- 全てライヴ録音によるマリス・ヤンソンスとバイエルン放送響の全集
- 2012年の来日公演に間に合わせた全集
- すっきりとした軽めのベートーヴェン
マリス・ヤンソンスとバイエルン放送響による交響曲全集
ドイツ・グラモフォンやデッカレーベルなどに属していると交響曲全集のレコーディングに積極的だが、マリス・ヤンソンスはオスロフィル時代はEMIと専属契約していたが、あまり全集にこだわらっていなかったし、近年はコンセルトヘボウ管のRCO Liveやバイエルン放送響のBR Klassikという自主レーベルでレコーディングしていたため、録音のための演奏ではなく、演奏してついでに録音というスタイルだった。ただ、ベートーヴェンとブラームスについてはバイエルン放送響とライヴ録音で交響曲全集が完成している。
マリス・ヤンソンスはバイエルン放送響との来日公演で、2012年11月26日、27日、30日、12月1日の4回でベートーヴェンの交響曲全集を演奏した。そのタイミングに合わせて、2012年11月28日にリリースされたのが、今回紹介するベートーヴェンの交響曲全集「Mariss Jansons: Beethoven Die Symphonien」である。2007年、2008年、2012年と7回に分けて演奏されたベートーヴェンの交響曲をライヴ録音したものになる。収録時期は以下のとおり。
- 2007年3月1-2日, ヘラクレス・ザール(第2番)
- 2007年10月26-27日, バチカン・パウロ6世記念ホール(第9番)
- 2008年9月25-26日, フィルハーモニー・ガスタイク(第7番、第8番)
- 2012年2月9-10日, ヘラクレス・ザール(第1番)
- 2012年5月17-18日, ヘラクレス・ザール(第4番、第5番)
- 2012年10月18-19日, ヘラクレス・ザール(第3番)
- 2012年11月8-9日, ヘラクレス・ザール(第6番)
リリースを急ぐために「田園」の演奏時間が書かれていないブックレット
2012年11月28日のリリースなのに、交響曲第6番「田園」の収録は11月8、9日。演奏後20日後にリリースということでブックレットに時間表示を入れることが間に合わないほどだった。今シーズンの演奏だから演奏時間がプリントされていないと断り書きが書いてあるブックレットは初めて見た。それだけリリースを急いだということだろう。
ただ、惜しくもこのアルバムは現在は廃盤になってしまっている。その一方で、ヤンソンスとバイエルン放送響のベートーヴェン交響曲全集にはもう一つのバージョンがある。2012年のサントリーホールでの来日公演で4日間で9つの全ての交響曲を演奏し、スタンディングオベーションが鳴り止まないほどの大盛況であったらしいが、そのうち7曲(第1番、2番、4番、5番、7番、8番、9番)を全集に取り入れたもので、現代作曲家の作品を+αで加えた2013年リリースの「交響曲全集&ベートーヴェンの交響曲から生み出された現代作品集 (Beethoven: The Symphonies and Reflections)」である。つまり、2007年と2008年の演奏にはヤンソンス自身も納得しておらず、さらに2012年に録音したものでもサントリーホールのほうが良かった、逆にこのDie Symphonienでは第3番「英雄」と6番「田園」はキープされるほどの出来だったということだろう。
CD 1:交響曲第1番&3番「英雄」
第1番
第1番は円熟味あるハーモニーで、ベートーヴェンの初期の交響曲らしく爽やかに演奏される。序奏こそ長めに取られていたが、主題に入ると速めのテンポで透明感のある響きで颯爽と進む。第2楽章では穏やかでバイエルン放送響の豊かな響きが心安らぐ。
第3番「英雄」
第3番「英雄」は好き嫌いが分かれそうだ。重厚なサウンドが好みの方にはオススメできないだろう。第1楽章のファンファーレ2発はまるでクラクションのように軽い。例えるなら斜め前にいる右折車に道を譲ったときにお礼で「プッ」っと鳴らされる短めのクラクションのようだ。主題に入っても重厚感はないのだが、バイエルン放送響らしい透明感のある響きがよく現れている。音色も柔らかくて非常に聴きやすい。
第2楽章の「葬送行進曲」は感情的になりすぎずに淡々としていると言えよう。終始一貫して、ダダダダンというリズムが意図的に強調され、曲の有機的な結び付けがうかがえる。中間部の第2副部でのヴァイオリンが悲痛な叫びを表すフレーズでも、耽美に溺れるのではなく、透明感のある響きを保った演奏。美しいのではあるが、さっぱりとしている。終始テンポがかなり速く、全曲で12分40秒という短さもあって、あっさりとした印象。
第3楽章は温かみのあるホルンの音色が見事で、オケ全体が柔らかい音色でクリアな音響で演奏される。この楽章は最後までホルンの演奏が素晴らしい。
第4楽章も柔らかい音色とレガートなファンファーレで始まり、ハキハキとしたリズムで進む。金管のフレーズがアクセントのように強調されているのが個性的。最後では少しテンポを落として、柔らかい音色で丁寧に演奏される。第4楽章の最後まで盛り上がる「英雄」の演奏なのに、曲が終わったときの聴衆の拍手が割と控え目なのが気になる。
CD2:交響曲第2番&6番「田園」
第2番
CD2は優雅な曲同士の組合せ。この交響曲第2番もバイエルン放送響の持ち味である透明感のある響きが活きている。第1楽章は爽やかに。そして第2楽章は優雅で響きの美しさが何とも言えない心地良さ。ライヴ録音であるが、白熱というよりもしっとりとした感じで演奏される。
第6番「田園」
第6番「田園」はヤンソンスらしくそこまで白熱せずに、少し淡々とも聴こえる演奏だが、バイエルン放送響の豊かな響きが活きている。のどかな田園が表されている。休日にゆっくりと聴きたい。
CD3:交響曲第4番&5番「運命」
第4番
第4番は透明感ある響きと豊かなハーモニーが出色で、偶数番の交響曲が押し並べて素晴らしいこの全集である。
第5番「運命」
第5番「運命」は第1楽章から室内楽のような緻密なハーモニーである。確かに音は軽いのだが、しっかりと聴こえる低音部が厚みを作っている。
CD4:交響曲第7番&8番
第7番
第7番は透明感ある響きで豊かなハーモニーが絶妙。第4楽章はやや白熱しているが最後までしっかりと格式高い演奏に仕上がっている。
第8番
第8番は気品がある。円熟したハーモニーで、バランス良く個々の楽器の持ち味が引き出されている。第4楽章はリズムをきっちりと表しつつも、ゆっくりとしたテンポで丁寧に演奏される。ここでも各楽器の音色が心地よく引き出されている。
CD5:交響曲第9番「合唱付き」
こちらの第九は2007年バチカンのパウル6世記念ホールでの公演でのライヴ録音。バイエルン放送響の特徴と言えば、透明感のある響きにあり、透き通った響きが作品の素晴らしさを素のままに表現するところに良さがあると筆者は考えているが、この第九の録音にもそれが言える。決して「重厚」という感じはしないのだが、研ぎ澄まされたハーモニーで適度に厚みがある。熱さのほうも十分だ。ライヴならではの迫力がみなぎっている。
第1楽章は神妙に始まる。透き通った響きでやこの透明感、耳触りの良いサウンドは他には代えられない。第2楽章も丁寧な演奏で透き通った響きである。第2楽章のティンパニーも鳴り響き、はっきりとクリアに聴こえる。
この録音では、特に第3楽章が素晴らしい。ゆったりと落ち着いたテンポで、実に美しいハーモニー。ホルン、トランペットの金管の音色も柔らかくて、耳に優しく入ってくる。ヤンソンスならではの考え抜かれたハーモニーである。
第4楽章は音が割れるところもあるのだが、それだけボルテージの高い演奏だったということだろう。
最初聴いたときは「音が軽いかな」と思ったのだが、聴き直しているとこの演奏に良さがじわじわと感じられる。
まとめ
全曲を通じて円熟味あるハーモニーや透明感のある響きは共通しているのだが、ベートーヴェンの交響曲としては音がとにかく「軽い」。第3番「英雄」や第9番「合唱」では淡々とし過ぎていて物足りない箇所もあるが、第2番、第6番、第8番ののどかな交響曲ではまさに水を得た魚のように豊かな響きで心安らぐ演奏である。
オススメ度
指揮:マリス・ヤンソンス
バイエルン放送交響楽団
録音:2012年2月9-10日, ヘラクレス・ザール(第1番, ライヴ),
2007年3月1-2日, ヘラクレス・ザール(第2番, ライヴ),
2012年10月18-19日, ヘラクレス・ザール(第3番, ライヴ),
2012年5月17-18日, ヘラクレス・ザール(第4番, 第5番, ライヴ),
2012年11月8-9日, ヘラクレス・ザール(第6番, ライヴ),
2008年9月25-26日, フィルハーモニー・ガスタイク(第7番, 第8番, ライヴ),
2007年10月26-27日, バチカン・パウル6世記念ホール(第9番, ライヴ)
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試聴
一部の楽曲をサントリーホールでのライヴ録音に差し替えたバージョンのアルバムをiTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
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