
ヴァンスカが2年ぶりに都響を振る
オスモ・ヴァンスカはフィンランド出身の指揮者。1953年2月生まれなので今年73歳になりました。イギリスのBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者 (1996-2002年)、アメリカのミネソタ管弦楽団の音楽監督 (2003-2022)、韓国のソウル市立交響楽団 (2020-2022) などのポストを歴任してきました。
東京都交響楽団 (都響)を指揮したのは2023年10月が初めてで、このときのシベリウスの交響曲第5番、6番、7番は好評で、2年5か月ぶりにして2回目の共演もやはりシベリウスで、交響曲第1番、第4番のプログラム。ホ短調の第1番とイ短調の4番という暗い短調の組み合わせですが、ヴァンスカはミネソタ管と録音したアルバムで実績があります。
都響の公式YouTube でリハーサル映像を公開しています。
3月26日(木)の昼公演の定期C と@東京文化会館と、27日(金)の都響スペシャルの夜公演のサントリーホールとで、2回演奏会がおこなわれました。コンサートマスターは矢部 達哉。
【東京都交響楽団】都響スペシャル (3/27)
27日のサントリーホール公演を聴きに行ったのでその感想を書きたいと思います。私自身は都響は2/16のインバルとの演奏会 (感想はこちら)以来の1ヶ月半ぶり。

シンフォニックな音楽を目指したシベリウスの交響曲第1番
プログラム前半は交響曲第1番。シンバルや大太鼓、ハープもあるので後半の第4番よりも編成は大きいです。シベリウスが交響曲を書き始めたのは意外にも遅く32歳の頃。既に交響詩を送り出したシベリウスでしたが、2回目のベルリン滞在でベルリオーズの幻想交響曲を聴いてインスパイアされて、交響曲第1番の作曲が始まりました。第4楽章には「幻想風に」という指示も付いています。7つあるシベリウスの交響曲はそれぞれ独自の世界がありますが、共通しているのは歌も合唱も付かない純器楽音楽であるということ。
第1番はシベリウスが晩年に「柔軟で感傷的なチャイコフスキーの音楽に対して、自分の交響曲は『硬質』である」 (『作曲家◎人と作品シリーズ シベリウス』、神部 智、音楽之友社)と語っていましたが、華やかさではなく勇ましい音楽が特徴的。
第1楽章の序奏部ではティンパニの静かなトレモロの上にクラリネット・ソロが悲しい旋律を語り始めます。ここでヴァンスカの手は降りたまま。コントロールすることなく糸井 裕美子の独奏に全幅の信頼を置いています。そして第1主題。ミネソタ管とは急激に加速させていたヴァンスカですが、都響でも同じ解釈。指揮者に対して右手がヴィオラという標準配置でしたが、左の第1ヴァイオリンの主旋律の後にヴィオラが交互に奏でるのがまるで左右に翼が生えたように羽ばたいていきます。疾走するかのように。そしてなだめるようなオーボエが第2主題を始め、ハープの心地よい旋律に沿うように金管が強めの彩りを加えていきます。クライマックスから急降下してピチカートで突然の終止。
穏やかな第2楽章の第1主題は子守唄のよう。2人のファゴットの旋律がクラリネットへと渡され続く第2主題。勇ましい副主題。ホルンとハープによる夢想するかのような中間部。
第3楽章ではヴァンスカはユニークな解釈を見せます。アレグロの指示がある前半のスケルツォですが、ヴァンスカはプレスト並の速さで疾走させます。73歳というお年でも時折ジャンプして躍動感ある指揮をしていました。そしてホルンによるトリオは対照的にテンポをゆったりと。スケルツォに戻り、加速してフィナーレを迎えます。
続く第4楽章は悲しくも美しい序奏から不安げな第1主題。さらにヴァイオリンが加速して急降下して第2主題に突入。弦のユニゾンで奏でられる壮大な歌は若かりしシベリウスの希望を感じますが、ヴァンスカの第1番は20代のようなシベリウスの若さです。そんな中にクラリネットのソロでが印象的で、独りで生まれ (第1楽章冒頭)、終わりも独りで、そんな人生観を感じてしまいました。
困難な時代に書かれた第4番
第4番はシベリウスが多額の借金による金銭的な困難と、咽喉腫瘍に疾病による体調の悪化という二重の苦しみを抱えていたときに書かれた作品。渋い作品なのでシベリウスの作品の中でも人気はあまりないですが、影の中に光を感じるところに魅力があります。
「運命はこのように残酷に響かないといけない」とシベリウスが語った冒頭の導入。コントラバスによって地鳴りがするかのような重々しい響きで動機が演奏され、その低音が静かに漂う上にチェロ・ソロによる旋律が第1主題。同じフィンランド出身のクラウス・マケラはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との演奏で荒波のようにコントラバスを激しく鳴らしていましたが、今回のヴァンスカと都響は穏やかに始めます。シベリウス中期の作品ですが晩年のような侘び寂び感。そして湖畔のさざなみのような静けさになったところでチェロ独奏の伊東 裕が情感豊かにくっきりと旋律を浮かばせます。金管による華やかさがある第2主題では盛り上がりを見せ、ヴァンスカは影よりも光に焦点を当てている気がしました。
賑やかな第2楽章に続いて第3楽章は瞑想的モザイクのように断片が描かれ、39小節目のチェロがようやく主題を奏でるのですが、ここのチェロも格別でした。
第4楽章はシベリウスがグロッケン(鐘)と書いたので、楽器をグロッケンシュピール(鉄琴)またはチューブラーベル (鐘)のどちらかで演奏させるか指揮者の判断になります。フレーズの速さとトーンの安定を考えるとグロッケンシュピールを使うのが多いですが、ヴァンスカもその通りで、きらめくような存在感がありました。アラン・ギルバート指揮のブラ4のときのトライアングルでもそうでしたが、最終楽章に打楽器が登場すると主役が食われてしまいますね。

第3弾あるか?
前回は好評だったという前評判の割に、今回のサントリーホール公演では1階S席のエリアで左右のブロックで3分の1ほど空いていたので、意外な気はしましたが、聴衆からの支持を集めた本公演。次の関心は第3弾でシベリウスの交響曲第2番と3番があるか、ですね。期待したいです。
指揮:オスモ・ヴァンスカ
東京都交響楽団
演奏:2026年3月27日, サントリーホール






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