ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が来日公演をしたのは最近だった気がするのですが、調べてみると前回は2024年11月。首席指揮者だったヴァレリー・ゲルギエフが解任となった影響で客演のトゥガン・ソヒエフが指揮台に立ちました。

このブログでもハンス・クナッパーツブッシュとのブルックナーの交響曲第8番 (1963年)セルジュ・チェリビダッケとのブル8 (1994年のリスボン・ライヴ)ギュンター・ヴァントとのブル8 (2000年)などミュンヘンフィルの名盤を紹介していますがいつかは生で聴いていきたいと思っていたオーケストラ。前回も行こうか迷っていたのですが、首席とのコンビを聴いてみたいなと思って見送ってしまいました。

そのミュンヘンフィルが、今回は次期首席指揮者のラハフ・シャニと来日公演をしました。1989年イスラエル出身でまだ30代。2018年からオランダのロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、2020年からイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めています。ミュンヘンフィルの首席指揮者には2026年9月から就任するので、まだ「次期」は付きますが、昨年もクラウス・マケラが次期首席指揮者を務めるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と来日公演をしていましたし、婚前旅行のように指揮者とオケの結びつきが正式に始まる前にどんな状態なのか確認できるのはファンにとって嬉しいこと。

ミュンヘンフィルが2026年に来日するらしいとの情報は早くから出ていたのですが、5月のいつなのか日程が決まらず、もしかして流れてしまったのかなと危惧したのですが、1月24日にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に客演してドヴォルザークの『新世界より』を振ってベルリンが熱気に包まれたのを映像で観て、シャニは聴かないといけないやつだと直感しました。

前半は古典派で。チョ・ソンジンとのベートーヴェン

プログラムは

モーツァルト: 歌劇『後宮からの誘拐』序曲
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第1番
(アンコール) ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』第2楽章
マーラー: 交響曲第1番『巨人』
(アンコール) シューベルト (シャニ編曲): 軍隊行進曲

前半はモーツァルト、ベートーヴェンの初期の作品と小編成で演奏する古典派を並べ、後半には後期ロマン派を大編成で。オーケストラの醍醐味が詰まっています。ミュンヘンフィルには日本出身の奏者が6名いるのですが、コンサートマスターは青木 尚佳さんでした。配置は第2ヴァイオリンが指揮者の右にいる対向配置 (両翼配置)。第1ヴァイオリンはプログラム前半は5段×2人で10人、後半は6段で14名でした。

『後宮からの誘拐』序曲では美しい弱音から始まります。クナやチェリの録音を聴いて、ミュンヘンフィルに脈々と受け継がれる柔らかい響きが好きなのですが、今のミュンヘンフィルも弱音へのこだわりがすごいです。指揮棒を持たないでハンドで指揮するシャニ。ニューヨークの金融街にいそうなエリートサラリーマンのようにスマートです。プログラム前半も後半も作品は全て暗譜していて、指揮台にはただ指揮台があるだけ。譜面台はありません。

続くベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番はチョ・ソンジン。先月、ルドルフ・ブッフビンダーの弾き振りでこの曲を聴いて名演に感動したばかりなので (紹介記事)、あまり気負わずに聴いてみたら、これも奇跡の演奏。

ショパンコンクールの優勝者なので美しくて繊細な曲が似合うのですが、ベートーヴェンの初期の作品を実に軽快に弾いていきます。ベートーヴェンらしいスフォルツァンドの諧謔をあんなにユーモアたっぷりに弾ける人が他にいるだろうかなんて思ってしまいます。第2楽章はオケの弱音とピアノの小さい音色が共鳴するので私も唾を飲み込む音すら気を付けてしまいました。楽章ごとにピアノの上に置いたハンカチで鍵盤とおでこをさっと拭くのが爽やかなチョ・ソンジン。終楽章でもシャニとの呼吸がピタリと合っていて、オケがフレージングでゆっくりするところでもピアノをたっぷりと間を取って合わせていました。アンコールは『悲愴』ソナタの第2楽章。高揚した熱を冷ますように癒されました。

そして後半の『巨人』ではシャニのインタープリター (解釈者)としてのセンスが光ります。冒頭できらめくような輝きの中に、川のせせらぎ、葉擦れ、鳥の声などが聞こえて、まるで森の中にいるかのような感覚になります。11小節目と31小節目に「きわめて遠いところに配置する」、「遠くから」と指示のあるトランペット1と2ですが、ステージ外で演奏して序盤が終えたらステージに戻ってきました。

驚かされたのは第1楽章のクライマックス。本当に地響きがして巨人がホールに歩いているようでした。悲しいわけでもないのにここで私は泣いてしまいました。感動ってこういうことなんだなと。

第2楽章のメヌエット風ではシャニが踊るように振ります。キリル・ペトレンコもお茶目なところがありますが、シャニもだいぶお茶目です。第3楽章ではコントラバスのソロが聴きどころの旋律を完璧に演奏し、ファゴット、チェロ、チューバへとタスキリレーしていきます。終盤で音を消えるように手の振りを小さくしていくシャニですが、手は降ろしません。そのままアタッカで4楽章へと続け、大団円へと流れていきます。クライマックスではホルンもトロンボーンが起立してさらに楽器を持ち上げて演奏。柔らかさが持ち味のミュンヘンフィルが、殻を打ち破るかのような最強音を作り出しています。インタープリターとしてのシャニ、すごすぎます。

この公演はNHK が撮影をしていて、クラシック倶楽部で日にちは未定ですが放送される予定です。

『巨人』を終えて21時20分だったので、もう遅いしアンコールはないだろうと思っていたら、アンコール、してくれました。シャニが編曲したシューベルトの軍隊行進曲です。マーラーのための大編成のオーケストラで演奏するアンコール曲をシャニがしっかりと考えてくれていました。カーテンコールでも拍手が鳴り止みません。

強いて言うならフルートとホルンで息遣いをミスったところがそれぞれ1回だけあった気がしますが、そんなことよりも『巨人』のすごさにただただ打ちひしがれてしまいました。

首席指揮者に就任する前でこのすごさですからね。次回の来日公演も必ず聴きに行こうと決意しました。

ピアノ:チョ・ソンジン
指揮:ラハフ・シャニ
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
演奏:2026年5月11日, サントリーホール

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