このアルバムの3つのポイント
- シャイーのマーラー交響曲全集の最初の録音
- クック補筆版を使った交響曲第10番の全楽章での演奏
- オペラで磨いたシャイーの表現力の高さ
マーラーの交響曲第10番を第1楽章だけにするか全楽章にするか
マーラーの交響曲第10番は、第1楽章と第2楽章のオーケストレーションの草稿がほぼ完成した形で、残る第3楽章から5楽章までは略式の譜面の草稿だけが遺された。第1楽章はそのままでも演奏できるが、第2楽章以降はそのままでは難しい。それをイギリスの音楽学者デリック・クック(Deryck Cooke)が、1959年からマーラーの自筆譜から研究を重ね、補筆版として5楽章からなる交響曲を完成させた。それがクック補筆版である。
この交響曲第10番は指揮者によっても判断が分かれる。サー・サイモン・ラトルはクック補筆版による全楽章でバーミンガム市交響楽団ともベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とも録音したし、レナード・バーンスタイン(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との演奏と、ニューヨーク・フィルハーモニックとの演奏)、ベルナルト・ハイティンク(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との全集やベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との選集)、ラファエル・クーベリック(バイエルン放送交響楽団との全集)では、第1楽章の「アダージョ」だけ録音している。また、第10番を全集に含めないタイプもいる。サー・ゲオルグ・ショルティがそうである。
第1楽章だけ演奏する理由として、国際グスタフ・マーラー協会の存在もあるだろう。マーラー自身だけによる作品を純粋なマーラーの作品として認め、作品全集にも第10番は第1楽章だけが掲載されている。
リッカルド・シャイーとベルリン・ドイツ交響楽団の1986年録音
リッカルド・シャイーは1986年10月にマーラーの交響曲第10番をクック補筆版で全楽章演奏・録音している。これがシャイーのマーラー交響曲全集の最初を飾ったものだが、これだけ当時首席指揮者を務めていたベルリン放送交響楽団(Radio-Symphonie-Orchester Berlin)との録音である。なお、ベルリン放送交響楽団は現在ではベルリン・ドイツ交響楽団(Deutsches Symphonie-Orchester Berlin: DSO)の名前に代わっており、一方でベルリン放送交響楽団と言う別のオーケストラ(Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin)が存在するので、混乱を招かぬよう、ここではベルリン・ドイツ交響楽団と表記する。
シャイーはこのとき、33歳という若さ。1982年にベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者を務め、1986年からはボローニャ市立歌劇場の音楽監督も務めていた。そして2年後の1988年からはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に抜擢され、まさにスターダムへと上がっていく時期になる。
クック補筆版も第3稿第2版まで出ており、1989年に出版されている。ただ、このシャイーとベルリン・ドイツ響の演奏は1986年なので、その前の第3稿第1版を使った演奏となっている。
オペラで磨いたシャイーの表現力
さて、このシャイーとベルリン・ドイツ響によるマーラーの交響曲第10番の演奏だが、とても弦がしなやかで明るい。25分53秒もある第1楽章は、決してメランコリーにならずに丁寧に演奏しているのだが、オペラ指揮者らしくシャイーは旋律をうまく引き出して感傷的に歌わしている。ただ、若干なのだがデッカにしては音質がイマイチだ。デジタル録音のはずなのに、少し突っ張ってしまっている。
第2楽章のスケルツォは音楽がぐっと難解になるのだが、シャイーとベルリン・ドイツ響は複雑な音楽が絡み合う壮大な音楽を生み出している。第3楽章のプルガトリオ(煉獄)は穏やかでもあり、不気味でもある。
第4楽章では再びスケルツォで情熱的な音楽からいきなりワルツになるという不思議な楽章なのだが、シャイーとベルリン・ドイツ響は音楽の流れに自然に順応している。ここでもうっとりするような歌唱力と壮大さの表現力が良い。
そしてフィナーレの第5楽章。これは25分8秒もある大作で、バスドラムの不気味な連打から始まり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)のように様々に姿を変えていく移ろいの音楽である。ここでもシャイーとベルリン・ドイツ響は丁寧に演奏を行いつつも、歌わせるところは歌わせ、盛り上げるところは爆発するかのような迫力ある響きを生み出している。終わりが近付き、音楽が少しずつ消えていくところでは、シャイーは本当に、本当に美しいハーモニーを引き出している。そして最後の断末魔。マーラーの叫びのようにも聞こえるこのフレーズをベルリン・ドイツ響はビビッドな音で鳥肌が立つような不協和音で奏でて終わっていく。何ともドラマに満ちた音楽なのだろう。
まとめ
マーラーの交響曲第10番をクック補筆版第3稿第1版で聴ける貴重なレコーディング。シャイーのオペラで磨いた歌わせ方とベルリン・ドイツ響の迫力あるサウンドも見事。ただ、欲を言うならクック補筆版第3稿第2版で、オーケストラもコンセルトヘボウ管かルツェルン祝祭管あたりでもう一度シャイーに指揮して欲しいと思ってしまう。
オススメ度
指揮:リッカルド・シャイー
ベルリン・ドイツ交響楽団(当時の名はベルリン放送交響楽団)
録音:1986年10月, ベルリン・イエス・キリスト教会
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iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
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