このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 エミール・ギレリス/ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団(1968年)
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 エミール・ギレリス/ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団(1968年)
  • エミール・ギレリスとジョージ・セル/クリーヴランド管によるベートーヴェンのピアノ協奏曲から
  • 澄み切ったオーケストラと強靭なピアノ
  • ドイツ・レコード賞(現ECHO賞)受賞

旧ソ連のウクライナは著名なピアニストを多く輩出していて、作曲家でもあったセルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953年)、モスクワ音楽院の院長を務めロシアン・ピアニズムを確立したゲンリヒ・ネイガウス(1888-1964年)、さらに20世紀を代表するピアニストだったヴラディーミル・ホロヴィッツ(1903-1989年)やスヴャトスラフ・リヒテル(1915-1997年)もいます。

そしてリヒテルと同年代でともにネイガウスに師事したウクライナ出身のピアニストがエミール・ギレリス(1916-1985年)。力強い打鍵から「鋼鉄のタッチ」と評されました。ロシアもののチャイコフスキーやラフマニノフも弾きましたが、ギレリスが得意としたのはベートーヴェンやブラームス。

1970年代以降はドイツ・グラモフォンとの契約で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲録音する予定でしたが、1985年のギレリス逝去のため23曲の録音となりました。ただ、全集でなくてもギレリスのピアノ・ソナタ選集は根強い人気があります。「悲愴」、「月光」、「熱情」の三大ソナタはこちらの記事で紹介しています。

1960年代はもっぱらEMIレーベルでのレコーディングで、1968年の4月と5月に、ギレリスは旧EMIレーベルで、晩年のジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団と、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の全集を録音しています。録音場所はクリーヴランド管の本拠地、セヴェランス・ホールです。

ギレリスのベートーヴェンのピアノ協奏曲と言えば、格安レーベルで知られるブリリアント・クラシックがリリースしたライヴ録音で、クルト・マズア指揮ロシア国立交響楽団との1976年の演奏があり、FC2ブログ記事で紹介していますが、音が溢れるほどの強靭さを披露していました。

それに比べるとセル/クリーヴランド管との演奏は正規の録音ということもあり、常識的になっています。

私は2004年にリリースされたEMIクラシックス決定盤1300というシリーズの国内盤の『皇帝』を持っていますが、音質がイマイチということもあり、その後全部集めようとは思いませんでした。

第1楽章の威風堂々とした曲想でも音が突っ張っていますし、ステレオ録音が極端で、イヤホンで聴くと第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの音が左からしか聞こえません。第2ヴァイオリンが指揮者の右手に来る両翼(対向)配置ではなく、指揮者の左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンと並ぶ現代の標準的なオーケストラの配置で演奏されたと思われますが、右のイヤホンからヴァイオリンの音が聞こえないので自分の聴覚が悪くなったのかと驚きました。また、展開部での第1主題でも音が割れてしまっています。

音質のイマイチさは既知の問題だったようで、2015年12月にタワーレコードからリリースされたSACDハイブリッドのディクスではリマスタリングされて音質の悪さが解消されたと説明があります。

セルの最晩年の録音ということもありそれらは今でも注目すべき音源ですが、録音に関してはこれまであまり良い評価がされなかったことは確かです。演奏の素晴らしさをスポイルしない録音の仕上がりを再現すべく、今回の復刻ではよりクリアになった音場と合わせて実在感あるピアノと、視界が開けたことによりバックの優秀さが際立ち、より音楽全体が見通せる音になりました。

TOWER RECORDS DEFINITION SERIES TDSA-8のタワーレコード解説

客観的に聴いてみると、セル/クリーヴランド管が生み出す澄み切った爽やかなハーモニーに、ギレリスの武骨さすら感じる強靭なピアノが合わさっていきます。ギレリスのフォルテを演奏するときの打鍵は個性的で、こういう和音のを響かせるのは彼ならではでしょう。聴くとアドレナリンが放出されます。

第2楽章はモヤモヤとした音質が惜しいところですが、ギレリスのもう一つの魅力である叙情的な演奏が感じられます。

そして第3楽章は力強く、強靭なタッチで突き進みます。ここも音質がイマイチなのがただただ残念ですが、颯爽としたセル&クリーヴランド管が良いですね。弦のトレモロもしっかりと効かせています。フィナーレがこれまでで最悪と言えるほどの音質でひたすら惜しいです。

『皇帝』のディスクにはベートーヴェンの3つの変奏曲がカップリングされています。『アテネの廃墟』からの「トルコ行進曲」の主題による6つの変奏曲ニ長調Op.76、ヴラニツキーのバレエ『森の乙女』のロシア舞曲の主題による12の変奏曲イ長調WoO.71、そして創作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80です。

「トルコ行進曲」は主題こそギレリスらしい「鋼鉄のタッチ」で、打鍵が強烈すぎる印象がしますが、第3変奏では穏やかで美しいです。

ギレリスがセル&クリーヴランド管と挑んだベートーヴェンのピアノ協奏曲。爽やかなオーケストラと強靭なピアノの異色な組み合わせです。

オススメ度

評価 :3/5。

ピアノ:エミール・ギレリス
指揮:ジョージ・セル
クリーヴランド管弦楽団
録音:1968年4月, 5月, セヴェランス・ホール

iTunesで試聴可能。

年度は不明だが、ドイツ・レコード賞(現エコー賞)を受賞。

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