このアルバムの3つのポイント
- ショルティ1回目の交響曲全集から第九
- 楽譜に忠実で稲妻のような迫力
- 米国グラミー賞受賞盤
1970年代の1回目の全集から
サー・ゲオルグ・ショルティは1969年からシカゴ交響楽団の音楽監督を務め、1991年まで長期に渡ってこのオーケストラの第2期の黄金時代を築き上げた。
※ちなみに第1期は1953〜1962年のフリッツ・ライナーが音楽監督を務めていた時代である。
音楽監督のショルティとシカゴ響の最初の演奏・録音はマーラーの交響曲第5番で、これは今聴いてもものすごい名演(紹介記事はこちら)。そして、マーラーの第6番「悲劇的」や第7番、第8番「千人の交響曲」などのマーラーの交響曲全集の録音を進めながらも、ショルティとシカゴ響はベートーヴェンの交響曲全集録音にも取り組んだ。
ベートーヴェンの交響曲全集は2回行っており、1回目は1972〜1974年のレコーディングで楽譜に忠実に演奏して遅めのテンポを取り、スケールの大きさとやや鋭角的なアプローチだったのに対し、2回目は1986〜1989年のレコーディングで同じ解釈ながら、丸みが取れた豊かな響きを聴かせる。
※ショルティのベートーヴェン録音についてはこちらの記事にまとめています。
今回は1度目の全集から、最初に録音された第9番「合唱付き」を紹介する。各楽章の演奏時間は、
- 第1楽章 17:38
- 第2楽章 13:57
- 第3楽章 19:46
- 第4楽章 Presto – Allegro assai 6:34
- – Presto (O Freunde, nicht diese Tone!) 8:02
- – Andante maestoso – Allegro energico 8:37
- – Prestissimo 1:44
でトータル76分18秒である。一見遅いように思えるが、ショルティは楽譜どおり反復指示(リピート)を忠実に守っているので時間が掛かっているためで、決してテンポが遅すぎるというわけではないことに注意。
『完璧なアンサンブルで、スコアに忠誠を誓ったスタンダードな名演』
私は20世紀の巨匠シリーズ「黄金時代のショルティ・シカゴ交響楽団」で分売されたCDで聴いているが、このCDには、音楽評論家の満津岡 信育氏の解説が記載されているが、この第九の録音が日本でリリースされたのが1973年10月のこと。ショルティとシカゴ響にとって初のベートーヴェンの録音で、満津岡氏はこう記している。
当時、「テンポが速くて、緻密で楷書的」というイメージが強かったショルティが、第1楽章で遅めのテンポを設定して、第2ヴァイオリンとチェロの6連符を毅然と刻ませながら、やがて金管とティンパニを峻烈に轟かせ、スケールの大きな表現を成し遂げていたので、ひどく驚いたことをよく覚えている。
満津岡 信育氏(2006年12月), 20世紀の巨匠シリーズ「黄金時代のショルティ・シカゴ交響楽団」UCCD-3724
(中略)
この第9のリリースを皮切りに、”完璧なアンサブル (※アンサンブルの誤記)で、スコアに忠誠を誓ったスタンダードな名演”と絶賛を博したショルティ指揮シカゴ響による1回目の「ベートーヴェン交響曲全集」のレコーディングが、実現することになったのである。
と当時のエピソードを書いている。
稲妻が落ちるような迫力
第1楽章の序盤はテンポが遅めで、弱いトレモロが響く中に、ズドンと一気に稲妻が落ちる。シカゴ響のスケールが存分に活かされている。低音から高音まで、弦楽器から木管、金管、打楽器まで、大きな器の中で豊かなハーモニーを聴かせる。重たいばかりの響きではなく、押しては返す葛藤を表すフレーズでは、飛ぶような躍動感もある。楽譜に忠実で、ベートーヴェンに正面から対峙した印象だが、あくまでも作曲家を尊重するショルティの姿勢をうかがえる。終盤でも第1主題のユニゾンのところで何発も稲妻が落ちてくる。ショルティはオペラで活躍していただけに、オーケストラ作品でもこうして緊迫感を出してドラマティックに仕上げるのがうまい。
第2楽章は速めのテンポでキビギビとトレモロが細かく演奏される。息が止まるほどの圧巻の技術で、すごい。デッカレーベルが誇る録音技術も相変わらず優秀だ。1972年のアナログの録音なのに、きしむ弦の響き、吠えるような強烈な金管、轟くようなティンパニーがとてもはっきりと聴こえる。
第3楽章はゆったり目のテンポで、これまでの2つの楽章を演奏した同じオーケストラなのかと思うぐらいに穏やかさと美しさが対照的。シカゴ響はヴァイオリンの美しさに定評があるが、ここでも非常に美しいし、これまで吠えていた金管が柔らかく温かい音色で魅了する。とろけるようにハーモニーが絶妙。
第4楽章は前楽章での穏やかさとは一転して強烈な不協和音で一気に走り抜け、コントラストを付ける。Allegro assaiに入ると生き生きとしてオーケストラ一丸となって高らかに歌い上げられる。
そしてPrestoからややテンポを落としてバリトンの「おお友よ、このような音ではない!」で歌が始まる。本当に70年代の録音かと思うぐらいに歌手と合唱の歌がクリアに聴こえる。
終盤のコーラスが入ったコーダの部分でテンポが一気に速くなり、まるで大砲でも発射されているのかと思うぐらいにな大スケールでのお祭り騒ぎになっている。このテンポながら、オーケストラと合唱団のアンサンブルがピタリと一体となり、オケの機能性も素晴らしい。スタジオ録音なのにライヴ演奏かと思うほど臨場感があるフィナーレだ。
まとめ
楽譜に忠実なスタンダードな演奏というと普通は面白さに欠けるものなのだが、このショルティとシカゴ響の第九はオーケストラのすごさ、オペラ並の激動感があり、さらにデッカレーベルが誇る音質の良さもあって、他では聴けない名演に仕上がっている。
オススメ度
ソプラノ:ピラール・ローレンガー
アルト:イヴォンヌ・ミントン
テノール:スチュアート・バロウズ
バス:マルッティ・タルヴェラ
指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
シカゴ交響楽団
録音:1972年5月, イリノイ州アーバナ, クラナート・センター
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受賞
交響曲全集が1975年の米国グラミー賞「Album of the year」を受賞。
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