このアルバムの3つのポイント

ムソルグスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」とストラヴィンスキー「春の祭典」 サー・ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1980年・1974年)
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」とストラヴィンスキー「春の祭典」 サー・ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1980年・1974年)
  • ショルティとシカゴ響の黄金時代の演奏
  • 機能的な春の祭典
  • 鳴らしきった展覧会の絵

サー・ゲオルグ・ショルティヘルベルト・フォン・カラヤンレナード・バーンスタインたちと20世紀後半のクラシック音楽界を引っ張った名指揮者の一人。カラヤンに匹敵するほどのレコーディング量を誇り、レパートリーもかなり幅広かったです。

膨大な録音の中にはショルティ自身が得意とした作曲家も多いですが、定番の人気曲だからカバーしたたと思われるものもあります。今回紹介するムソルグスキー作曲ラヴェル編曲『展覧会の絵』とストラヴィンスキー作曲『春の祭典』(1947年版)がそうでしょう。

ショルティとシカゴ響の黄金時代の演奏とあって、2曲とも確かにうまいです。オーケストラはソロはもちろんレベルが高いですし、アンサンブルもピタリと合っています。

例えば『展覧会の絵』での第1曲「プロムナード」のトランペットのソロ。金管に定評のあるシカゴ響だけにうますぎます。力強く弾むような弾力があって、ルンルンと通路を歩いているようです。さらにヴァイオリンの美しいアンサンブルが加わり、まろやかさを増して金管が輝きを添えています。

ただ、ショルティの前向きな性格があまり陰を作らないようにしているように思えます。第2曲の「こびと」では、雄大に演奏しますが、他の演奏家で聴いたような薄暗さや不気味さがありません。ラストも壮大に駆け足でまとめています。このときの乱れないアンサンブルがシカゴ響のすごさではありますが。

第7曲の「ビドロ(牛車)」では静音から最強音までの長い長いクレッシェンドで圧倒的な頂点を作り、そしてデクレッシェンドで小太鼓の音がスーッと消えていくシーンなど、技術的には非常にレベルが高いですが、演奏は健康的。同じシカゴ響を指揮して1976年4月にカルロ・マリア・ジュリーニが録音した「展覧会の絵」では何か圧政に苦しむような風景が見えましたが、ショルティのアプローチは違います。なお、ジュリーニ盤は作家百田尚樹さんも推薦するアルバムです。

こちらの記事で書いたようにショルティのCDを長い時間を掛けて200枚以上聴いてきたショルティアンの私でもこの録音は確かにうまいと思うのですが、ベストな演奏ではないと思いました。

思い出した音楽評論家の言葉

この録音を聴いて思い出したのはある音楽評論家の言葉。

音楽評論家でショルティについて批判的な感想が多かった吉田 秀和氏は1963年のロンドン交響楽団の来日公演の感想で以下のように書いています。

ショルティは、いわば、音楽では技術的に完璧に演奏されれば、《作品の魂》はおのずから流れでるはずだという立場にいるようにみられた。そうして音楽の精神の中心は、ダイナミックとテンポにある。

(中略)

だが音楽は、主としてある心的なエネルギーの流出であり、それは作品そのものの構造を忠実に辿れば、自然とそこに現われ出る筋合いのものなのだ。演奏家が、スコアからよみとって、その《表現》に特に方向づける必要はない。

吉田秀和、「カラヤンのベートーヴェン」より

今のようにインターネットが発達した時代だとCDショップやAmazonのレビューやブログもSNSなどで様々な情報発信をしている方々がいますので、一部の音楽評論家の意見を真に受ける人は少なくなってきたとは思いますが、こうした否定的な意見もイラッとはしますが参考になるときもあります。

この『展覧会の絵』を聴いて思ったのは技術的には素晴らしいのですが、心に響く何かが足りない気がします。例えば、『展覧会の絵』の最後の「キエフの大門」(ロシアによるウクライナ侵攻があってから、ロシア語読みのキエフではなくウクライナ語のキーウとして呼ぶことになったので、そのうち「キーウの大門」となるかもしれません)。この曲でヘルベルト・フォン・カラヤンベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と録音したときはとてもゆっくりのテンポに落としてじっくり演奏していましたが、ショルティとシカゴ響は標準的なテンポでさっと行ってしまいます。普通すぎるから何かが足りないと感じたのかもしれません。ただし第12曲の「カタコンブ」でのショルティの死者を彷彿とさせるような薄暗い雰囲気作りが格別にうまいです。

春の祭典は再録音も

カップリングされている『春の祭典』は1974年のもの。ショルティは1991年9月にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で客演したときのライヴ録音もあります。聴き比べると、コンセルトヘボウ管はややおとなしめで真面目な感じがしたのに対し、シカゴ響との旧録音はツーカーの仲というのもあるでしょう、ショルティの思い描いていた音が鳴っているように感じます。

ショルティとシカゴ響の黄金時代の『展覧会の絵』と『春の祭典』。ヴィルトゥオーソ・オーケストラの面目躍如の演奏です。

オススメ度

評価 :4/5。

指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
シカゴ交響楽団
録音:1974年5月(春の祭典), 1980年5月(展覧会の絵), シカゴ・メディナ・テンプル

iTunesで展覧会の絵春の祭典をそれぞれ試聴可能。

特に無し。「春の祭典」のアルバムは1976年の米国グラミー賞のクラシック音楽最優秀技術賞にノミネートされるも受賞ならず。

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