【徹底比較】ウィーンフィルかベルリンフィルか、クラウディオ・アバドの新旧ベートーヴェン交響曲全集

クラウディオ・アバドの2つのベートーヴェン交響曲全集

イタリア出身の偉大な指揮者、クラウディオ・アバド。ミラノ、ロンドン、ウィーン、ベルリンのポストを歴任し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の退任後はルツェルン祝祭管弦楽団などと名演を繰り広げたマエストロでした。

そんなアバドは2回ベートーヴェンの交響曲全集を完成させています。どちらもライヴ録音です。

1回目は1985年から1988年にかけてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と。こちらの記事で紹介しました。ベートーヴェンの交響曲全集も、伝統的なウィーンフィルの響きにアバドがスパイスを加えた演奏になっています。

また2回目は2000年と2001年に当時首席指揮者を務めていたベルリンフィルとベートーヴェン交響曲全集を完成させています。2000年5月のベルリンでのヨーロッパ・コンサートで第九を演奏した後、胃がんの手術を受けてしばらく休養していたアバド。2001年に復帰してイタリアの聖チェチーリア音楽院で第1番から第8番まで演奏したものがこの2回目の全集に収録されています。

それではアバドの新旧のベートーヴェン交響曲全集を徹底比較していきます。

ウィーン国立歌劇場を率いた時代 vs ベルリンフィルの退任直前

まずはアバドの当時の状況から。ウィーンフィル盤では1985年から1988年の録音。1986年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任した時期で、歌劇場のオーケストラであるウィーンフィルとも良好な関係を築いていました。この時期のウィーンフィルは、ヘルベルト・フォン・カラヤンが晩年の名演を数々録音しています。例えば1988年のブルックナーの交響曲第8番1985年のドヴォルザークの交響曲第8番、9番などあります。また、同じドイツ・グラモフォン・レーベルではレナード・バーンスタインや、カルロ・マリア・ジュリーニ(例:1988年のブルックナーの交響曲第9番)もウィーンフィルとの録音を残しています。巨匠指揮者たちの録音に埋もれがちですが、アバドも多くの録音を残しました。国立歌劇場の総監督が変わってからソリが合わなくなって、アバドは1991年10月末の「ボリス・ゴドゥノフ」を最後に電撃退任してしまいましたが。晩年はウィーンフィルとぱったり疎遠になってしまいましたね。

一方で、ベルリンフィル盤は2000年5月と2001年2月の録音。アバドは2000年の中盤から胃がんの手術やリハビリのために演奏活動を休んでいましたので、手術前後の演奏となりました。手術後はげっそりと頬がコケてしまったアバドは指揮の振り方も動きが少なくなっています。そして健康面を理由にアバドはベルリンフィルの首席指揮者を2002年途中で退任しています。身体的な充実ぶりではウィーンフィルとの旧録音のほうに軍配が上がるでしょう。

クラウディオ・アバドはベーレンライター新校訂版をいち早く使用した指揮者として知られています。ドイツの音楽出版社ベーレンライターが新たに監修をおこなって校訂したベートーヴェンの交響曲の楽譜には最新の研究成果が盛り込まれていて、1990年代から出版され始めました。アバドは1996年のザルツブルク音楽祭でのベルリンフィルとの第九で早速このベーレンライター新校訂版を使っています。9曲の交響曲全体的に、ベルリンフィル盤のほうが演奏時間が短くなっているのも特徴です。

一方で、ウィーンフィル盤はベーレンライター新校訂版が出る前の時期ですので、おそらく従来のブライトコプフ(Breitkopf & Hartel)の旧版が使われていたと思われます。

オーケストラの配置は、ウィーンフィル盤もベルリンフィル盤も「対向配置(両翼配置)」ではない、近年の標準の配置になっていると思われます。

ベルリンフィル盤は映像もあるので断言できます。こちらは2000年5月1日の第九の映像ですが、第1ヴァイオリンの横に第2ヴァイオリンがいて、ヴィオラは指揮者から見て右手にいます。

ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章を演奏するアバドとベルリンフィル (c) Euro Arts
ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章を演奏するアバドとベルリンフィル (c) Euro Arts

ウィーンフィル盤もライヴ録音なのですが映像の存在は確認できておりません。ただ、「田園」の録音を聴く限りでは、第2ヴァイオリンの音がステレオの右側からではなく左右同じくらいの強さで出ていますので、指揮者の右側にはいない、つまり対向配置を取っていないように思えます。

香るウィーンフィル盤 vs 機能性に優れたベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章9:209:04
第2楽章8:327:39
第3楽章3:474:34
第4楽章5:455:34
録音年1988年1月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第1番の録音の違い

交響曲第1番はウィーンフィル盤だと香るような響きがしますが、ベルリンフィル盤は引き締まった機能的な演奏。全体的にベルリンフィル盤のほうが演奏時間が短くなっていますが、第3楽章のメヌエットだけ逆転しています。誤記ではないかと思って実際に聴き直しましたが、やはりこの楽章だけはウィーンフィル盤のほうが速いのです。

交響曲第1番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

しなやかなウィーンフィル盤 vs ほとばしるベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章12:2412:14
第2楽章11:2010:50
第3楽章3:304:25
第4楽章6:256:02
録音年1987年2月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第2番の録音の違い

交響曲第2番も第1番と同様に、全体的にベルリンフィル盤のほうが速いのですが、第3楽章のスケルツォだけウィーンフィル盤のほうが1分近く速いです。

交響曲第2番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

しなやかなウィーンフィル盤 vs ほとばしるベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章18:2216:56
第2楽章15:3914:49
第3楽章6:205:52
第4楽章11:4211:06
録音年1985年6月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第3番「英雄」の録音の違い

「英雄」では新旧で違いがよく出ています。

例えば第1楽章の冒頭の力強い和音。ウィーンフィル盤では、短い長さでダン、ダンと非常に力を込めて圧倒するような音を作り上げていましたが、ベルリンフィル盤では余韻を若干長く持たせてダンー、ダンーと弾いています。続く第1主題でもウィーンフィルでは優雅でしなやかな響きですが、ベルリンフィルでは荒々しくなり感情がほとばしっています。

ウィーンフィル盤がムジークフェラインザールでのライヴで、ベルリンフィル盤がイタリアの聖チェチーリア音楽院でのライヴ。シューボックス型のコンサート・ホールである前者が音が包まれるように聴こえるのに対して、後者は音が発散してしまっている音質です。

交響曲第3番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

しなやかなウィーンフィル盤 vs ほとばしるベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章12:0911:34
第2楽章10:009:48
第3楽章5:515:54
第4楽章6:496:39
録音年1988年5月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第4番の録音の違い

第4番も吠えるようなベルリンフィル盤と筋肉質ながらウィーンの響きがするウィーンフィル盤で違いが表れています。

交響曲第4番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章7:547:25
第2楽章10:079:30
第3楽章5:238:00
第4楽章11:0510:28
録音年1987年10月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第5番「運命」の録音の違い

「運命」は冒頭のタタタターンの音色がはっきりと違いますね。ウィーンフィル盤はどこか薄暗い感じ(ハ長調の和音なのに)で余韻があるのに対して、ベルリンフィル盤は力強く引き締まった音色でさらっと演奏されていきます。

全体的にベルリンフィル盤のほうが金管も強くて雄大な印象です。第4楽章はウィーンフィル盤がゆったりとしたテンポで堂々と進んで行くのに対して、ベルリンフィル盤ではカオスに近い爆発力があります。

交響曲第5番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

気品あるウィーンフィル盤 vs 力みなぎるベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章13:2311:32
第2楽章12:2510:41
第3楽章5:305:09
第4楽章3:363:26
第5楽章9:188:34
録音年1986年9月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第6番「田園」の録音の違い

「田園」も両者の差がかなり大きいです。ウィーンフィル盤が気品のある「ウィーン」の響きで演奏されていくのに対して、ベルリンフィル盤は少し荒々しく、力がみなぎるように演奏されていきます。嵐が吹き荒れる第4楽章はどちらもアバドらしい情熱が溢れていますが、特にベルリンフィル盤とのほうがパワーが圧倒的に強いです。

交響曲第6番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

落ち着いたウィーンフィル盤 vs ジェットコースターのベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章14:3013:33
第2楽章8:367:40
第3楽章9:038:58
第4楽章8:558:12
録音年1987年2月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第7番の録音の違い

交響曲第7番も差が大きいでしょう。ウィーンフィル盤のほうが比較すると標準的なテンポですが、ベルリンフィル盤は結構速めです。特に第4楽章。ここはクリスティアン・ティーレマンがウィーンフィルを指揮したときのインタビューで、「『ポルシェが走るように』とでも言いましょうか。あるいはスマートに、と言いますか、そう指揮してしまう危険があるのです。そうなればだめですね。この作品にはこういう危険がある。」と語っていましたが、アバドとベルリンフィル盤のはまさに『ポルシェが走るよう』な演奏でしょう。荒々しくかっ飛ばしています。一方でウィーンフィル盤は落ち着いたテンポで第4楽章も演奏されていきます。名手揃いのベルリンフィルなので、速すぎるテンポで突っ込んでも、最後までアンサンブルは乱れません。さすがです。

これは、自分たちの流儀を貫くウィーンフィルと、指揮者に合わせて柔軟に対応するベルリンフィルと、オーケストラの文化の違いのような気がします。

交響曲第7番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

伸びのあるウィーンフィル盤 vs 楷書体のベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章9:129:21
第2楽章3:534:13
第3楽章4:515:48
第4楽章7:187:12
録音年1987年2月2001年2月
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)聖チェチーリア音楽院(ライヴ)
交響曲第8番の録音の違い

交響曲第8番は面白いことに、ウィーンフィル盤よりもベルリンフィル盤のほうが第4楽章を除いて演奏時間が長くなっています。第7番でジェットコースターのような演奏をしたベルリンフィルですが、同時期に作曲された第8番は適度なスピードを保っています。どちらも良いとは思いますが、私はウィーンフィルの美しい弦や木管の響きがこの曲には合っていると思いますので、旧盤のほうを愛聴しています。

交響曲第8番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

気品あるウィーンフィル盤 vs 力みなぎるベルリンフィル盤

項目ウィーンフィル盤ベルリンフィル盤
第1楽章17:1014:19
第2楽章14:1413:04
第3楽章17:0112:48
第4楽章23:5522:06
録音年1986年5月2000年5月1日
録音場所ムジークフェラインザール(ライヴ)ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)
交響曲第9番「合唱付き」の録音の違い

第九はベルリンフィル盤が2001年5月1日のヨーロッパ・コンサートのライヴ録音。こちらの記事で紹介しましたが、ベルリンフィルのヨーロッパ・コンサートで初のベルリン開催となったもので、プログラム前半がミハイル・プレトニョフがピアノ独奏を務めたベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番、そして後半が第九でした。

交響曲第9番の試聴

ウィーンフィル盤の試聴はiTunesで可能。

また、ベルリンフィル盤は同じコンサートの映像がベルリンフィルの公式YouTubeにアップロードされています。

名指揮者クラウディオ・アバドによる、新旧のベートーヴェンの交響曲全集。ウィーンフィルとベルリンフィルという最高峰のオーケストラによる贅沢な全集ですが、楽譜も違えば、アバドのアプローチも全く異なります。皆さまはどちらを好みでしょうか?私はオーケストラの自我が強いウィーンフィル盤、アバドのほとばしる情熱を表現しきったベルリンフィル盤のどちらも聴いています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。