このアルバムの3つのポイント
- カラヤンとベルリンフィルの『ニーベルングの指環』全曲録音の最初を飾った『ヴァルキューレ』
- 荒々しく始まるカラヤンとベルリンフィルの気合い
- 透明感のある歌手陣の響き
カラヤンとベルリンフィルの『ニーベルングの指環』の全曲録音
20世紀を代表する指揮者の一人、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、ドイツ・グラモフォン・レーベルで1966年から1969年にかけてヴァーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の四部作、『ラインの黄金』、『ヴァルキューレ』、『ジークフリート』、『神々の黄昏』をセッション録音しています。
カラヤンは『ヴァルキューレ』(1966年9〜12月)、『ラインの黄金』(1967年12月)、『ジークフリート』(1968年12月〜1969年2月)、『神々の黄昏』(1969年10月)となっていて、第1作と2作の順番だけが入れ替わっています。
ハイレベルな激突
大成功となった1958年から1965年におこなわれたデッカ・レーベルでのゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の『ニーベルングの指環』の全曲録音に対抗するかのようなレコード・レーベル(デッカ vs ドイツ・グラモフォン)、指揮者(ショルティ vs カラヤン)、オーケストラ(ウィーンフィル vs ベルリンフィル)、ロケーション(ゾフィエンザール vs ベルリン・イエス・キリスト教会)になっています。
ただ、歌手については重複しているメンバーもいます。
バス・バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウはショルティ盤では『神々の黄昏』のグンター役で出ていましたし、カラヤン盤では『ラインの黄金』のヴォータン役でも出ています。
ソプラノのレジーヌ・クレスパンはショルティ盤では『ヴァルキューレ』のジークリンデ役で出ていながら、カラヤン盤では同じく『ヴァルキューレ』のブリュンヒルデ役で出ています。
アルトのクリスタ・ルートヴィヒは、ショルティ盤でもカラヤン盤でも『神々の黄昏』のヴァルトラウテ役で出ています。
膨大なレパートリーと録音量を誇るカラヤンとショルティは特にレコーディングでライバル関係にあり、ショルティのドキュメンタリー「ゲオルグ・ショルティ 人生の旅」では、お互いに録音を聴いて違うアプローチを取ってハイレベルな激突をしていたと言われていました。
今回、『ヴァルキューレ』のカラヤン盤とショルティ盤を繰り返し聴いてみたところ、録音が後になったカラヤンのほうが、ショルティ盤を意識しているかのように、敢えて違った演奏を目指したようにも思えます。
ドイツ・グラモフォン御用達の歌手たち
このカラヤン盤の『ヴァルキューレ』で主役級を務めた歌手たちは、ジークムントがジョン・ヴィッカーズ、ジークリンデがグンドゥラ・ヤノヴィッツ、ブリュンヒルデがレジーヌ・クレスパン、ヴォータンがトマス・スチュアート、そしてフンディングがマルッティ・タルヴェラ、フリッカがジョセフィーヌ・ヴィージーです。
特にグンドゥラ・ヤノヴィッツは1963年7月のバイロイト音楽祭でのカール・ベーム指揮の第九や、1978年1月のレナード・バーンスタイン指揮のウィーン国立歌劇場管弦楽団との『フィデリオ』でフィデリオ役を務めていて、結構多く登場してきます。『フィデリオ』では映像で観たのでレオノーレ役の演技ではあまり惹かれませんでした。一方で、表情豊かなマルツェリーネ役のルチア・ポップは映像で観るとより魅力的に思えましたが…。
荒々しい第1幕への前奏曲
この『ヴァルキューレ』は冒頭から個性的です。嵐が吹き荒れる中、逃げ延びてきたジークムントが登場するシーンですが、カラヤンとベルリンフィルは非常に速いテンポで、まるで叩きつけるような激しい演奏をおこなっています。70年代以降だと「カラヤン美学」と評される美しさを追い求めるような傾向になっていた感じがしますが、60年代のカラヤンは結構ストレートな表現をしています。
この録音の数ヶ月前の1966年春の来日公演では、ブルックナーの交響曲第8番などを演奏していましたが、余計な味付けはせずにシンフォニックに響かせ気迫みなぎる熱演をおこなっていましたし、11月のショスタコーヴィチの交響曲第10番の録音では一糸乱れぬアンサンブルで圧巻の演奏をおこなっていました。
そのカラヤンが、この第1幕の前奏曲では、カオスを生み出しているかのようにめちゃくちゃ限界まで行ってしまいます。心を掻き立てられます。
一方で、ショルティ/ウィーンフィル盤ではこの前奏曲は落ち着いたテンポで入り、低弦が一定のリズムを刻む中、ヴァイオリンがf (フォルテ)→p (ピアノ)→クレッシェンド→f (フォルテ)で渦のような効果を生み出し緊張感を高めていました。その点、カラヤン/ベルリンフィル盤では、急激なテンポで全体的に荒々しい様子を生み出しています。
透明感のある響きだが…
しかし、荒々しいのは前奏曲だけで、後は言い方が良くないかもしれませんが、尻すぼみな感じもします。第1幕はまだ勢いがありますが、ジークムントやジークリンデ、そしてフンディングの歌がメインになるとオーケストラは脇役に下がり、透明感ある響きで歌手たちの声をお膳立てする伴奏のような存在になってしまっています。
第2幕の前奏曲はベルリンフィルともあろうものが、オーケストラが精彩を欠くようなところもあり、いくら世界一流のコンサート・オーケストラでもオペラの演奏になると本調子ではない感じもしてきます。
私個人としては、ジークムント役のジョン・ヴィッカーズは伸びがあって青年のようなフレッシュさもあって良いなぁと思いました。ソプラノに関してはグンドゥラ・ヤノヴィッツの固さのあるジークリンデよりも、レジーヌ・クレスパンの生き生きとした表現力あるブリュンヒルデのほうに惹き込まれました。
まとめ
カラヤン/ベルリンフィルで聴く『ヴァルキューレ』。カラヤン好きには人気のレコーディングだと思いますし、確かに交響曲とはまた違うカラヤンの魅力はありますが、私だったら『ヴァルキューレ』だったら違う演奏のほうをオススメしたいと感じました。
オススメ度
ジークムント役:ジョン・ヴィッカーズ(テノール)
ジークリンデ役:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)
ブリュンヒルデ役:レジーヌ・クレスパン(ソプラノ)
ヴォータン役:トマス・スチュアート(バス)
フンディング役:マルッティ・タルヴェラ(バス)
フリッカ役:ジョセフィーヌ・ヴィージー(メゾ・ソプラノ)
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1966年8月, 9月, 12月, ベルリン・イエス・キリスト教会
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
1967年の米国グラミー賞の「BEST OPERA RECORDING」にノミネートするも受賞ならず。
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