このアルバムの3つのポイント
- ダウスゴーとベルゲンフィルのブルックナーチクルス第2弾
- ノーヴァク校訂の1873年第1稿のスコアを採用した交響曲第3番「ヴァーグナー」
- シュガーコーティングされていないむき出しの感情
近年ますますブルックナーが面白く
今日は久しぶりに記事を書けます。忙しくて音楽を聴く時間がなかったとか、書く時間が取れなかったのではなく、考えがまとまらなかったというのが正直な感想。
今年に入ってからもほぼブルックナーばかり聴いていてこの頃は交響曲第6番に専念しているほど。レコーディングもいくつか新たに聴いて記事の下書きはたくさん書いたのですが、どうも自分の言葉で書くほどに達していないため、公開しないままお蔵入りになっています。
2024年がブルックナーの生誕200年にあたることもあり、近年のブルックナーの演奏、レコーディングの充実ぶりは見事です。しかもこれまでのブームとは違うユニークな取り組みも多いです。
以前、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団(2021年)の交響曲第4番「ロマンティック」の録音を紹介しましたが、ほとんど演奏されない第1稿を演奏することで埋もれたこの作品の原始的な姿を改めて世に問いました。
ブルックナーとゆかりの深いウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、クリスティアン・ティーレマンとのコンビで2019年から22年に一人の指揮者と初めて交響曲全集を完成させています。しかも、こちらの記事で紹介したように第00番と第0番も含めた11の交響曲による全集。
他にもサー・サイモン・ラトルは手兵のロンドン交響楽団と、従来のハース版やノーヴァク版ではなく、ベンヤミン=グンナー・コールスが校訂した最新のコールス版を使用した交響曲チクルスをおこなっています。
また、CAPRICCIO レーベルと国際ブルックナー協会の主導で、ブルックナーの全交響曲の全ての稿を録音する企画が進んでおり、指揮者マーカス・ポシュナーがリンツ・ブルックナー管弦楽団やウィーン放送交響楽団などとレコーディングしています。
生誕200年のアニバーサリーを前に、ますますブルックナーが面白くなっていると言えるでしょう。
第6番が好評だったダウスゴーとベルゲンフィルのブルックナーチクルス第2弾は交響曲第3番
その中でも注目されているのが、デンマーク出身の指揮者トーマス・ダウスゴー (Thomas Dausgaard)と、ノルウェーのベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団とのブルックナー・チクルス。
第1弾が2018年6月に録音された交響曲第6番でしたが、音楽之友社のレコード芸術の評者がランキング形式で選ぶONTOMO MOOK「新時代の名曲名盤500+100」で、ブルックナーの交響曲第6番で複数の表者の指示を集めて第1位を獲得したのがこのダウスゴーとベルゲンフィルの録音。
私もこのムックを参考にダウスゴーとベルゲンフィルの演奏を聴いたのですが、第6番は確かにこれまでのどの演奏家とのアプローチとも違っていて、ホルストの組曲「惑星」の「火星」のような火花散るような演奏でしたが、私の中では違和感を感じたものでした。
一方で、このコンビによる2つ目のブルックナーのレコーディング第3番「ヴァーグナー」を聴いたときにはこれはすごいと思ったものです。
好きか嫌いか分かれる「モノリス」と評した1873年第1稿
このレコーディングの最大の特徴は1873年に書かれた第1稿を使っている点。改訂癖のあるブルックナーの中でも交響曲第3番は3つの版があり、1873年に完成された第1稿は「ヴァーグナー」交響曲とブルックナー自身が呼んでいたように、第1楽章では「トリスタンとイゾルデ」の「イゾルデの愛の死」と「ヴァルキューレ」の眠りのモチーフが引用されていたり、第2楽章では「タンホイザー」序曲の旋律がもろに出てきます。また第4楽章では同じくニ短調のベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章でコーラスが入る前におこなったように、第1楽章から第3楽章までの旋律が断片的に登場してきます。ただ、この第1稿は1874年に総譜の写譜をヴァーグナーとウィーンフィルに送りましたが、ウィーンフィルの新作試演会の候補に取り上げられたものの演奏会のプログラムに入らずに演奏されませんでした。
そして1876年から77年にかけて改訂された第2稿は、第1稿にあったヴァーグナーの旋律の引用が書き直され、第4楽章の第九の手法もカットされています。1877年12月にウィーンフィルで初演をおこなう予定だったのですが指揮者ヨハン・ヘルベックが10月に急死してしまうことで、ブルックナー自身が指揮をおこなうことに。指揮者としてのスキルが高くなかったブルックナーに対してウィーンフィルの団員がリハーサルでも本番でも軽蔑した態度を示したとも言われていて、第2稿による初演は大失敗に終わっています。
そして1888年から89年にかけて、交響曲第8番の改訂を中断させて第3番の第3稿の改訂がおこなわれます。第2稿のスコアから削ぎ落としていて、特に第4楽章では第2稿の638小節から495小節へと143小節も短くなっています。
これまでは最終稿の1889/1890年第3稿が多く、1877年の第2稿もちらほらいる程度でしたが、第1槁は比較的最近になってきてからレコーディングも少しずつ増えていて、エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団(1982年)、ゲオルク・ティントナー指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(1998年)、シモーネ・ヤング指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団(2006年)、そしてヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2010年)、ブロムシュテット指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2017年)などがあります。
ティーレマンが対談で第1稿について「ヴァーグナーの過剰な、しかし美しい引用を含む第1稿に彼がよほどの不満を抱いていたに違いない。(中略)。この最初の版を素晴らしいアーチへと導くのは非常に難しい。彼は自身をヴァーグナーの喜びがもたらす豊穣の一角だと捉えていたと実感した。ヴァーグナーに大いなる影響を受けつつ彼に捧げるということで、少しばかり自分を見失いつつ作曲した。」と語っていました。
一方でダウスゴーは「より新事実が多い」「第2稿、第3稿では作品を「シュガーコーティングしようとしているが、第1稿は強くて最も荘厳」と第1稿に決めた理由を語っていて、好きか嫌いかはモノリス (一枚岩)のように評価が分かれるだろうと言っています。
ダウスゴーとベルゲンフィルが引き出した第1稿の魅力
このダウスゴーとベルゲンフィルによる演奏はそうした第1稿の魅力を存分に引き出しています。第6番の演奏でもかなり野性味溢れる演奏で度肝を抜かしてくれましたが、こうしたアプローチが第3番の第1稿でも功を奏しています。ダウスゴー自身は「シュガーコーティング」という言葉を使いましたが第2稿、第3槁ではより熟練されたオーケストレーションで丸みを帯びている側面もありこの第1稿では時にむき出しの表現が随所にあります。その分、ハッとさせるような美しさとの対比がくっきりと浮かび上がります。特に第3楽章スケルツォの圧倒感はこのコンビならではでしょう。
第1稿ならではのスコアでは、第1楽章の11:30〜12:56ではヴァーグナーにインスパイアされた世界に一方で18:53から始まるコーダは唐突感すらあります。また第2楽章は12:34からヴァーグナーの「タンホイザー」序曲を引用していて第2稿以降にはない神話の世界のようなファンタジー性があります。また13:00から同じテンポに乗って駆け上がるような気迫はブルックナーの初期交響曲に通じますね。第3楽章はスケルツォが見事で、第4楽章は溢れるような熱気がクライマックスを作っています。7:36からは音楽の熱は最高潮に達します。ベートーヴェンの第九の影響から12:50から第1楽章、13:03が第2楽章、13:16がスケルツォと、これまでの楽章のテーマが断片的に登場してくるのも第1稿ならでは。
まとめ
ダウスゴーとベルゲンフィルによって魅力が最大限に引き出された「ヴァーグナー」交響曲の第1稿。第2稿や第3稿に慣れた方でも新鮮に聴こえる必聴アルバムです。
オススメ度
指揮:トーマス・ダウスゴー
ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2019年6月17-21日, ベルゲン・グリーグ・ホール
スポンサーリンク
試聴
Apple Music で試聴可能。
受賞
特に無し。
コメントはまだありません。この記事の最初のコメントを付けてみませんか?