ベルリン初の全集となる予定だった、マーラー交響曲選集 ハイティンク/ベルリンフィル(1987-93年)

マーラー交響曲選集 ベルナルト・ハイティンク/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1987-1993年)

このアルバムの3つのポイント

マーラー交響曲選集 ハイティンク/ベルリンフィル(1987-1993年)
マーラー交響曲選集 ハイティンク/ベルリンフィル(1987-1993年)
  • 幻となったベルリンフィル初のマーラー交響曲全集
  • ベルリンフィルの最高の時代の演奏
  • 飛ぶ鳥を落とすハイティンクによる推進力

指揮者ベルナルト・ハイティンクは、1962年から1971年にかけてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とマーラーの交響曲全集を完成させた他、1977年から1987年にクリスマス・マチネのライヴ録音もあり、再録音も数多い。1987年からはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、同オーケストラ初のマーラーの交響曲全集となる予定だったのだが、第7番まで録音したところでコスト面の問題で問題が生じたようだ。どうやらハイティンクは第8番「千人の交響曲」を本当に千人で演奏しようと考えていたらしいが、フィリップスレーベルと折り合わず、第8番と9番を残してレコーディングが中止となった。

この交響曲選集を、タワーレコードがセットにして限定発売として型番PROC-1428で2014年6月にリリース。ハイティンク・ファンのみならず好評を得た録音となっている。

1987年4月から1993年1月のレコーディングだが、何よりもベルリンフィルの状態が良い。ヘルベルト・フォン・カラヤンが首席指揮者を務めていた末期から、クラウディオ・アバドが新任として首席指揮者に着任したあたりで、ベルリンフィルの過渡期になる。1990年代始めあたりまではベルリンフィルも重厚なサウンドが残っていたが、2000年代に入ると徐々にその特徴が薄れてしまう。そしてサー・サイモン・ラトルが首席指揮者に就いてからまた重厚感が出てくるようになったが、いずれにせよ、この録音の時期はベルリンフィルの古き良きサウンドが残っていた頃。

カラヤン亡きベルリンフィルをサポートしていた一人がベルナルト・ハイティンク。他にもストラヴィンスキーなどでも名演を遺している。

それでは交響曲毎にレビューを書いていきたい。

1987年4月1日から2日に掛けてベルリンのフィルハーモニーで録音されたもので、文字通り「巨人」らしい演奏である。第1楽章は聴こえないぐらい静かに始まるが、主題が始まると素朴で心温まる演奏。クライマックスではティンパニーも叩きまくり、実に力強い。何といっても注目は第4楽章である。これでもかと言うスケールで、激しくかき乱すような演奏である。ベルリンフィルの肉厚のハーモニーが本当に力強い。まさに「巨人」現るといった演奏。

ハイティンクはスコアを丹念に読み解いており、ハーモニーは絶妙で鳴らすところは鳴らしているし、弱音は丁寧で緻密に奏でられている。第4楽章のアルト独唱はネスによるもの。切実な歌声である。第5楽章はベルリンフィルが大活躍。スケールがとにかくデカい。Maestosoに入ると、ティンパニーと打楽器が怖いぐらいに不安感をあおる。ものすごい音量である。演奏時間は他の録音と比べてもかなり遅めであるがハイティンクの指揮ぶりに迷いはなく、よく考え抜かれた解釈の、スケール感たっぷりの「復活」である。

ハイティンクは今回のベルリンフィルとの再録で、テンポが大幅に遅くなっている。特に第1楽章、第6楽章で顕著である。ゆったりとしたテンポでじっくり響かせているのがこの再録の特徴である。ベルリンフィルの迫力あるスケールも去ることながら、第6楽章で聴かせる穏やかさ、美しさは計り知れないほど素晴らしい。ハイティンクのバランス感覚が活きた名演である。

このアルバムを1993年のオランダのエジソン賞「管弦楽曲」部門を受賞。

1992年6月8日から10日にかけてベルリンのフィルハーモニーで録音された。1967年のコンセルトヘボウ管との旧録は簡素な響きでオケというより室内楽的な音楽を作っていたが、1983年のコンセルトヘボウ管との再録では細心の注意を払って精緻な響きを重なり合わせた、名演であった。このベルリンフィルとの録音はどちらかというと後者に似ている。全楽章を通じてゆったりとしたテンポで、ベルリンフィルのふくよかな響きを活かした丁寧な演奏

演奏時間を比較すると面白いことが分かる。今回は年代の古い順に並べてみる。左から1967年コンセルトヘボウ管盤、1983年コンセルトヘボウ盤、そして1992年ベルリンフィル盤である。
第1楽章: 16分27秒、16分53秒、17分30秒 
第2楽章: 8分37秒、8分52秒、9分17秒
第3楽章: 19分34秒、20分21秒、21分54秒
第4楽章: 8分48秒、9分9秒、9分35秒

年代が経つにつれて、全ての楽章のテンポが遅くなっていることが分かる。このベルリンフィルとの録音では、第4楽章でもゆったりとしたテンポで、シルヴィア・マクネアーが独唱を務め、透明感のある歌声で、天国にいるような美しさを感じさせてくれる。まさに「天上の生活」である。心にゆとりが欲しい方にオススメの、ゆったりとしたふくよかなマーラーである。

1988年5月15日から17日にかけて、ベルリンのフィルハーモニーで録音されたもの。この演奏は一言で言うと、ゆったりとしたテンポで客観的に描かれている。決して熱くほとばしることはなく、良いか悪いかはさておいて淡々としている。ベルリンフィルらしく重厚感はたっぷり。第4楽章は美しくまるで花を鑑賞しているような気分になるが、クライマックスの第5楽章でもゆったりとして、一定のテンポで熱くも冷たくもならずに曲が進んでいく。ゆったりと、響きが醸し出されていく。まるで静物画を眺めているような感じになる、ベルリン・フィルハーモニーに響き渡るマーラーである。

さて、この第6番は1989年4月6日から8日にかけて、ベルリンのフィルハーモニーで録音されたものである。ハイティンクが1969年にコンセルトヘボウ管と録音は室内楽のように精緻なアンサンブルで個々の楽器をよく響かせた演奏であり、2007年にシカゴ響とライヴ録音した演奏では、ゆったりとしたテンポでたっぷりと丁寧に音楽を作っていた。

今回のベルリンフィルとの録音とはそのどちらとも異なるアプローチで、とにかくオーケストラが大迫力で鳴り響く。テンポは標準的でコンセルトヘボウ管との旧録のテンポに近い。実際、第1楽章だけで比べてみると、演奏時間が22分07秒(1969年のコンセルトヘボウ管)、22分52秒(1989年のベルリンフィル)、25分56秒(2007年のシカゴ響)というようになっている。このベルリンフィルとの演奏はショルティとシカゴ響の録音に近い。さすがにショルティの21分06秒のテンポほど速くはないのだが。

第2楽章もスケールが大きいし、第3楽章は穏やかで美しい。美しくて、悲しくて、涙が出そうになる。第4楽章は圧巻の演奏で、これぞベルリンフィルといったスケールと技術である。ハイティンクらしいバランス感覚に優れた演奏で、スケールが大きくても金管や弦が出過ぎることはなく、決して耳障りにならない。どれを取り出してもシンフォニックで心地よいハーモニーとして聴こえる。

数ある「悲劇的」の録音としては最もスタンダードな録音と言えるだろう。大音量で聴きたい、大満足のマーラーの「悲劇的」である。

1992年5月30日、31日および6月3日、4日にかけての録音で、録音場所はベルリンフィルの本拠地、ベルリン・フィルハーモニーである。この演奏はコンセルトヘボウ管との1969年の旧録に比べるとテンポが遅いが、1982年のコンセルトヘボウ管との再録に比べると、ほぼ同じ速さ。再録から10年経っているがハイティンクのテンポ設定は定まっていたのだろう。

演奏時間を比較すると、以下の通りになる。左からベルリンフィル盤(1992年)、次に()書きで書いたのがコンセルトヘボウ管旧録盤(1969年)、その次の≪≫書きがコンセルトヘボウ管再録盤(1982年)である。

第1楽章 22分16秒 (20分46秒) ≪22分45秒≫
第2楽章 14分54秒 (14分36秒) ≪15分31秒≫
第3楽章 10分42秒 (9分45秒)  ≪10分55秒≫
第4楽章 13分05秒 (12分45秒) ≪12分51秒≫
第5楽章 19分11秒 (17分51秒) ≪18分42秒≫

このベルリンフィル盤は第1楽章が不思議な感じがする。個々の楽器の演奏はそれぞれの旋律を奏でているのだが、ゆっくりとしたリズムで進み、余韻がたっぷりと取られているために、まるでメロディとして聴こえないのだ。ハイティンクがこのマーラーの第7番を20世紀音楽の予兆として捉えているように思えてならない。

第2楽章の「夜曲」は金管の伸びやかな演奏が特徴で、全体としてはもやっとして終わる。第3楽章のスケルツォはマーラーらしい混沌とした曲想だが、祝典的なような、それでいて曇っているような、不思議な気分にさせる。ハイティンクとベルリンフィルは一定のリズムで曲を静かに盛り上げる。

第4楽章の「夜曲」は金管の旋律が伸びやかで美しい。が、この曲が最大級に盛り上がるのは第5楽章。ゆったりとしたテンポだが、スケール感たっぷりで、金管も弦もティンパニーもド派手な演奏となる。

ゆったりとしたテンポで奥深い、ハイティンクとベルリンフィルの知的な演奏である。

1992年5月30日から31日、6月3日から4日にかけて、ベルリンのフィルハーモニーで録音されたもの。ハイティンクの演奏は実直だ。情に流されることなく、堅固に構築された音楽を生み出している。ヴァーグナーのような官能さも欲しいところではあるが、ハイティンクはゆったりとしたテンポで、一音一音しっかりと響かせている。まるでオルガンの演奏のように、芯の太い音で演奏しているのが特徴である。

第8番と第9番が無い交響曲選集であるが、状態の良いベルリンフィルを指揮した名演で、ハイティンクも2000年代以降のゆっくりとしたテンポとは違い、この時期の演奏には推進力がある。ハイティンクのマーラーではこれがベストなのではないだろうか。特に第6番が良い。

オススメ度

評価 :4/5。

ソプラノ:シルヴィア・マクネアー(第2番, 第4番)
ソプラノ:ジェシー・ノーマン(さすらう若人の歌)
アルト:ヤルト・ヴァン・ネス(第2番, 第3番)
エルンスト・ゼンフ合唱団(第2番, 第3番)
テルツ少年合唱団(第3番)
指揮:ベルナルト・ハイティンク
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1987年4月1-2日(第1番), 1988年5月15-17日(第5番), 1989年4月6-8日(第6番), 12月9日(さすらう若人の歌),
1990年12月16-18日(第3番), 1992年5月30-31日, 6月3-4日(第7番, 第10番), 1992年6月8-10日(第4番), 1993年1月21-24日(第2番), ベルリン・フィルハーモニー

【タワレコ】マーラー: 交響曲選集 (第1-7番, 10番アダージョ, さすらう若人の歌)<タワーレコード限定>

iTunesで試聴可能。

交響曲第3番のアルバムが、1993年のオランダのエジソン賞「管弦楽曲」部門を受賞。

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