮮やかな音質でそれぞれの楽器の音がよく分かります。バルビローリはそのままゆったりと進め、テンポ・ルバートなどは皆無。ペルシャ絨毯のように緻密に音楽を作っていきます。「悲劇的」という標題はさておき、純音楽としてマーラーの作品に向き合っている、そんな感じです。色彩が本当に鮮やかです。
第2楽章のアンダンテは旋律を引き出すのが得意なバルビローリらしく、フィルハーモニア管の透き通った響きで魅せてくれます。
第3楽章のスケルツォになると、テンポは第1楽章並みに遅いです。シャイー&ゲヴァントハウス管(2012年)では、シャイーは「第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォだと、スケルツォは速くせざるを得ない」という旨を語っていましたが、このバルビローリはスケルツォではさらに悠然と構えています。演奏時間は13分57秒。勢いこそありませんが、細部まできめ細かく描いています。第4楽章も透き通った響きで美しく冒頭を奏でると、パワーで圧倒するのではなくカラフルに精緻に進めていきます。最後では静寂になりつつある中に、強烈な最後の一撃が加わり、ティンパニが重々しく叩かれ、すぐに静かに消えていくのですが、演奏後の余韻まで見事です。
まとめ
マーラーを得意としたバルビローリがフィルハーモニア管と録音した「悲劇的」。標題から離れてゆっくりとした歩みで精緻に描いていく個性的な演奏で、1967年とは思えない録音の鮮明さもGoodです。
オススメ度
指揮:サー・ジョン・バルビローリ
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
録音:1967年8月17-19日, キングズウェイ・ホール
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
第一楽章の腰の据わったテンポには面食らいました。でも曲の細部がわかってこれはこれで面白いと思いました。第二楽章と第三楽章の順番の件も興味深いです。唯一ホッとできるアンダンテがどこに来るかで、全体の印象が大きく変わってきます。第四楽章を今回バルビローリで聴いて、改めてこの曲は、イカれた曲だと感じました。ショルティで聴いたときは、カッコいい、スゴいという印象が強かったのですが、この演奏では、もっと何が起こるかわからない不安さやおどろおどろしさを感じました。ハンマーの音も胸に響きました。