このアルバムの3つのポイント
- アシュケナージ×ショルティのコンビ再び
- 指揮者としての活躍光るアシュケナージの色彩
- ショルティ得意のバルトークで圧巻のリズム
アシュケナージ×ショルティのコンビ再び
ピアニストのヴラディーミル・アシュケナージと指揮者のサー・ゲオルグ・ショルティは、同じデッカ・レーベルの所属アーティストということもあり、1972年にシカゴ交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をレコーディングし、日本のレコード・アカデミー賞と米国グラミー賞のダブル受賞の快挙を成し遂げました。ショルティと第二の黄金期を迎えたシカゴ響もさすがでしたし、それに真っ向から対峙したピアノのアシュケナージも光っていました。
一つ前の記事でマウリツィオ・ポリーニがピアノ独奏を務め、クラウディオ・アバド指揮シカゴ響が演奏した1977年2月のバルトークのピアノ協奏曲第1番と第2番のレコーディング(ドイツ・グラモフォン・レーベル)を紹介しましたが、今回紹介するのもバルトークのピアノ協奏曲全集。アシュケナージとショルティのコンビ再びです。
私は1996年にポリグラム株式会社からリリースされた、まだ「Decca」ではなく「London」のレーベルだった2枚組CDで聴いていますが、残念ながらCDではこの録音は廃盤で入手困難になっています。iTunesとかのオンライン配信で聴いたほうが良さそうです。
ロンドンフィルとの演奏
このアシュケナージとショルティ盤はポリーニ/アバド盤の翌年の1978年2月から第2番を録音して全集を開始しましたが、ポリーニ盤でシカゴ響を使われてしまったためなのか、デッカレーベルとショルティはオーケストラにロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を選んでいます。
ロンドンフィルとは1938年にショルティが当時25歳で初めて指揮してから40年以上に渡る付き合いで、この全集の途中の1979年から首席指揮者を務めています。残念ながら長続きせずに1983年に退任することになりましたが、ショルティの膨大なレコーディングにはロンドンフィルとのもの少なからずあります。
ただ、ポリーニ&アバド&シカゴ響盤が米国グラミー賞と英国グラモフォン賞のダブル受賞だったのに対し、アシュケナージ/ショルティ&ロンドンフィル盤は特に音楽賞の受賞無しで終わっています。ショルティ&シカゴ響のコンビで当時(1980年前後)は毎年のように受賞していたグラミー賞なので、オーケストラがシカゴ響だったら良い線を行けたと思うのですが、このバルトークではノミネートすらしていません。
確かにシカゴ響を聴いた後だとロンドンフィルのサウンドは少しスケールが小さい印象を受けます。
ショルティとバルトーク
ハンガリー出身のショルティにとって、バルトークはリスト音楽院で直接教えを受けた師でもあります。管弦楽のための協奏曲や、マレイ・ペライアとレコーディングした2台のピアノと打楽器のためのソナタなど、バルトークはショルティが得意とする作曲家でしたが、このピアノ協奏曲でも特に気合が入っている印象です。
アシュケナージとリヒテルの思い出のバルトークの第2番
2007年のアシュケナージ70歳のアニバーサリーで非売品でリリースされたクリストファー・ヌーペンとのインタビュー録音(デッカの型番BCC-1031)には、モスクワ音楽院に在籍したとき、旧ソ連の大先輩でもあるピアニスト、スビャトスラフ・リヒテルとのエピソードでバルトークのピアノ協奏曲第2番についてこのように語っています。
ある日、私のところに突然電話がかかってきました。おそらく奥さんのニーナ・ドルリアクからだったと思いますが、「リヒテルがバルトークのピアノ協奏曲第2番を弾くことになったので、彼の練習の伴奏をしに音楽院の教室まで来ていただけませんか」と言うんです。その曲のことは知りませんでしたが、私は「もちろん伺います」と答えた後、なぜ私のところに電話をくれたのか聞いてみました。すると、「(中略)モスクワ音楽院では、あなたの初見能力の高さが評判だと聞きました。」
(中略)
私が譜面を読み始めると、彼(リヒテル)は「それじゃあ、始めよう」と言うと、ピアノに向かっていきなり弾き出したんです。私もすぐに、「タタタタタン、バン、バン、タタタタターン……」と合わせなければなりませんでした。彼はまるで悪魔のような勢いで(笑)、弾き始めましたからね。
(中略)
考えてもみてください。イン・テンポでバルトークを初見演奏ですからね(笑)。とはいえ、私はなんとか彼のテンポについていきました。
ヴラディーミル・アシュケナージ、クリストファー・ヌーペンとのインタビューより、翻訳は坂本 信 氏。
巨匠リヒテルが初めてバルトークのピアノ協奏曲第2番を演奏する際の、練習伴奏を務めたことにアシュケナージは誇りを持ち、その後もリヒテルやその師であるスタニスラフ・ネイガウスらとの親交について語っています。
そしてこのピアノ協奏曲全集では、アシュケナージは最初の1978年2月にこの第2番を録音しています。指揮者の活動も兼務していたアシュケナージはピアノの響きにもその影響が出ていて、より色彩豊かになっています。
ピアノを打楽器のように扱う前衛的な作品なのですが、これほどまでにピアノから色彩を引き出し、オーケストラと溶け合うような演奏はこの当時のアシュケナージならでは。
ショルティのドキュメンタリー「ゲオルグ・ショルティ 人生の旅」で指揮者ヴァレリー・ゲルギエフはショルティの特徴を「炎のような熱さと、氷のように(オーケストラを)コントロールして、そのコンビネーションによって驚くべき効果を生み出した」と表現していましたが、この第2番の演奏でも、カオスになるぎりぎりの劇的な表現をおこないつつ、厳格なリズムで圧巻の演奏を繰り広げています。炎の熱さと氷のコントロールがまさに感じられる演奏です。惜しいのはロンドンフィルの金管が少し怪しい(裏返りそうになっている)ところでしょうか。
ピアノ協奏曲第1番・3番
ピアノ協奏曲第1番も、第2番と同様に色彩豊かなピアノとオーケストラの圧倒的なリズムが特徴で、これも私は好きな演奏です。ただ、バルトーク最晩年の作品で、旋律や調性戻ってきた第3番もやはり良い曲です。アシュケナージはオールマイティーなピアニストで、第1番や第2番の打楽器的な演奏もさすがでしたが、少しペダルの残響が多い印象もありました。それに対して、アシュケナージらしい詩情が一番感じられるのはこの第3番でしょう。
まとめ
アシュケナージがショルティと再びコンビを組んで録音したバルトークのピアノ協奏曲全集。改めて聴くと色々な発見がありました。
オススメ度
ピアノ:ヴラディーミル・アシュケナージ
指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1978年2月(第2番), 1979年3月(第3番), 1981年4月(第1番), キングズウェイ・ホール
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廃盤のため無し。
試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
記事の順で、ポリーニの演奏を聴いてから、こちらを立て続けに試聴しました。ポリーニはすごいけどどこか無機的な感じがあったのですが(そういう曲だからかもしれませんが)、アシュケナージの方はどこか人間味が感じられる気がしました。オケの方は、ショルティ好きの自分としては少しひいきめに聴いていたのですが、最初にシカゴ響を聴いたためかほんの少しだけ欲求不満が残りました。