ゲオルグ・ショルティのベートーヴェン
ハンガリー出身の指揮者サー・ゲオルグ・ショルティ(1912-1997)は、20世紀後半を代表する指揮者として活躍しました。
オペラとコンサートを両方精力的にこなした指揮者で、晩年に80歳を過ぎても3時間も掛かるオペラを現役バリバリで指揮していました。
レパートリーも大変広く、バッハ、ハイドンからプロコフィエフ、ショスタコーヴィチなど、様々な作品を演奏してきました。
そんなショルティにとってベートーヴェンは重要なレパートリーの一つ。ここではショルティが指揮したベートーヴェンのレコーディングを紹介していきます。
1955年ロンドン、1956年ケルンでの協奏曲
ショルティは1950年代からデッカ・レーベルと契約を結びましたが、それ以前のレコーディングもわずかながらあります。こちらはIntense MediaレーベルからリリースされているCD10枚入りの「Gerog Solti Charisma and Vitality」の一部。
この中にはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してミッシャ・エルマンと演奏したヴァイオリン協奏曲(1955年)、ケルン放送交響楽団(現ケルンWDR交響楽団)を指揮してヴィルヘルム・バックハウスと演奏したピアノ協奏曲第5番「皇帝」(1956年)があります。
音質はおそろしく悪いですが、40代前半のショルティが引き出すエネルギッシュで堂々たる演奏が聴けます。
1958年から、ニーベルングの指環の合間にウィーンフィルと火花散る演奏
続いてはウィーンフィルとの演奏。
1958年にデッカ・レーベルでヴァーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を全曲セッション録音するという壮大な企画を始めたショルティとウィーンフィル。第1曲「ラインの黄金」の録音はこちらの記事に紹介しましたが、緊張感が漂う中にズドンと強烈な一撃を与えるような、ドラマティックな演奏でした。
こちらはショルティのドキュメンタリー(ゲオルグ・ショルティ 人生の旅)に収録されていた「ラインの黄金」のレコーディングの様子ですが、ショルティの指揮が激しすぎて服もめくれてお腹や背中が見えてしまうほどでした。
その「ニーベルングの指環」の合間にショルティとウィーンフィルは管弦楽曲も録音しています。ベートーヴェンについては交響曲第3番「英雄」(1959年)、第5番「運命」、第7番(どちらも1958年)の3曲があります。
3曲ともウィーンのゾフィエンザールでの録音。スケート場だった場所をデッカが買い取り、レコーディング会場として使っていました。音質はとても良いです。
鋭角的なアプローチでシャープな切り口で雄大に演奏していますが、意外にも第3番「英雄」は第1楽章が19分18秒とややテンポにゆとりを持たせてウィーンフィルらしい弦や木管の美しさを引き出しています。ただゆったりとしたテンポでも間延びしないのは切れ味の鋭いアンサンブル。ティンパニがダダダダダーンと圧巻です。
第5番「運命」では火花散るような演奏で、冒頭から弦がきしむように動機を奏でます。この緊張感ある演奏はこのときならではでしょう。この時代はオーケストラをコントロールしようとしたショルティ。90年代に再録音したものと聴き比べるとアプローチが違います。
第7番は金管がやや強めでアクセントを付けています。第4楽章のフィナーレでは、圧倒的なクライマックスを作る中にトランペットが強烈に入ります。
オペラで鍛えられたドラマティックな表現力を交響曲に持ってきた強烈な演奏です。まるで優雅なウィーンフィルがショルティのタクトに必死に食らいついていく、そんな印象です。
1970年代 楽譜に忠実でオーケストラを鳴らしきったシカゴ響
1回目の交響曲全集(1972-1974年) 米グラミー賞受賞
いよいよシカゴ交響楽団の登場です。
ゲオルグ・ショルティは1969年からシカゴ交響楽団の音楽監督に就任しました。最初の演奏、録音がマーラーの交響曲第5番で、その次が交響曲第6番「悲劇的」、さらに交響曲第8番「千人の交響曲」(FC2ブログ記事)、「大地の歌」(FC2ブログ記事)とマーラーに注力していますが、1972年からはベートーヴェンにも取り組み、5月に交響曲第9番「合唱付き」を録音して交響曲全集をスタート。
原点に返ったかのように、繰り返しの指示や強弱など楽譜に忠実な演奏で、それでいてシカゴ響を鳴らしきっています。この全集は1975年の米国グラミー賞「ALBUM OF THE YEAR, CLASSICAL」を受賞した名盤です。
特に第3番「英雄」はこの曲の中で私が一番好きな演奏です。第1楽章や第4楽章の圧倒的な演奏だけでなく、第2楽章アダージョでのセンチメンタルな演奏も見事。シカゴ響は金管がパワフルという特徴がありますが、弦楽器の美しさや感傷的な表現力はピカイチだと思います。
第9番「合唱付き」もこちらの記事で既に紹介しましたが、第1楽章の冒頭からモヤモヤと霧が立ち込む中に、雷がズドンと落ちるようなあの劇的な表現力は唯一無二だと思います。こちらもよく聴いています。
また、「ミサ・ソレムニス」もシカゴ響と録音していて、そちらは1978年の米国グラミー賞「BEST CHORAL PERFORMANCE, CLASSICAL (OTHER THAN OPERA)」を受賞した名盤です。
アシュケナージとのピアノ協奏曲全集 日米で受賞
ベートーヴェンの交響曲全集を始めた1972年5月、ショルティは同じデッカ・レーベル所属のピアニスト、ヴラディーミル・アシュケナージをソリストに迎えてのピアノ協奏曲全集の録音も開始しています。こちらの記事に紹介しましたが、ショルティとシカゴ響が生み出すマッシブな演奏に、アシュケナージがピアノで対峙するようなスケールの大きさがあります。
こちらのピアノ協奏曲全集のアルバムは、1973年の米国グラミー賞「BEST CLASSICAL PERFORMANCE INSTRUMENTAL SOLOIST OR SOLOISTS (WITH ORCHESTRA)」と、日本の1974年度レコードアカデミー賞「協奏曲部門」を受賞した名盤です。
私はこの中ではピアノ協奏曲第3番が一番良いと思います。特に第1楽章のピアノが入るまでのオーケストラだけの演奏部分。今までピアノが来るまでの序奏かと考えていましたが、ショルティとシカゴ響の演奏は劇的な表現で心を駆り立てます。
1980年代 2回目のシカゴ響との全集
2回目の交響曲全集(1986-1989年) 第九が米グラミー賞受賞
さらに、ショルティとシカゴ響は1980年代後半に、再びベートーヴェンの交響曲全集のレコーディングをおこないます。70年代前半の録音では鋭角的なアプローチだったショルティですが、この再録では音楽に丸みが帯びていて、デジタル録音ということもあり角が取れた演奏になっています。
こちらの全集では、交響曲第9番「合唱付き」が1987年の米国グラミー賞「BEST ORCHESTRAL RECORDING」を受賞しています。
私はこちらの再録では交響曲第6番「田園」が好みです。ジャケット写真はショルティの顔写真がグレースケールでイカツイのですが、演奏の中身は柔らかい中にショルティらしいキビキビとしたリズムが感じられます。
試聴
- 1950年代のバックハウスとのピアノ協奏曲「皇帝」(iTunes)
- 1950年代のウィーンフィルとの交響曲集(iTunes)
- 1970年代のシカゴ響との交響曲全集(iTunes)、ミサ・ソレムニス(iTunes)、ヴラディーミル・アシュケナージとのピアノ協奏曲全集(iTunes)
- 1980年代のシカゴ響との交響曲全集(iTunes)
- 1993年のウィーンフィルとの「運命」(iTunes)
- 1994年のベルリンフィルとの「ミサ・ソレムニス」(iTunes)
受賞
- アシュケナージとのピアノ協奏曲全集が1973年の米国グラミー賞「BEST CLASSICAL PERFORMANCE INSTRUMENTAL SOLOIST OR SOLOISTS (WITH ORCHESTRA)」と、日本の1974年度レコードアカデミー賞「協奏曲部門」を受賞。
- 1回目の交響曲全集が1975年の米国グラミー賞「ALBUM OF THE YEAR, CLASSICAL」受賞。
- シカゴ響とのミサ・ソレムニスが1978年の米国グラミー賞「BEST CHORAL PERFORMANCE, CLASSICAL (OTHER THAN OPERA)」を受賞。
- 2回目の交響曲全集のうち、第9番「合唱付き」が1987年の米国グラミー賞「BEST ORCHESTRAL RECORDING」を受賞。
コメント数:1
ベートーヴェンは一回目の録音が好きです。特に第九のソリストは完璧です。
シカゴとのマーラーやワーグナーは、もう誰も到達できないレベルの演奏です。
ちなみに旧・現団員に友達が複数います。