レコードアカデミー賞受賞! ネルソンスとウィーンフィルによる洗練されたベートーヴェン交響曲全集(2017-19年)

ベートーヴェン交響曲全集 アンドリス・ネルソンス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2017-2019年)

このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン交響曲全集 アンドリス・ネルソンス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2017-2019年)
ベートーヴェン交響曲全集 アンドリス・ネルソンス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2017-2019年)
  • 今最も乗っているアンドリス・ネルソンスとウィーンフィルのベートーヴェン
  • 自発的な響きと洗練されたハーモニー
  • レコードアカデミー賞&レコ芸リーダーズチョイス受賞

日本では特にドイツ=オーストリア音楽の本場志向が強く、ベルリンフィルとウィーンフィル2大オーケストラの人気が高すぎるぐらいだが、このオーケストラがベートーヴェンの交響曲全集を録音するとなると必ず話題になった。ウィーンフィルはベートーヴェンの交響曲全集が多く、古くはハンス・シュミット=イッセルシュテット(1965-1969年)、カール・ベーム(1970-1972年)レナード・バーンスタイン(1978-1979年、ライヴ)クラウディオ・アバド(1985-1988年、ライヴ)サー・サイモン・ラトル(2002年、ライヴ)、クリスティアン・ティーレマン(2008-2010年、ライヴ)などがある。特に2000年代以降のラトル、ティーレマンは個性的で、賛否両論だ。私自身が聴いた印象では、前者はアゴーギクが強すぎるし、ティーレマンも何だか自分の枠にはめようとしてウィーンフィルらしさが感じられなかった。

ということで、ウィーンフィルなのにベートーヴェンの交響曲で満足しているのはシュミット=イッセルシュテットの録音や、ベームの偶数番号の交響曲ぐらいで、正直、全集だと他のオーケストラのものをよく聴いている。

アンドリス・ネルソンスは今一番乗りに乗っている指揮者だろう。1978年生まれとまだ若いながらも、2014年からボストン交響楽団の音楽監督を務めており、ショスタコーヴィチの交響曲の録音で3回米国グラミー賞を受賞している。また、2017年からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターも務め、ブルックナーの交響曲全集に取り組んでいる。そして2020年にはウィーンフィルのニューイヤーコンサートも指揮している。

そんな中、今年のベートーヴェン生誕250周年に合わせて、ドイツ・グラモフォンが満を持してリリースしたのが、アンドリス・ネルソンスとウィーンフィルの交響曲全集だ。2017年から2019年に掛けて計6回の演奏をライヴ録音したものだが、ボストンとゲヴァントハウスのオーケストラのポジションを兼任しているネルソンスとしては、なかなかウィーンで指揮する機会が少なかったのだろう。その分時間を掛けて録音した様子が伺える。

レコードアカデミー賞とリーダーズチョイスのダブル受賞

このディスクは日本の音楽評論家が選ぶ賞のレコードアカデミー賞交響曲部門及び銅賞と、レコード芸術の読者が選ぶリーダーズチョイス2020の両方を受賞している。

輸入盤(CD+Blu-ray Audio)か、国内盤(UHQ-CD/MQA-CD)か

輸入盤ではCD5枚と、Blu-ray Audioが1枚のセット、2019年にリリースされている国内盤ではUHQ-CD×MQA-CDの5枚組でハイレゾ音源。どちらを買おうか迷ったが、後者だとMQA規格に対応した専用プレイヤーかスピーカーがないと聴けないので、前者の輸入盤にした。Blu-ray AudioならBlu-rayプレイヤーで聴ける。Blu-ray Audioで聴いていると、空気の圧力まで感じられて、臨場感がある。

私も毎年、ボストンに出張に行くときにはボストン交響楽団のコンサートを聴きに行くのだが、2016年10月はブラームスのピアノ協奏曲第1番(エレーヌ・グリモーがピアノ独奏)と交響曲第2番、2019年1月はマーラーの交響曲第3番、2020年1月はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を聴いた。特にマーラーの交響曲の演奏では、これまでマーラーを聴いてきたのにどうも馴染めなかった第3番の真価にようやく気付くことができ、非常に印象深い演奏だった。

謙虚でシャイ、というのがネルソンスの印象だが、オーケストラと対話し、モチベーションを高め自発的な音楽を引き出すのがうまい。

ベートーヴェン交響曲全集のCDのブックレットにアンドリス・ネルソンスのメッセージが載っているが、ベートーヴェンが暮らし、作品の初演も行ったウィーンで、ウィーンフィルと演奏することに喜びを感じている様子だ。さらにこんなことを書いている。

If I were asked about my personal contribution to this project, I could only say that it is not about me at all. It is about the genius of Beethoven’s music, which means that my task as a conductor – and the task of the orchestra 0 is to find the best way of presenting his ideas to the listeners.
アンドリス・ネルソンス, ベートーヴェン交響曲全集での寄せ書き

最近は、作曲家が偉大で、演奏家はそれを引き出す黒子(くろこ)という主旨のコメントをする演奏家が多くなった印象だが、指揮者のカリスマ性でグイグイとオーケストラを引っ張っていた時代と違って、今はこのような謙虚で控えめな指揮者が歓迎されるという、時代の流れだろう。

さて、このネルソンスとウィーンフィルのベートーヴェンの交響曲全集。オンラインショップのレビューでは、賛否両論の意見が書かれていて、「英雄」の冒頭を聴いただけで聴くのを止めたとか、第9番では独唱者の声が細く、ウィーンフィルも無難、などの意見もあれば、奇数番号の交響曲は巨匠指揮者に及ばないが、第2番と第6番は良かった、という意見もある。

私が聴いた感想は、これぞウィーンフィルの響き。少なくとも2000年代以降のウィーンフィルのモヤモヤするベートーヴェン交響曲全集を払拭するような、満足感がある。特に第5番「運命」の自発的なサウンドや、第6番「田園」の美音が良い。一方で、第3番「英雄」は第1楽章・4楽章の勇ましさ、第2楽章の悲痛さはあまりなく、自発性に頼らずもう少しネルソンスがリードしたほうが良かったという印象もある。また第9番「合唱付き」でも、もっとドラマティックさが欲しかった。

ただ、音質はものすごく良い。透き通った空気に楽器や声楽の響きがすっと聴こえてくる。ライヴ演奏なのに、聴衆からの咳やノイズは全く聞こえてこない。Blu-ray Audioで聴くと、まるで自分の目の前でオーケストラが演奏している、そんな体験をさせてくれる。

第1番と第2番は9曲の中で最後に演奏されたもの。古典派的な作品だから後回しになったのだろうか。ウィーンフィルならではの美音が良い。

第1楽章はスッキリしているのだが、どうも勇ましさは薄い。第2楽章の葬送行進曲も淡々としていて、悲痛さが感じられないところが不満。もう少しネルソンスがリードしてオペラのようなドラマ性を持たせたほうが良かったと思う。

第4番は捉えどころのない音楽のように思えるが、序奏はそっと静かに始まり、何かの誕生を予感させる不気味さがある。そして主部に入ると生き生きとしたテンポで祝典的な音楽を奏でる。指揮者に押し付けられた音楽ではなく、ウィーンフィルが奏でたい音楽を、ネルソンスが見事に引き出している印象。良いコンビネーションだ。

9曲の交響曲の中で一番良かったと思うのがこの「運命」。重々しくないのだが、デュナーミクがうまくてキビキビとしていて躍動感がある。

これもウィーンフィルらしい美音が堪能できて、ウィーンフィルの響きが復活したように思える。

交響曲第7番はのびのびとして優雅なハーモニー。ウィーンフィルの団員たち自身が自分たちの音楽に楽しんでいる光景が思い浮かぶ。第2楽章でのアレグレットでは身を切るかのような切なさだ。第3番「英雄」の第2楽章もこんな感じで演奏して欲しかった。第3楽章はプレストだけに、テンポがめちゃくちゃ速い。8分38秒で演奏し終えている。そして第4楽章のアレグロ・コン・ブリオ。やはり良い。ハツラツとして、美しい弦、柔らかい木管と金管。これぞウィーンフィルの響きだ。

第1楽章の冒頭のアンサンブルが若干ずれているが、元々アンサンブルを合わせずにハーモニーに厚みを持たせるウィーンフィルらしさなので気にはならない。第7番と同じ時期に演奏されたこともあって、ウィーンフィルらしい響きは同じ。のびのびとしている。

第1楽章は終始落ち着いて、あまりドラマティックにはせずに、じっくりじっくりと演奏する。第2楽章からウィーンフィルなのに情熱がほとばしっている。第3楽章は自発的。ネルソンスはオーケストラからの自発的な音楽を引き出すの長けているが、この楽章でよくその特徴が表れている。第4楽章は確かに迫力は無いかもしれないが、洗練されたハーモニーが見事。独唱が入ってからの後半部はテノールもおとなしい。

本当に久しぶりに、ウィーンフィルのベートーヴェンの交響曲で良いなぁと思う演奏を聴けた。ネルソンスに感謝。

オススメ度

評価 :4/5。

ソプラノ:カミラ・ナイルンド
アルト:ガーヒルド・ロンバーガー
テノール:クラウス・フロリアン・フォークト
バス:ゲオルク・ツェッペンフェルト
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮:ヨハネス・プリンツ)
指揮:アンドリス・ネルソンス
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2017年3月18-23日(第6番), 2017年10月11-15日(第7番、第8番), 2018年5月8-13日(第9番),
2019年3月25-31日(第4番、第5番), 2019年4月1-2日(第3番), 2019年4月2-7日(第1番、第2番), ウィーン楽友協会・大ホール(ライヴ)

iTunesで試聴可能。

2019年度のレコードアカデミー賞銅賞及び交響曲部門を受賞。

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