このアルバムの3つのポイント
- リッカルド・シャイー待望のベートーヴェンの交響曲
- 重厚なボールの豪速球
- ドイツ・エコー賞の指揮者部門を受賞!
リッカルド・シャイーの待望のベートーヴェン
現在のクラシック音楽を引っ張る指揮者の一人、リッカルド・シャイーは、デッカ・レーベルに所属し、録音は数多いです。交響曲全集も積極的で、マーラー(コンセルトヘボウ管、ベルリン放送響)、ブルックナー(コンセルトヘボウ管、ベルリン放送響)、シューマン(コンセルトヘボウ管)、シューマン(マーラー編曲版、ゲヴァントハウス管)、ブラームス(コンセルトヘボウ管と1回目、ゲヴァントハウス管と2回目)などがあります。
ただ、ベートーヴェンの交響曲の録音には慎重でした。
そのシャイーが、カペルマイスターを務めていたゲヴァントハウス管弦楽団と2007年からベートーヴェンの交響曲全集に着手しました。バッハやメンデルスゾーンから受け継がれている長年の伝統や、重厚な響きを持つこのオケに触発されたのでしょうか。
録音は2007年6月の交響曲第1番とコリオラン序曲から始まり、2009年11月の交響曲第6番「田園」とステファン王と命名祝日の序曲でフィニッシュ。ゲヴァントハウス管とのブラームスの交響曲全集もそうでしたが、交響曲以外にのカップリング曲として、珍しい作品までレコーディングしているので、貴重です。
そうした作品も含めてこのアルバム全ての感想を書いていこうと思いますが、交響曲については番号順で、序曲などの管弦楽作品は一緒に収録した交響曲の次のセクションに書いていきます。
新校訂版ではなく、ペータースの旧版を使用
シャイーがベートーヴェンの演奏で影響を受けた指揮者は3名いて、それぞれアルトゥーロ・トスカニーニ、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ジョン・エリオット・ガーディナーだと語っています。1980年代にベルリン放送交響楽団(現在のベルリン・ドイツ交響楽団)の首席指揮者を務めていたときに、カラヤンの演奏を観察して勉強していたそうです。
21世紀に入るとベートーヴェンの交響曲を、「ベーレンライター新校訂版」のように近年の研究成果を踏まえた新しく校訂されたスコアを使って演奏することが増えてきました。例えば、クラウディオ・アバドとベルリンフィルの2000〜2001年の録音や、サイモン・ラトルとウィーンフィルの2002年の録音などが有名です。
しかし、リッカルド・シャイーは新校訂版を勉強してみたそうですが、旧版のペータース社の楽譜を使うことにしたそうです。
アルバムのブックレットでシャイーのコメントが書かれています。
Chailly is not using the new Urtext edition, “I studied it but then went back to the old Peters edition, which I’ve freshly prepared. It was done extremely cleanly and makes a solid basis for our material. In addition I’ve made a careful study of Igor Markevitch’s critical edition, and in the Eighties I went carefully through George Szell’s entries in this scores. Out of all of this, I’ve formed my own view.”
Beethoven since Beethoven, Peter Korfmacher (英語翻訳はRichard Evidon)
前述した3名の指揮者の他に、1980年代に研究したジョージ・セルの書き込みを見てシャイーならではのベートーヴェン像が見えてきたようですね。
交響曲第1番 (2007年)
第1楽章は素早く、そして強めのアーティキュレーションでフォルテ部分の輪郭を強調しています。第2楽章は落ち着いた煽るような感じ。地響きが鳴るような力強い演奏です。第3楽章はまた速いテンポでババババンと楷書体のようにフォルテの音が鳴り響きます。中間部は落ち着いて厚みある響きが楽しめますが、第4楽章はまた荒々しいです。若かりしベートーヴェンのパッションがこもった演奏でしょう。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 8:00 |
第2楽章 | 6:27 |
第3楽章 | 3:13 |
第4楽章 | 5:29 |
トータル | 23:09 |
序曲「コリオラン」Op.62 (2007年)
非常に硬派で男性的な演奏です。重厚感のあるサウンドで、引き締まっています。まるで1960年代までのベルリンフィルの演奏を聴いているかのような、怖さすら感じるほど厳かで重厚さがあります。
序曲「アテネの廃墟」Op.113 (2009年)
4分30秒程度の短い曲ですが、ここでもメリハリの効いた演奏が楽しめます。クライマックスでのハツラツさが良いですね。
交響曲第2番 (2009年)
軽やかな2発の連打に続き、第1楽章は爽やかに演奏されます。やや速めのテンポで、アーティキュレーションは強め。第2楽章は厚みあるハーモニーで聴き応えたっぷりです。第3楽章は穏やかで心癒され、第4楽章はキビキビとし、全体的に抑えめでクセがなくて聴きやすいです。9つの交響曲の中でも秀演でしょう。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 11:36 |
第2楽章 | 9:13 |
第3楽章 | 3:28 |
第4楽章 | 6:10 |
トータル | 30:27 |
交響曲第3番「英雄」 (2008年)
第1楽章の冒頭の和音2つが短めでキレがあります。いきなり2発パンチされたような衝撃でした。この交響曲でも速めのテンポで、重たい球がズドンと豪速球で来る感じです。木管とホルンの柔らかい響きとハツラツとした演奏のメリハリが特徴。ここではフォルテの音もスケールを抑えています。クライマックスでは熱を帯び、最高潮に盛り上がったところで曲が終わります。シャイーらしい白熱した演奏です。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 15:11 |
第2楽章 | 12:11 |
第3楽章 | 5:29 |
第4楽章 | 9:29 |
トータル | 42:20 |
交響曲第4番 (2009年)
シャイーにとってベートーヴェンの交響曲の中心にあり、何度も演奏してきた思い入れのある曲らしいです。確かに、他の曲に比べると手の内に入っている感じがします。この曲だけで聴くと★を多めにあげたいほど素晴らしいです。ダイナミックでハツラツとした第1楽章は特に良くて、音色がキラキラと輝いています。第2楽章はテンポが速く、レガートで金管の旋律をつなげているのが個性的。第4楽章の弦の細かいトレモロによるうなりも見事ですし、一気呵成で演奏されるトゥッティもヴィルトォーソ・オーケストラの面目躍如でしょう。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 10:28 |
第2楽章 | 7:42 |
第3楽章 | 5:11 |
第4楽章 | 6:15 |
トータル | 29:36 |
序曲「レオノーレ」第3番Op.72a (2009年)
ここでもキビキビとした演奏で、強弱のメリハリが付いていますし、グッとテンポを上げて一気にフォルテに変えて押し寄せるような波のようなうねりを生み出しています。ドラマティックな表現です。少し音が割れているのが気にはなりますが…。
交響曲第5番「運命」 (2009年)
「運命」も引き締まったサウンドと重厚感で、硬派な演奏。テンポは速めですが、サウンドは非常に重たいです。シャイーとゲヴァントハウス管だから成し遂げた、これぞ「運命」と言うべき、現代の演奏では珍しくなってしまった硬派な演奏です。
演奏時間は以下のとおりで、トータルで30分ジャストという速さ。特に第1楽章の速さが際立っています。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 6:39 |
第2楽章 | 8:25 |
第3楽章 | 4:25 |
第4楽章 | 10:37 |
トータル | 30:06 |
序曲「フィデリオ」Op.72b (2009年)
木管とホルンの柔らかい響きとハツラツとした演奏のメリハリが特徴。ここではフォルテの音もスケールを抑えています。クライマックスでは熱を帯び、最高潮に盛り上がったところで曲が終わります。シャイーらしい白熱した演奏でしょう。
バレエ音楽『プロメテウスの創造物』Op.43から序曲 (2009年)
交響曲全集にカップリングするには珍しい曲だが、いかにもシャイーらしい選曲。雄大なスケールで描きますが、細かい弦のトレモロでは、ゲヴァントハウス管の一体となったアンサンブルが楽しめます。
交響曲第6番「田園」 (2009年)
「田園」の演奏時間は以下のとおり。第1楽章が快速電車並に速いです。クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィル(2001年)の録音でも速いと感じたのですがそれでも11:32。シャイー/ゲヴァントハウス管盤はそれよりも1分15秒も速いのです。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 10:17 |
第2楽章 | 10:46 |
第3楽章 | 4:57 |
第4楽章 | 3:38 |
第5楽章 | 8:50 |
トータル | 38:28 |
「田舎に着いたときの愉快な感情の目覚め」という標題が付いている第1楽章ですが、シャイーはスピーディなテンポで進みます。ただ、響きは分厚くて引き締まっています。カール・ベームとウィーンフィルの1971年の優雅で甘美な録音のようなオーソドックスな演奏を好む方には不向きかもしれません。
シャイーのベートーヴェン像は、トスカニーニ、カラヤン、ガーディナーから影響を受けたと語っていましたが、確かにカラヤン/ベルリンフィルの1976年の録音でも、別荘地でスポーツカーでドライヴしているかのようなスピーディさがありました。ただ、シャイーとゲヴァントハウス管はスピードを追い求めても細かいところまで正確に演奏しています。
嵐を表現する第4楽章の迫力は凄まじく、まるで大地が怒り狂うかのようです。オペラで鍛えられたシャイーの表現力が光ります。そして第5楽章は雲間から日差しが差し込み、徐々に明るい世界へ。この描き方がとても上手いです。
序曲「命名祝日」Op.115 (2009年)
珍しい序曲「命名祝日」は華やかで活き活きとした演奏に仕上がっています。
序曲「ステファン王」Op.117 (2009年)
「ステファン王」についてもスケール感たっぷりで、活き活きとした響きが魅力的。
交響曲第7番 (2008年)
第7番も少し速めのテンポを取り、スイスイと進みます。速めながら第1楽章は重厚感たっぷりで、響きには厚みがあり、ダイナミックです。ゲヴァントハウス管の響きですね。
第2楽章は透き通った弦の美しい響きが絶妙でトゥッティではダイナミックで重厚感たっぷりの演奏を聴かせます。第3楽章も迫力満点でオケが活き活きと演奏している様子が伺えます。第4楽章も少し速めのテンポで、色彩豊かに音色が重ね合わさります。この交響曲も魂の込もった迫力満点の演奏です。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 13:24 |
第2楽章 | 7:50 |
第3楽章 | 8:11 |
第4楽章 | 8:48 |
トータル | 38:13 |
交響曲第8番(2009年)
本来なら穏やかな交響曲なのですが、シャイーとゲヴァントハウス管が演奏するとテンポが速く、嵐のように凄まじい演奏へと化けています。ここは聴く人の好みによって好き嫌いが真っ二つに分かれるところでしょう。私はジュリーニとミラノスカラ座の録音のように旋律の美しさが引き出された演奏が好みなので、正直このシャイー盤は口には合わないのですが、他のベートーヴェンの交響曲同様に硬派に演奏し切ったのは個性的と言えます。第4楽章の荒々しさとテンポの速さはかなりのものです。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 8:12 |
第2楽章 | 3:42 |
第3楽章 | 4:16 |
第4楽章 | 6:15 |
トータル | 22:25 |
序曲「エグモント」Op.84 (2009年)
「コリオラン」序曲と同様にこれも非常に硬派な演奏。重厚感、スピード、荒々しさ。この曲に求められる要素が全て揃っています。
第9番「合唱付き」 (2008年)
第九は2008年の12月27日から31日までの期間でレコーディングをおこなっています。交響曲全集ではCD5に収録されているのだが、第九以外にもOp.115とOp.117の序曲がカップリングされています。演奏時間が70分前後掛かる第九は普通だったらCDに収める際にカップリングが付かないものですが、シャイー盤では演奏時間を見たら合点が行きました。演奏時間がトータル62分50秒しか掛かっていないのです。こんなに短い演奏は初めてです。
楽章 | 演奏時間 |
---|---|
第1楽章 | 13:32 |
第2楽章 | 14:16 |
第3楽章 | 12:51 |
第4楽章 | 22:11 |
トータル | 62:50 |
なぜこんなに短いのかについては、やはりテンポの設定にあります。とにかく速いのです。「楷書体」と表現したくなるように、さらさらっと進むのですが、ゲヴァントハウス管の重みのある響きで軽くはありません。
CDの解説書には、シャイーのコメントとして、テンポの設定についてこう書かれています。
Without hope, without light, this movement begins and heads straight for monstrous catastrophe. Every shimmer of hope is immediately exposed as illusory.
希望も光も無く、第1楽章は始まり恐るべきカタストロフィへと進む。どんな希望の輝きもすぐに錯覚だとバレてしまう。
リッカルド・シャイー, Decca型番478-3492での解説
そうか、シャイーはこの楽章をとてつもない速さにすることで、そのカタストロフィを引き出そうとしたのです。そうすると、このテンポが納得できてしまいます。逆に解説を読まないと「とにかく速い」の感想で終わってしまっていたところでした。
第2楽章は前楽章と違って、何かウキウキとしたような明るさがあります。正確なテンポとアンサンブルで、しっかりとまとめています。切れ目なく続く楽章だが、高い集中力で一気に引ききるゲヴァントハウス管の精緻なアンサンブルには驚きです。ティンパニーも強烈。
第3楽章は出だしから穏やかで、透き通った響きが本当に美しいです。ドヴォルザークの「新世界より」の「家路」を思い出すような、どこか懐かしく、温かい響き。
解説書によるとシャイーはこの楽章について、
one of the supreme movements in music history
音楽史上最高の楽章の一つ
リッカルド・シャイー, Decca型番478-3492での解説
と語っています。第九は第4楽章に注目が行きがちですが、第3楽章をこう評価しているシャイーに親近感を覚えます。
第4楽章はこれまでの集大成のように、重厚感が増し、ティンパニーもけたたましく鳴り響きます。合唱が加わるとスケールがさらに増しますが、オペラでも大活躍のシャイーらしく、声楽が実に美しく引き出されています。特に、終盤に入ると少しテンポがゆっくりになり、各声部のコーラスがバランス良く聴こえます。このシャイーとゲヴァントハウス管の演奏は、特にラストにかけて聴く価値のある素晴らしいデキでしょう。
私としては、第1楽章がもう少しゆっくりのほうが好みですが、重厚感や第3楽章の温かさ、第4楽章の声楽の美しさが引き出された第九です。
まとめ
リッカルド・シャイーによる待望のベートーヴェンの交響曲全集。テンポが速いので正統派とは言いづらいですが、シャイーが復活させたゲヴァントハウス管の響きを活かして、ギュッと詰まった豪速球のような演奏をおこなっています。
オススメ度
ソプラノ:カテリーナ・ベラノーヴァ
アルト:リリ・パーシキヴィ
テノール:ロバート・ディーン・スミス
バス:ハンノ・ミュラー=ブラハマン
ゲヴァントハウス合唱団
ゲヴァントハウス児童合唱団
MDR放送合唱団
指揮:リッカルド・シャイー
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音:2007年6月4, 6-9日(第1番, コリオラン), 2008年5月19-23日(第7番), 2008年9月30-10月4日(第3番), 2008年12月27-31日(第9番), 2009年1月26-30日(第2番), 2009年5月18-23日(第4番, レオノーレ, アテネの廃墟), 2009年5月25-30日(第8番, エグモント), 2009年9月10-12日(第5番, フィデリオ, プロメテウス), 2009年11月23-29日(第6番, ステファン王, 命名祝日), ゲヴァントハウス
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受賞
ドイツECHO Klassik 2012の年間指揮者賞(Dirigent/Dirigentin des Jahres)を受賞。
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