このアルバムの3つのポイント

ブルックナー交響曲全集(Blu-ray) クリスティアン・ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン
ブルックナー交響曲全集(Blu-ray) クリスティアン・ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン
  • クリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンのブルックナー交響曲全集
  • ゆったりとしたテンポで骨太の演奏
  • エルプフィルハーモニー、バーデンバーデン祝祭劇場、ミュンヘン・フィルハーモニー、ゼンパー・オーパーでのライヴ

ドイツのベルリン出身の指揮者、クリスティアン・ティーレマンは現在シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立管弦楽団とも呼ばれます)の首席指揮者を務め、ヴァーグナーの楽劇を中心とするバイロイト音楽祭でも毎年のように指揮をおこなっています。レパートリーに偏りはありますが、ドイツ音楽では間違いなく重鎮と呼んで良い指揮者でしょう。

ブルックナーの交響曲第2番でシュターツカペレ・ドレスデンを指揮するクリスティアン・ティーレマン (c) C Major
ブルックナーの交響曲第2番でシュターツカペレ・ドレスデンを指揮するクリスティアン・ティーレマン (c) C Major

そんなティーレマンは2019年からウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してブルックナーの交響曲チクルスを開始しました。現在までで交響曲第8番(2019年10月、ライヴ)交響曲第3番「ヴァーグナー」(2020年11月、無観客ライヴ)のCDがソニー・クラシカルからリリースされていて、交響曲第4番「ロマンティック」(2020年8月のザルツブルク音楽祭でのライヴ)が映像作品では8月以降に、CDでは10月に発売されます。

私もティーレマンのウィーンフィルとのベートーヴェンの交響曲全集を聴いて「うーん」と思ったのですが、このブルックナーは「おぉ」という印象。全部聴いてみようかなと思ってしまいました。

ただ、ウィーンフィルとの録音を始める前に、ティーレマンはシュターツカペレ・ドレスデンともブルックナーの交響曲全集を完成させています。シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者に就任した2012年から、2019年までの第1番から第9番までの9曲をライヴ録音しています。こちらはC MajorレーベルからBlu-rayの映像作品として2021年4月に輸入盤が、7月に国内盤がリリースされました。

ウィーンフィルとのブルックナーの交響曲チクルスが私の中では良かったので、ドレスデンとはどんな演奏だったのかと興味本位で買ってみることに。

シュターツカペレ・ドレスデンのブルックナーと言えば

ブルックナーの大家として知られたドイツの名指揮者オイゲン・ヨッフム1975年から1980年にシュターツカペレ・ドレスデンとブルックナーの交響曲全集を完成させています。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とバイエルン放送交響楽団を振り分けた1回目の全集とよく比較されますが、ドレスデンとの2回目の全集は、武骨さに拍車がかかり、さらに切れ味鋭い演奏になっていました。

ドレスデンは人口51万人の都市で、かつてはザクセン王国の都だった古都です。第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けましたが、見事に蘇り現在に至ります。

ベルリン(ベルリンフィルの本拠地)の600万人や、ウィーン(ウィーンフィルの本拠地)の200万人、ミュンヘン(バイエルン放送響やミュンヘンフィルの本拠地)の140万人に比べると、小さい街です。観光ガイドのブログの中には「ドイツ旅行のメインにはなりづらい、田舎街」と書いているものもありました。

ただ、そんな街だからこそ、ここを本拠地とするシュターツカペレ・ドレスデンのメンバーには個性派が揃っているように思えます。ロン毛のクラリネット奏者、長髪ポニーテールのチェロ奏者、耳にピアスをしたホルン奏者、無精髭の演奏家たちなど…見た目で判断してはいけないのですが、まるで野武士の集団と表現したくなる風貌です。

女性奏者は15名弱ぐらいいますが、バイエルン放送交響楽団とかに比べると少ないかなという印象。また、アジア系の演奏者は2人でしょうか、かなり少ないです。

ティーレマンは保守的とか懐古主義と言われることもあります。

伝統的な楽譜

その理由は使用する楽譜にあるでしょう。ベートーヴェンでも2000年代からベーレンライターの新版が出版され、最新の研究成果が詰まった楽譜が出ています。ところが、ティーレマンは2008年から2010年のベートーヴェン交響曲全集でブライトコプフの旧版の楽譜を引き続き使用しました。新しい研究成果よりも、数十年前の往年の巨匠が使用したスコアにこだわったのです。

このドレスデンでのブルックナーでもハース版のスコアの使用が目立ちます。第4番「ロマンティック」、第7番、第8番でハース校訂版を使用していますが、ブルックナー国際協会のお墨付きは戦前のハース版ではなく戦後に校訂し直されたノーヴァク校訂版です。しかし、ティーレマンはノーヴァク版を使用していません。

こだわりの対向配置

また、ティーレマンはオーケストラの配置もレガシーな方法にこだわっています。指揮者から見て左側に第1ヴァイオリン、右側に第2ヴァイオリンが来るフォーメーションを「対向配置(両翼配置)」と言いますが、ウィーンフィルとのベートーヴェン交響曲全集でも対向配置でした。このドレスデンとの演奏でも対向配置を取っています。

対向配置を取るシュターツカペレ・ドレスデン 2012年6月10日 (c) C Major
対向配置を取るシュターツカペレ・ドレスデン 2012年6月10日 (c) C Major

ティーレマンの指揮は「硬い」です。これは指揮姿を見れば納得が行くのですが、手を太もも横からお腹横あたりまで「下から上に」上げるように指揮をします。イメージ的には「気をつけ」→「小さく前へならえ」→「気をつけ」をずっと繰り返しているです。

例えばカルロス・クライバーのような見た目もエレガントな流麗な指揮が好みだと、ティーレマンの指揮は耳に合わないかもしれません。私は指揮姿は音を表すと考えていて、ティーレマンがオーケストラから引き出す音はやはり力強いですが硬いです。

肥大化している音楽

そしてティーレマンの演奏は近年さらに肥大化していると言えるでしょう。ベートーヴェンでも非常にゆっくりしたテンポでしたし、ウィーンフィルとのブルックナーの交響曲第3番、第8番でもゆっくりとしていました。このドレスデンとのブルックナーも、たっぷりとしたテンポで雄大に描いています。最晩年のヘルベルト・フォン・カラヤンやベルナルト・ハイティンクがそうでしたが、演奏が肥大化しすぎると音楽が冗長になってしまい作品本来の姿が見えなくなってしまうので、私はあまり好みではありません。

演奏後のパフォーマンス

さらに、ティーレマンは演奏後のパフォーマンスがわざとらしいんですよね。最終楽章の最後の一音を終えるとそのままピタッと動きを止め、20秒から30秒経った後にゆっくりとゆっくりと指揮棒を下ろして、下ろし終わると客席から拍手が湧くという流れなのですが、このブルックナーの交響曲でも9つを映像で見ていると毎回やっているので、連続で観るとわざとらしさが目に付きます。

9つの交響曲を、シュターツカペレ・ドレスデンの本拠地ゼンパーオーパーのほかに、バーデン=バーデン祝祭劇場、ミュンヘンのフィルハーモニー、そして2017年に完成したばかりのエルプフィルハーモニーで演奏しています。

高解像度の映像で、ホールの違いも楽しめるので観ていて面白いです。

それでは演奏順に聴いていきましょう。

第2槁ハース版

交響曲第8番は、 2012年6月10日のゼンパー・オーパーでの演奏。シュターツカペレ・ドレスデンの本拠地となるこの歌劇場には、5階までバルコニー席があり、エンジ色の舞台幕にも風格が漂います。

ゼンパー・オーパーでのブルックナーの交響曲第8番の演奏を始めるクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major
ゼンパー・オーパーでのブルックナーの交響曲第8番の演奏を始めるクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major

第2槁のノーヴァク版を使う演奏が多い中、ティーレマンは頑なに第2槁のハース版にこだわっています。余談ですが、ティーレマンはウィーンフィルと交響曲全集を始めましたが、最初の録音となったのは2019年10月の交響曲第8番で、そのときもハース版を使用していました。ハース版にこだわったのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンやベルナルト・ハイティンクなどがいます。

ティーレマンは下からこみ上げるように指揮をするのでオーケストラの音色にも力強さがあります。流線形のしなやかさとは違うのですが、この交響曲には骨太な演奏が似合います。

ブルックナー交響曲第8番の第4楽章を指揮するクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major
ブルックナー交響曲第8番の第4楽章を指揮するクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major

ただ、ウィーンフィルとの演奏に比べるとシュターツカペレ・ドレスデンの演奏は荒々しいというか、オーケストラの違いが目立ちます。テンポも速めでティーレマンの意図が浸透しているようです。

例えば第2楽章のスケルツォではff(フォルティッシモ)の後のp(ピアノ)で急激にピアニッシモぐらいに弱く演奏しています。強弱の対比を誇張したかったのだと思いますが、聞き慣れている音楽でいつもと違って聞こえるとそこだけ違和感が出てしまいます。このppへの誇張は2019年のウィーンフィルとの再録では無くなっていて楽譜どおりp(ピアノ)で演奏していました。

最終楽章もゆったりとしていますが、最後まで力強く演奏していきます。カラヤンにせよ、ハイティンクにせよ、どうもハース版を使う指揮者に限ってテンポが遅いんですよね。ノーヴァク版に比べると小節がやや多い楽譜で、テンポも遅いとなるともう1曲が長いこと長いこと。

ハース版

2012年9月1日のゼンパー・オーパーでのライヴ録音。ここでは珍しくハース版の第7番を使っています。

第1楽章では荘厳な響きがオーラのように輝くものですが、ティーレマンとドレスデンの音はザラザラしていてまろやかさがありません。武骨です。

第4楽章ではさらにゆっくりとなり、もうスローモーションで聴いているかのようです。

最後の一音を演奏した後、ティーレマンはそのままピタリと動きを止めるのですが、20秒ほど経ってからようやく指揮棒を下ろし、聴衆からの拍手が始まります。こんだけゆっくりな上にさらにパフォーマンスをするなんて、わざとらしくて辟易してしまいます。

2013年9月8、9日の本拠地ゼンパー・オーパーでのライヴ録音。ここでは第2楽章の天にも昇るような美しさが聴きどころなのですが、このティーレマンとドレスデンの演奏ではゴツゴツしていて、あまり美しさが出ていませんでした。ヨッフムが指揮したときも武骨な響きでしたが、ティーレマンはそれを踏襲しているのでしょうか。

ハース版

2015年5月23日のバーデン=バーデン祝祭歌劇場でのライヴ録音。こちらもハース版のスコアを使っています。

この曲の私の好みはカール・ベーム指揮ウィーンフィル(1973年)とかマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響(2008年)などの滑らかでまろやかな演奏なのですが、ティーレマンとドレスデンの「ロマンティック」は全く違ってザラザラした演奏。9つの交響曲で一番ガッカリしてしまいました。

原典版

こちらは第4番「ロマンティック」の翌日の2015年5月23日に同じくバーデン=バーデン祝祭劇場で演奏されたもの。

バーデン=バーデン祝祭劇場でブルックナーの交響曲第9番を演奏するクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major
バーデン=バーデン祝祭劇場でブルックナーの交響曲第9番を演奏するクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major

第3楽章では響きが伽藍堂のように壮大になるものですが、ティーレマンとドレスデンはまるでセミが鳴いているようにシャンシャンと演奏しています。これも私の中では「?」でした。

2015年9月13、14日ゼンパー・オーパーでのライヴ録音。

1877年稿

2016年9月2日と3日にミュンヘン・フィルハーモニーでのライヴ録音されたもの。ベルリン・フィルハーモニーやライプツィヒ・ゲヴァントハウスと同じようにヴィンヤード型のホールですが、オーケストラの背後にはパイプオルガンがあるだけで客席はありません。

ミュンヘン・フィルハーモニーでのブルックナーの交響曲第3番の演奏を始めるクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major
ミュンヘン・フィルハーモニーでのブルックナーの交響曲第3番の演奏を始めるクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデン (c) C Major

ウィーンフィルとの2020年の録音が素晴らしく、ティーレマンが得意とする曲ですが、そのときの演奏に比べると、誇張や肥大化が目立ちます。特に第4楽章のフィナーレ。最後に究極に遅くなるのですが、そのまま演奏後にうなだれたままティーレマンは動きを止めます。いつもだったら数十秒待ってティーレマンが動き始めたら聴衆から拍手が湧くのですが、このときは聴衆が待ちきれず拍手を開始。するとティーレマンのうなだれが解除されました。パフォーマンスに失敗してしまったようです。

リンツ稿

2017年9月6日のミュンヘン・フィルハーモニーでのライヴ。

1877/1892年稿(第2稿) キャラガン校訂版

交響曲第2番は全集の最後を飾ったもので、2019年2月6日にハンブルクのエルプフィルハーモニー(Elbphilharmonie Hamburg)で演奏されました。

できたばかりのエルプフィルハーモニー・ハンブルク

エルプフィルハーモニーは2017年1月にオープンしたばかりの新しいコンサートホール。ヴィンヤード型(ぶどう畑型)のホールで、淡い色を基調とした柔らかい印象のホールになっています。

新しいエルプフィルハーモニー・ハンブルクでの演奏 (2019年2月6日)
新しいエルプフィルハーモニー・ハンブルクでの演奏 (2019年2月6日)

ティーレマンにしては珍しく新しいスコアを使用

伝統あるスコア、特に戦前に校訂されたハース版を多く使っていたティーレマンですが、この交響曲第2番はウィリアム・キャラガンが校訂した版を使っています。この曲には1872年版(第1稿)と1877年/1892年版(第2稿)がありますが、ノーヴァクが校訂したのは第2稿だけ。第1稿も校訂する予定だったそうですが、ノーヴァクが1991年に死去し、その仕事はキャラガンが引き継ぐことに。第1稿と第2稿それぞれにキャラガン校訂版が出版されていますが、ティーレマンが選んだのは第2稿のほう。

奇しくも同じ2019年の12月にアンドリス・ネルソンスライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と演奏したものもこのキャラガン版の第2槁でした。

こちらも演奏後にうなだれたまま固まったティーレマンですが、聴衆がすぐに拍手を始めてしまったので、「停止」を解除しました。

ゆったりとしたテンポで誇張も辞さないクリスティアン・ティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンのブルックナーの交響曲全集。ウィーンフィルとの再録が素晴らしかったのでドレスデンとはどうだったのだろうと思って買ってみたのですが、やっぱりオーケストラが違うとこんなにも演奏が違うのかと驚きすら感じます。ウィーンフィル盤はオススメしますが、こちらのドレスデンは正直、そこまでの高揚感がありませんでした。

オススメ度

評価 :3/5。

指揮:クリスティアン・ティーレマン
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:
交響曲第1番 2017年9月6日, ミュンヘン・フィルハーモニー(ライヴ)
交響曲第2番 2019年2月6日, エルプフィルハーモニー・ハンブルク(ライヴ)
交響曲第3番 2016年9月2, 3日, ミュンヘン・フィルハーモニー(ライヴ)
交響曲第4番 2015年5月23日, バーデン=バーデン祝祭劇場(ライヴ)
交響曲第5番 2013年9月8, 9日, ゼンパー・オーパー、ドレスデン(ライヴ)
交響曲第6番 2015年9月13, 14日, ゼンパー・オーパー、ドレスデン(ライヴ)
交響曲第7番 2012年9月1日, ゼンパー・オーパー、ドレスデン(ライヴ)
交響曲第8番 2012年6月10日, ゼンパー・オーパー、ドレスデン(ライヴ)
交響曲第9番 2015年5月24日, バーデン=バーデン祝祭劇場(ライヴ)

C Majorの公式YouTubeで交響曲第6番を視聴可能。

新譜のため未定。

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