※2023/01/12 更新: 交響曲第2番を追記。
※2021/03/24 初稿
このアルバムの3つのポイント
- シャイーが15年を掛けてじっくりと録音したブルックナー
- 首席指揮者を務めたコンセルトヘボウ管とベルリン放送響を振り分け
- まろやかなサウンドで響きの美しいブルックナー
コンセルトヘボウ管弦楽団のブルックナー
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団はブルックナーを得意とするオーケストラです。ベルナルト・ハイティンクや、マリス・ヤンソンス。
リッカルド・シャイーもコンセルトヘボウ管とベルリン・ドイツ放送交響楽団を振り分けてブルックナーの交響曲全集を録音しています。
シャイーはキャリアの若い頃から録音が多いので、当時の実績の割には全集も多いですが、成長過程にある姿。
長期に渡ったリッカルド・シャイーのブルックナーの交響曲全集
リッカルド・シャイーは、1984年から1999年にかけて、ベルリン放送交響楽団(現在のベルリン・ドイツ交響楽団)とロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を振り分けて、第0番、第1番〜第9番のブルックナーの交響曲全集を録音しています。こういう交響曲全集の企画は、作曲家のアニバーサリーに合わせてお尻が決まることが多いので、タイトなスケジュールで何曲も録音しないといけないことになり結果として一つ一つの作品の解釈がイマイチになることも多いのですが、シャイーのこの全集については15年も掛けてじっくりと一つ一つ録音して来たので、作品の解釈も満足の行く出来栄えになっています。
15年に渡るレコーディング
10個の交響曲のレコーディング時期は以下のとおりです。
- ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)と
- 交響曲第7番:1984年6月26-28日
- 交響曲第3番:1985年5月7-9日
- 交響曲第1番:1987年2月16-19日
- 交響曲第0番:1988年2月
- ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と
- 交響曲第4番:1988年12月19-20日
- 交響曲第5番:1991年6月11-13日
- 交響曲第2番:1991年10月7-9日
- 交響曲第9番:1996年6月17-18日
- 交響曲第6番:1997年2月17-19日
- 交響曲第8番:1999年5月
特に音楽賞を受賞したわけでも、音楽評論家が選ぶブルックナーの推薦ディスクにも出てこないので、世の中的にはあまり取り上げられないシャイーの全集ですが、聴き込むと良さが出てきます。
やはり、シャイー自身の成長もあるので、1990年代後半に録音されたもののほうが味わい深いのですが。
Eloquenceの全集とシンフォニー・エディションで
私はこのシャイーのブルックナーの交響曲全集を2種類持っています。最初にオーストラリアのEloquenceレーベル(Deccaのグループ会社)が2016年2月にリリースしたブルックナーの交響曲全集を購入し聴いたのですが、その後の2018年11月にCD54枚組のリッカルド・シャイー シンフォニー・エディションがリリースされたので、そちらも購入したらブルックナーは重複してしまったのです。
Eloquenceでは欠陥が見つかりCD交換
Eloquenceでのブルックナーの交響曲全集は、CD10枚組なのに値段が5千円ぐらいというリーズナブルさ。購入してみると、なるほどと思いました。10枚のCDが紙ジャケットに入っているだけで、ブックレットが何も付かないのです。確かに解説書とかあっても「ブルックナーについて」とか「交響曲第〇番について」、「シャイーについて」とかの説明が英語であっても読まないし、無くて良いのかもしれませんが、だいぶミニマム仕様です。しばらくすると、瑕疵が見つかったようで購入元のタワーレコードから新しいディスクが送られてきました。
ファンに嬉しいシンフォニー・エディション
シンフォニー・エディションはヘルベルト・フォン・カラヤンのときが最初でしたが、ペラペラの無地の白い紙に透明なフィルムが付いたカバーに入れられたCDだったのですが、リッカルド・シャイーの時はジャケットがオリジナルのジャケットを復刻させています。ありがたや。そしてこちらには分厚い解説書にブルックナーについても録音したときのスタジオでの写真などもあり、聴くだけでなく見ても楽しめました。ただ限定生産なので、すぐに売切になり廃盤になってしまいましたね。
交響曲第0番 ニ短調 (1869年ノーヴァク版)
交響曲第0番は全集でも演奏しない演奏家も多い中、シャイーは取り上げています。デッカでのブルックナーの交響曲全集はサー・ゲオルグ・ショルティも演奏していたので、第0番を入れるのはデッカの提案だったのかもしれません。ここでは若干音質が悪いのですが、非常に集中力のある演奏です。
序曲ト短調
この第0番には、同じ時期に録音されたブルックナーの序曲ト長調も含まれています。とても生き生きとしています。
交響曲第1番 ハ短調 (1891年ウィーン版)
この曲は1987年の録音なのでデジタル録音ですが、他に比べると音質が落ちますね。演奏自体は非常にパワフルだと思います。
交響曲第2番 ハ短調 (1877年ハース版)
交響曲第2番は第1稿(1872年稿)と第2稿(1877/1892年稿)がありますが、ブルックナー国際協会による旧全集の原典版を監修したローベルト・ハースは1877年稿をベースにしながらも一部は1872年稿のものを切り貼りして編集しました。その部分にはスコアに(vi-)と(-de)と書かれていて、vide (ヴィーデ)、vi から de まですっ飛ばしなさい、という意味を付けています。第2稿ではカットされて本来ないはずのフレーズを第1稿から持ってきて、演奏するかしないかは演奏者の判断に委ねる、というスタンスなのがハース版。ハース版では他に交響曲第8番の第3楽章でも第1稿と第2稿をミックスさせているのですが、学術的には批判があってレオポルト・ノーヴァクが校訂し直したものが新全集として出版されました。
ただ、ノーヴァク版でもこの交響曲第2番は(vi-)と(-de)の部分は残したままにしたんですよね。後にウィリアム・キャラガンが校訂し直してキャラガン版として第2稿と第1稿をそれぞれ出版しています。
さて、シャイーとコンセルトヘボウ管が使ったのは旧全集のハース版。ハースは交響曲第2番は第2稿(1877年稿)しか校訂していないので、ハース版と言われたら第2稿のことです。第2稿ノーヴァク版が1965年に出版されているのですが、シャイーは敢えて古い校訂のほうを採用したということですね。コンセルトヘボウ管の前任のハイティンクも1969年に交響曲第2番を録音したときもハース版でした。
ハース版は第3楽章のスケルツォの提示部と再現部、そしてトリオにリピート記号があるのですが、スケルツォの繰り返しは慣習的に省略されることもあります。しかしシャイーはこの反復を全て繰り返しています。
さらにvi-deがある第2楽章の48小節から70小節(トラック2の3分40秒から5分22秒)、第4楽章の540〜562小節(トラック4の14分40秒〜15分39秒)と590〜652小節(トラック4の16分30秒〜18分20秒)の部分も演奏しています。シャイーは驚くほどにハース版の楽譜に忠実な演奏を心掛けています。
コンセルトヘボウ管に脈々とつながるブルックナーの演奏史を踏まえて、スコアをじっくりと研究した上で演奏に臨んでいる様子が伝わってきます。
交響曲第3番 ニ短調「ワーグナー」 (1889年ノーヴァク版)
第3番は金管が力強くて悪くは無いですが、どうせならコンセルトヘボウ管のツヤのある金管で聴きたかったですね。
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」 (1886年ノーヴァク版)
シャイーは1988年にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就きましたが、この交響曲第4番「ロマンティック」はその初年の録音。まだ35歳という若さで世界最高峰のオーケストラのシェフを任され、そして前任のベルナルト・ハイティンクら歴代の指揮者が得意としてきたブルックナーの傑作に挑むとはすごいこと。
演奏時間は以下のとおりです。
- 第1楽章 18:47
- 第2楽章 15:09
- 第3楽章 10:23
- 第4楽章 21:56
第1楽章はやや速めのテンポで力強いですが、コンセルトヘボウ管らしいまろやかなサウンドで角の丸い演奏です。
第2楽章もまろやかで穏やか。第3楽章も速めのテンポでキビキビとしてます。第4楽章もシンフォニックで丁寧に隅々まで音を鳴らし切っています。2010年代後半以降のシャイーだったらもっとメリハリを効かせて歌わしていたと思いますが、このときのシャイーはまだ若いですね。音はフレッシュですが、まだ深みは感じられないかなという印象です。
交響曲第5番 変ロ長調 (1878年原典版)
交響曲第5番もコンセルトヘボウ管のまろやかなサウンドが特徴。第2楽章は美しくて素晴らしいがテンポは少し早足ですね。
交響曲第6番 イ長調 (1881年原典版)
交響曲第6番もコンセルトヘボウらしい美しいサウンドが素晴らしい。金管がつっぱらない音色なのがこのオーケストラならでは。第2楽章はオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」を彷彿とさせる美しさです。
交響曲第7番 ホ長調 (1885年ノーヴァク版)
交響曲第7番は1984年6月の録音で、全集のトップバッターとなりました。ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)の首席指揮者に就任したのは1982年でしたので、この時期は3年目でコミュニケーションがスムーズになってきた時代でしょうか。ブルックナーと言えば年配の指揮者の演奏が多いように感じられますが、このときシャイーはまだ31歳。ベルナルト・ハイティンクもブルックナーの交響曲全集をコンセルトヘボウ管と始めたのは31歳のときだったので、若くしてブルックナーに挑戦したいという思いは共通していたのでしょう。
交響曲第8番 ハ短調 (1890年ノーヴァク版)
交響曲第8番は全集の最後となる1999年5月の録音。この曲はハース版を使う指揮者が多いのですが、シャイーはノーヴァク版を使っています。なので、いつもと違う音楽に聴こえて斬新です。
演奏時間は以下のとおりです。
- 第1楽章 16:13
- 第2楽章 15:07
- 第3楽章 25:36
- 第4楽章 22:06
トータル79分で、今の時代のCD1枚に収まる範囲です。この交響曲第8番は84分を超えてCD2枚に分かれてしまう演奏も多いのですが、正直曲の途中でディスクの入れ替えるのは面倒ですし音楽が止まってしまうので、1枚に収まるのは嬉しいですね。
特に第4楽章のファンファーレのところでは、「タンタンタンタン」と、副音声のようにリズムを刻む旋律が入っています。
交響曲第9番 ニ短調 (1894年ノーヴァク版)
まろやかなコンセルトヘボウサウンド
ブルックナーの交響曲第9番は1996年6月の録音。演奏時間は以下のとおりです。
- 第1楽章 24:51
- 第2楽章 10:50
- 第3楽章 27:35
まろやかなコンセルトヘボウサウンドです。角は尖らずに、音も出過ぎることはなく、美しくまとまっています。
第2楽章もまろやかなサウンドで、美しさが出ています。
第3楽章も静寂でソロの美しさが際立ちます。悩ましいブルックナーという感じではなく、澄み切ったブルックナー。解釈に奥深さが欲しいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、私はこの第9番を聴くとシャイーが求めた美しさの究極がここにあると思います。
デッカの優秀録音も際立ちます。
まとめ
15年に渡るじっくりと時間をかけた交響曲全集で、ブルックナーについて曖昧さが無くなった状態で臨んだシャイーの録音。美しさが引き立っています。たとえばオイゲン・ヨッフムの演奏はゴツゴツするようなブルックナー像を描いていましたが、あのようなタイプが「コブシ」の花だとすると、シャイーの演奏は「ハクモクレン」の花。同じ白い色に見えますが、前者が武骨な感じで勇ましい花で、後者が華麗で流麗な花とタイプが全く違います。シャイーのこのブルックナーの全集はベストチョイスかと言われると違うでしょうが、響きの美しさやエレガンスを求めたブルックナーとして、良い演奏だと思います。
オススメ度
指揮:リッカルド・シャイー
ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1984年6月26-28日(第7番), 1985年5月7-9日(第3番), 1987年2月16-19日(第1番), 1988年2月(第0番), ベルリン・イエス・キリスト教会
1988年12月19-20日(第4番), 1991年6月11-13日(第5番), 1991年10月7-9日(第2番), 1996年6月17-18日(第9番), 1997年2月17-19日(第6番), 1999年5月(第8番), コンセルトヘボウ
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受賞
特に無し。
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