このアルバムの3つのポイント
- ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管の3つ目の交響曲全集
- コロナで延期になったベートーヴェン生誕250年の企画
- 第九は再発見されたコントラファゴットのパート譜を使用
ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管による3度目の作曲家フォーカス
カナダ出身の指揮者ヤニック・ネゼ=セガン。1975年生まれでアメリカの名門オーケストラであるフィラデルフィア管弦楽団 (2012年〜)とメトロポリタン歌劇場の音楽監督 (2018年〜)を兼任していて、さらにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のサマーナイト・コンサート2023の指揮台にも立つなど、今最も充実している指揮者の一人。
そのネゼ=セガンはイギリスのヨーロッパ室内管弦楽団の名誉団員にもなっています。ウィーンフィルと同様に音楽監督や首席指揮者を置かないこの室内オーケストラと、ネゼ=セガンは親密な関係を築き、これまでシューマンの交響曲全集 (2012年11月)、メンデルスゾーンの交響曲全集 (2016年2月)、そしてベートーヴェンの交響曲全集 (2021年7月)を完成させていて、さらにブラームスの交響曲全集 (2022年7月、2023年7月) をリリースしたばかり。
コロナ禍で延期になったバーデン・バーデンライヴ
2020年のベートーヴェン生誕250年に合わせて、名門レーベル、ドイツ・グラモフォンはアンドリス・ネルソンス指揮でウィーンフィルとのコンビで交響曲全集をリリースしています。こちらの記事で紹介しましたが、ウィーンフィルの伝統を活かしつつもネルソンスらしい豊穣な響きが融合した名演でした。
一方でこのネゼ=セガンとヨーロッパ室内管の演奏はこれまでにない新しいベートーヴェンの魅力を引き出しています。「私たちの解釈は聴衆にまるでこの音楽を初めて聴いているかのように思えるでしょう。これこそが私の目的なのです。」というネゼ=セガンのコメントどおり、斬新なベートーヴェンがこのアルバム。
2020年のベートーヴェン・イヤーに実施するはずだった演奏会がコロナで延期になり、翌年2021年7月のバーデン・バーデン祝祭劇場でベートーヴェン・チクルスが実施されました。タワーレコードの情報によると、7月2日が交響曲第8、4、5番、そして4日が第1、9番、9日に第6、7番、さらに10日に第2、3番を演奏したとのこと。
室内管ならではのアンサンブル
この演奏が斬新なのはオーケストラの楽器のバランスにあります。ドイツ・グラモフォンの公式YouTube に映像がありますが、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章の演奏を見てみると、オーケストラの人数は以下のとおりです。
- 第1ヴァイオリン 9
- 第2ヴァイオリン 9
- ヴィオラ 6
- チェロ 5
- コントラバス 4
- ホルン 3
- トランペット 3
- オーボエ 2
- フルート 2
- クラリネット 2
- ファゴット 2
- ティンパニ 1
通常のモダン・オーケストラに比べると弦セクションが少ないのです。例えばロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のYouTube 動画を見てみると、金管、木管、ティンパニの数は同じなのですが、第1ヴァイオリンも第2ヴァイオリンで10〜12人、ヴィオラが12、チェロが10人、コントラバスが8人います。弦セクションが50人ほどいるモダン・オーケストラに対して、ヨーロッパ室内管は33人。これは決定的に違います。
全奏 (トゥッティ)でも、モダンのオーケストラの演奏だと弦が圧倒的に聴こえるのですが、ヨーロッパ室内管ではトランペットやオーボエ、クラリネットなど、他の楽器がより鮮明に聴こえます。
Apple Music の説明では、ネゼ=セガンが以下のように語っています。
ネゼ=セガンがこの交響曲全集で特に取り組みたかったことは、ベートーヴェンのオーケストレーションの音を再調整して、弦楽器セクションと他の楽器とのバランスをより均等にすることだった。「非常に重要でありながら、いまだに見落とされているのは、木管楽器、すなわち、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットが、これらの交響曲にとっていかに重要か、ということです」と彼は説明する。
ヤニック・ネゼ=セガン, Apple Music
(少し小言なのですが、Apple Music で聴き込んだ後、このレビューを書くためにCD を購入し直したのですが、ブックレットには第九の新しいスコアの解説があるぐらいでネゼ=セガンのコメントや演奏についての解説が載ってないのですよね。むしろApple Music のほうが情報が多いです。)
実際に、第3番「英雄」の第1楽章でのオーボエからクラリネット、そしてフルートへと引き継がれる旋律が団員同士の演奏をよく聴いていることが伺えます。
対向配置をとり、第2ヴァイオリンは指揮者の右側にいます。また、トランペットは古楽器のバロックトランペット (ナチュラルトランペット)を使用しています。さらにトランペットを右奥に配置することで、例えば交響曲第7番の第4楽章ではトランペットと弦による見事なステレオ効果を生み出しています。
映像を見るとネゼ=セガンが弾むように身体を大きく動かして指揮しているのがよくわかります。
第九は新しい校訂版を使用
この演奏会の第9番「合唱」ではベートーヴェンのオリジナル譜と最近再発見されたコントラファゴットのパート譜を初めて使用しています。
スコアに忠実な演奏でもあり、省略されがちな第3番「英雄」の第1楽章提示部、第4番の第1楽章提示部、第6番「田園」の第1楽章提示部の繰り返しを実施しています。
私のオススメは第4番。第1楽章の提示部の導入部が手探りで不安な雰囲気が徐々に霧が晴れ、毅然として第1主題に力強く突入していくところは見事です。随所に第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いも素晴らしいですし、第1楽章再現部第2主題 (381小節〜) での木管のリレーは実に見事。
まとめ
ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管による新しいベートーヴェン。アンサンブルのバランスが変わることで、一味違うベートーヴェンになっています。
オススメ度
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
ヨーロッパ室内管弦楽団
【第九のみ】
ソプラノ:シボーン・スタッグ
アルト:エカテリーナ・グバノヴァ
テノール:ヴェルナー・ギューラ
バス:フローリアン・ベッシュ
アクサンチュス室内合唱団
録音:2021年7月2-10日, バーデン・バーデン祝祭劇場 (ライヴ)
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試聴
Apple Music で試聴可能。また第7番第4楽章をYouTube のドイツ・グラモフォン公式チャンネルより視聴可能
受賞
特に無し。
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