このアルバムの3つのポイント
- アシュケナージのベートーヴェン後期ソナタ再録音
- ルツェルンでのデジタル録音
- 印象派につながるピアニズム
ピアノ・ソナタ全集のものから約20年後の再録音
今回紹介するのはヴラディーミル・アシュケナージが1991年に録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番、31番、32番のアルバム。
アシュケナージはピアノ・ソナタ全集を完成させていて、第31番と32番はその最初の1971年、そして第30番も1974年に録音していました。中でも第28番と30番が収録されたアルバムは日本のレコード・アカデミー賞を受賞しています。一方で、1967年に録音された第29番「ハンマークラヴィーア」や1972年の第8番「悲愴」は全集には入らず、どちらも1980年に再録音したものが採用されました。
アシュケナージはその後も月光や熱情、ヴァルトシュタインなどで再録音をおこなっていて、1回録音して終わりというわけではなくその時々で捉えたベートーヴェンを演奏してきたという印象です。
今回紹介するのは旧録音から約20年後の再録音で、第30番から32番を1991年7月にスイス・ルツェルンにある聖シャルル・ホール (St Charles Hall) でセッション録音しています。
旧録音との違い
旧録音と比べて3つのピアノ・ソナタとも演奏時間が速くなっているのが特徴です。まずは演奏時間を比較してみましょう。
曲目 | 旧録音 (1971, 74年) | 新録音 (1991年) |
---|---|---|
第30番 第1楽章 | 4:12 | 4:07 |
第2楽章 | 2:30 | 2:23 |
第3楽章 | 13:42 | 13:25 |
第31番 第1楽章 | 6:42 | 6:13 |
第2楽章 | 2:14 | 2:19 |
第3楽章 | 11:36 | 10:40 |
第32番 第1楽章 | 10:04 | 9:14 |
第2楽章 | 17:25 | 16:47 |
例えば第32番第1楽章のMaestoso の部分のように旧録音では間をたっぷり持たせるところで、新録音ではシャープになり、よりフォルムをスッキリとさせています。
指揮者としての活躍がメインになっている時代なので、ピアノにも良い影響が出ていて、音色はよりまろやかに、そして深みはより増しています。旧録音では若かりしアシュケナージの情熱があったとしたら、この新録音は蒸留されたようなクリアさがあります。高音域での美しさはもはや古典派というよりも、ショパンやシューマンといった次の時代(ロマン派)の萌芽を感じさせてくれます。
旧録音でもレガートなところはあったとは言え、シャープなテクニックで打鍵の粒が大きめでしたが、この新録音ではより滑らかになり、ペダルを効果的に用いてどこまでもカンタービレです。旧録音ではアナログ録音でぼやっとしていた音質、特に第32番の低音のトリルなど、も1991年のデジタル録音では隅々までくっきり聴こえるになったのもメリット。
音楽評論家から「常識家」とも言われたこともあり、妥当な解釈と安定した技術の一方で度肝を抜く奇抜な演奏とは無縁のアシュケナージのピアノ演奏。このベートーヴェンでは「ベートーヴェンはこう弾くべき」という慣習から解放し、ロマンチシズムの世界へといざなってくれます。
まとめ
ピアノ・ソナタ全集での録音とは別の、アシュケナージの20年ぶりの再録音。より蒸留された音色でロマン派へと通じる演奏をおこなっています。
オススメ度
ピアノ:ヴラディーミル・アシュケナージ
録音:1991年7月3, 4日, ルツェルン・聖シャルル・ホール
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試聴
上記タワーレコードのサイトで試聴可能。
受賞
特に無し。
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