このアルバムの3つのポイント
- ウィーンフィル初の一人の指揮者とのブルックナーの交響曲全集
- 第00番と0番を含む11曲の交響曲全集。00番、0番はウィーンフィル初演奏
- ブルックナーに定評のあるティーレマンと
2024年のブルックナー生誕200年に向けてレコーディングが活発
2024年は作曲家アントン・ブルックナーの生誕200周年のアニバーサリー・イヤー。それに合わせてレコーディングでもブルックナーの録音が多くなってきました。
黄色でおなじみの名門ドイツ・グラモフォン・レーベルはラトビア出身の指揮者アンドリス・ネルソンスとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とのコンビで交響曲全集をライヴで完成。こちらの記事で一部を紹介してますが、ノーヴァク版(第2番だけキャラガン版)を使用したオーソドックスなスコアの選定と現代的な解釈、それが歴史あるドイツのオーケストラと重厚な響きがあいまった演奏でした。
さらに、従来のブルックナーをイメージを刷新するように新しい風も。
フランスの鬼才フランソワ=グザヴィエ・ロトはケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団と全集録音を開始しており、交響曲第7番はノーヴァク版でしたが2003年第3改訂版という新しいものを使用。そして交響曲第4番「ロマンティック」で通常の第2稿ではなく、ほとんど演奏されることのない1874年第1稿を使っていて、もう別の作品を聴いているようです。
また、これまでグスタフ・マーラーの交響曲第10番でクック補筆版を使った世界初演と録音、ブルックナーでも未完の第9番を第4楽章を補筆した完成版で演奏、録音をおこなった音楽史的にも重要なイギリス出身の指揮者サー・サイモン・ラトルは、ロンドン交響楽団とのライヴ録音で、交響曲第8番こそ意外にも伝統あるハース版を使用しましたが、交響曲第6番ではベンヤミン=グンナー・コールス版(2015年)を使用するなど新しい研究を取り入れています。
ウィーンフィル初の一人の指揮者によるブルックナー交響曲全集はティーレマンと
そしてブルックナーが生きていたときから良きも悪きも縁が深かったオーストリアのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。ブルックナーの演奏には定評があり、誰が指揮してもウィーンらしい香りがして、録音も数多いです。例えば往年のハンス・クナッパーツブッシュやカール・シューリヒト、カール・ベームとの録音集や、最晩年のヘルベルト・フォン・カラヤンとの第8番や彼の最後の録音となった第7番、さらにはカルロ・マリア・ジュリーニとのレガートの効いた第7番から9番など枚挙にいとまがないです。
しかし、意外にも一人の指揮者とブルックナーの交響曲全集を完成させたことがありませんでした。ベルナルト・ハイティンクとフィリップス・レーベルで企画されたことがあったのですが、レーベルの都合で頓挫してしまい選集としてリリースされることになった過去も。ハイティンクは2019年いっぱいで引退し2021年10月にご逝去されましたが、2019年8月の最後のザルツブルク音楽祭でブルックナーの交響曲第7番を演奏し、そのときのインタビューで「ウィーン・フィルは特別です。例えばブルックナーの交響曲でも音色と方向性がすばらしくて大好きなんです。」と語るほど。
そしていよいよウィーン初の交響曲全集が実現され、その指揮者に選ばれたのがドイツ出身のクリスティアン・ティーレマン。
半年前の2022年12月のシュターツカペレ・ベルリンの来日公演でも、体調不良で降板したダニエル・バレンボイムに代わり見事に代役を果たしたティーレマン。
ウィーンフィルとは2008年から10年にベートーヴェンの交響曲全集もライヴ録音で完成させていますが、それ以来の大きなプロジェクトです。ティーレマンはこちらの記事に書いたようにブルックナー・いやーの2024年のニューイヤー・コンサートでも指揮する予定ですが、まさにウィーンフィルが全幅の信頼を置いている指揮者の一人です。首席指揮者を務めているシュターツカペレ・ドレスデンと2019年にブルックナーの交響曲全集を完成させたばかりのティーレマンでしたが、ウィーンフィルとのブルックナー全集は「宝くじが当たったようだ」とインタビューで喜びを表していました。
ソニーで音源、C Major から映像作品がリリース。映像では「ANTON」の文字が
最近のティーレマンはバイロイト音楽祭の歌劇や、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏会、そしてベートーヴェンの交響曲全集でもウィーンフィルとのコンサートをUNITEL で映像撮影し、Blu-ray、DVD はC Major やドイツ・グラモフォンレーベルからリリースすることが多いですが、ベートーヴェンの全集はソニー・クラシカルから音源がCD や配信でリリースされました。今回のブルックナーもUNITEL の映像をC Major から映像作品としてリリースし、ライセンスを受けたソニーが音源をCD やApple Music などでリリースしています。
この記事を書いている6月時点で、ソニーのほうでは第0番や00番がリリースされていないですが、C Major では5つのBlu-ray、DVD に分けてリリースされて全集が完成。交響曲順に第00番、第1番、第2番…と並べてみると「ANTON」の文字が浮き上がります。言うまでもなくアントン・ブルックナーの名前ですね。
こだわりの版
ティーレマンはベートーヴェンの全集のときも新版のベーレンライターではなく旧版のブライトコプを使用していましたし、シュターツカペレ・ドレスデンとのブルックナーでもスコアについて様々なバージョンを比較して自分の意志で選んでいました。
そしてウィーンフィルとの演奏では、2012年から2019年に完成したドレスデン盤から間もない2019年から2022年での演奏だったにも関わらず、使用したスコアが一部変わっています。
交響曲 | ドレスデン盤 (2012-19年) | ウィーンフィル盤 (2019-22年) |
---|---|---|
ヘ短調「習作」(第00番) | ― | |
第1番 | リンツ稿 | ウィーン稿 |
ニ短調「無効」(第0番) | ― | |
第2番 | キャラガン版 | キャラガン版 |
第3番 | 第2稿ノーヴァク版 | 第2稿ノーヴァク版 |
第4番 | 第2稿ハース版 | 第2稿ハース版 |
第5番 | 原典版 | 原典版 |
第6番 | 原典版 | 原典版 |
第7番 | ハース版 | ノーヴァク版 |
第8番 | 第2稿ハース版 | 第2槁ハース版 |
第9番 | オーレル版 | ノーヴァク版 |
ドレスデンと版を変えたのは以下のとおり。
- 第1番 リンツ稿 → ウィーン稿
- 第7番 ハース版 → ノーヴァク版
- 第9番 オーレル版 → ノーヴァク版
また、ドレスデンでは取り上げなかった第0番「無効」と00番「習作」もウィーンフィルと演奏し、11の交響曲全集になりました。この2曲はティーレマンにとっても初めてだったようで、インタビューでも「習作だからどんなひどい作品なんだと思っていたら素晴らしくてこれは真に演奏するに値する」という発言をしていました。またウィーンフィルにとっても初めての演奏、録音となったようです。
C Major のDVDやBlu-ray では音楽学者ヨハネス=レオポルド・マイヤーとの対談映像もあるので、ティーレマンがどのような考えで演奏したか、版を選定したかを理解することができます。
こだわりとしては第3番は一般的な第3稿ではなく、第2稿を使用していて、第1稿はブルックナーが自分を見失っている、そして第3稿はあまりにカットされすぎて意味不明になってしまっている、ということを語っていました。そして第8番はハース版が完璧とまで語っています。
対向配置とティーレマンの重厚さ
ウィーンフィルとは2019年4月の交響曲第2番から開始しましたが、それはドレスデンとの全集録音の最後がこの曲で、2ヶ月前の2019年2月に演奏したばかりだったからです。
全てライヴ録音ですがコロナ禍のため、2020年11月の第3番、2021年2月の第1番、2022年3月の第00番、第0番、第5番は無観客でムジークフェライン・ザールで演奏されました。
ティーレマンが共通しているのは重厚さとゆったりとしたテンポ。インタビューでも連符を速く弾いても速く聴こえないとの考えだそうです。がっしりした骨太な演奏で、ウィーンの柔らかい響きがいつもより筋肉質に聴こえます。ウィーンフィルらしくないといえばらしくないです。彼ら特有の繊細さを求める方には向いていないかもしれません。重厚なドイツの響きがします。
シュターツカペレ・ドレスデンも全て映像で見たのですが、感じた圧倒的な違いは、オーケストラの自発性。ティーレマンの指揮姿はガッシリと固くて表情もクールですが、無表情で演奏するドレスデンと、時折ニコッとしながら指揮者にアイコンタクトを送るウィーンフィルとは演奏に対するスタンスが全く違いました。
ドレスデンと同じく、またベートーヴェンの交響曲全集のときと同じく、ティーレマンはウィーンフィルを対向配置にして演奏しています。第2ヴァイオリンが指揮者の右側にいるのが映像でも確認できます。
聴き比べた結果、ウィーンフィル盤では第7番第1楽章のフィナーレがゆっくりと個性的で、第6番はドレスデンでは冒頭3分20秒で木管のトレモロが強調されて流麗でしたが、ウィーンフィルとは全体の流れがより自然となった印象。
映像では対談の中でリハーサルの風景もあり、第6番では第1楽章の冒頭数小節だけで何度もやり直していることがわかりました。あのウィーンフィルがティーレマンに何回もダメ出しされているのが驚きで、それほど静かに始まる冒頭へのこだわりを感じます。確かにドレスデンでは滑らかなモヤのかかったヴァイオリンのリズムに低弦が高らかに歌っていたのですが、ウィーンフィルとでは、ヴァイオリンの休符をしっかりと取り、1つ1つのフレーズをくっきりと浮かび上げていてティーレマンの解釈の変化を感じました。その後もこの特徴的なリズムをくどいほど強調していくので日本の音楽評論家が「あざとい」と評するティーレマンの個性が出ています。
映像から音源部分を抽出してもドレスデンとの9つの交響曲で9時間50分、ウィーンフィルとの11曲で11時間11分もあるので、まだまだ細部は聴き込めていないのですが、改めてブルックナーは奥が深いなと感じました。
まとめ
ウィーンフィル初となる一人の指揮者によるブルックナーの交響曲全集がこうして無事に完成したことを本当に嬉しく思います。それだけでも星5つ上げさせてください。
オススメ度
指揮:クリスティアン・ティーレマン
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2019年4月(第2番), 10月(第8番), 2020年11月(第3番※), 2021年2月(第1番※), 3月(第00番※, 0番※, 5番※), 2022年4月(第6番), ウィーン楽友協会・大ホール (ライヴ。※は無観客)
2020年8月(第4番), 2021年8月(第7番), 2022年8月(第9番), ザルツブルク祝祭大劇場(ライヴ)
スポンサーリンク
試聴
Apple Music で第2番、第3番、第4番、第5番、第8番、第9番が現時点で試聴可能。
受賞
新譜のため未定。
コメントはまだありません。この記事の最初のコメントを付けてみませんか?