このアルバムの3つのポイント

ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 マリス・ヤンソンス/ピッツバーグ交響楽団(2001年)
ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 マリス・ヤンソンス/ピッツバーグ交響楽団(2001年)
  • ヤンソンスとピッツバーグ響の2つしかないアルバムの1つ
  • ショスタコーヴィチの交響全集の第8番
  • リハーサルの様子で分かるヤンソンスの的確さ

ラトビア生まれの名指揮者マリス・ヤンソンス(1943年〜2019年)は、1979年から23年連れ添ったノルウェーのオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を退任する数年前の1997年から、アメリカのピッツバーグ交響楽団の首席指揮者に就任します。2004年までその座を務めましたが、2003年からドイツのバイエルン放送交響楽団、2004年からオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団という世界最高峰のオーケストラのシェフに就任し、名実ともに現代の最高の指揮者の一人になっていくヤンソンスにとって、ピッツバーグ時代は「寄り道」とも言われています。

1997年から2004年にかけてピッツバーグ響にいたヤンソンスですが、実は録音は全くと言っていいほどありません。オスロフィルにいたときにはシャンドス・レーベルでのチャイコフスキーの交響曲全集がヒットし、EMI (現・ワーナー)と契約して数々の録音をおこなったヤンソンスですが、ピッツバーグ響とは(少なくとも日本で流通したのは)2つのアルバムだけ。

1つ目が今回紹介する2001年2月のショスタコーヴィチの交響曲第8番。そして2つ目が2004年にピッツバーグ響の自主レーベルからリリースされた、1997年から2004年のライヴ録音のアルバムでCD3枚組。ピッツバーグ響の録音は古今通じて少ないですが、7年間も首席指揮者にいたのに、2アルバムしか無いというのは随分少ないです。

ビッグ5と言われるオーケストラではないですが、1895年設立でアメリカの中では歴史もあり、名門でもあるピッツバーグ響。ここまでヤンソンスとの録音が少ないのは謎ですね。

ショスタコーヴィチの冷遇された交響曲第8番

交響曲第5番や7番「レニングラード」で有名作曲家入りをしたショスタコーヴィチですが、交響曲第8番ハ短調は、歓喜や勝利のファンファーレで終わる前2つの交響曲に比べ、パッサカリアなどの古典的な作曲技法で煙に巻くような第8番は最後までシリアスで暗いまま終わっていくため、初演時から冷遇され、ソ連の演奏レパートリーから除外されてしまいました。

同じ第8番という番号でハ短調といえば、ブルックナーの交響曲第8番があります。あちらは第3楽章の美しさと第4楽章の圧巻のフィナーレがあるので絶大な人気を誇りますが、ショスタコーヴィチの8番はまだまだ演奏機会がそこまで多くないので、掘り出し甲斐がありますね。私も聴き込むほどハマってきています。

旧ソ連(ラトビア)出身でレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団(現サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団)でエフゲニー・ムラヴィンスキーのアシスタントも務めたヤンソンスはショスタコーヴィチを得意のレパートリーとしていました。第5番や7番、10番など再録音もした曲に比べて、調べた限りでは第8番はこの録音があるだけ。ヤンソンスのショスタコーヴィチを語る上でも貴重な一枚です。特に第5番は1997年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との初録音でも演奏した十八番の曲でした。

ヤンソンスのショスタコーヴィチは、いわゆる「ロシアもの」のように獰猛でロマンたっぷりという感じではなく、磨き上げたオーケストラのサウンドでスッキリとした吟醸の美しさがあります。

リハーサルでの的確な指示

このアルバムには、トラック5に交響曲第8番のリハーサルが収録されています。私もドイツ後やロシア語は分かりませんが、このリハーサルでは英語で話しているので、理解できます。ヤンソンスの指示はとても細かくて的確です。ただ、穏やかに要望を伝えていますし、時にはユーモアもあります。例えば「We have potentials (私たちにはポテンシャルがあるんです)」と言ってピッツバーグ響の団員の笑いを取っていました。ヤンソンスに引き込まれるオーケストラの気持ちがよく分かります。

第1楽章の行進曲風のフレーズでは上品に演奏するピッツバーグ響に対して、「No! (ノー!)」と言って「もっとラフに(粗く)」と伝え、作曲した当時のショスタコーヴィチを取り巻く状況などを説明したヤンソンス。非常に分かりやすい説明で、その後でトラック1の第1楽章の該当部分を聴いてみると、音がヤンソンスの理想に近付いていることが分かります。「近付いている」と表現したのは、ヤンソンスが言葉で伝えた粗さほどにはなっていないと感じたためです。

とは言え、こうしてリハーサルでのヤンソンスの言葉が残っているのは非常に重要で、ヤンソンスを聴く上で参考になります。

ヤンソンスのピッツバーグ時代の貴重な録音。これ以前も以降も再録音しなかったショスタコーヴィチの第8番を、リハーサル付きで聴けるのは価値があります。

オススメ度

評価 :4/5。

指揮:マリス・ヤンソンス
ピッツバーグ交響楽団
録音:2001年2月9ー11日, ハインツ・ホール

Apple Music で試聴可能。

特に無し。

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