このアルバムの3つのポイント
- エフゲニー・キーシンが尊敬するカルロ・マリア・ジュリーニと共演
- サルヴァトーレ・アッカルドの代役でシューマンのピアノ協奏曲を演奏
- ウィーンのまろやかな響き
カルロ・マリア・ジュリーニからシューマンのピアノ協奏曲の依頼
2017年に初版が出版された、エフゲニー・キーシンの自伝(ヤマハミュージックメディア社)の第2章「青年時代」の「シューマンとカルロ・マリア・ジュリーニ」という節で、キーシン自身がシューマンのピアノ協奏曲、そして敬愛する指揮者カルロ・マリア・ジュリーニとのエピソードを書いています。
大好きなジュリーニの依頼で1992年春にシューマンのピアノ協奏曲をロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と演奏して欲しいと依頼があったこと。
そして1992年5月に、ジュリーニがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と3回の公演を持つことになっていたのですが、ソリストを務める予定だったヴァイオリニストのサルヴァトーレ・アッカルドが急病になったため、そのコンサートをレコーディングする予定のソニー・クラシカルの代理者からキーシンに連絡があり、この前演奏したばかりのシューマンのピアノ協奏曲を演奏して欲しいとリクエストされたこと。ウィーンフィルとは共演したことがなかったので、キーシンが快諾したこと。
そして、数年後に同じくジュリーニとシューマンのピアノ協奏曲をローマでサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団と共演することになったとき、ジュリーニは最愛の夫人を亡くしたばかりでひどく弱っていたこと。
1990年代のジュリーニは、特定のオーケストラのポジションには就かず、ヨーロッパの名門オーケストラに客演して崇高な音楽を生み出していました。例えば、1994年のコンセルトヘボウ管との「海」の演奏はとても奥深いものでした。
カルロ・マリア・ジュリーニに対するキーシンの尊敬の念
自伝を読むと、キーシンが他の音楽家に対して敬意を表していることがよく分かります。ピアニストが書く自伝ではライバルでもある同世代のピアニストに対してあまり触れないものですが、キーシンは惜しげもなくこの演奏や録音が素晴らしいと書いているのです。感心しました。そしてカルロ・マリア・ジュリーニについては、カラヤン追悼コンサートのラジオ番組をカセットテープに録音して聴いてこのように語っています。
このコンサート(カラヤン追悼でジュリーニが指揮したコンサート)では、ジュリーニがシューベルトの「未完成」交響曲第2楽章とブルックナーの交響曲第9番を指揮していた。これには完全に打ちのめされた……。ジュリーニの芸術全体―その簡潔さ、奥深さ、高潔さ、そして聴く者の魂を揺さぶる崇高さ―がどんな芸術よりも貴く、また自分に近いと心から感じたのだ。
アッカルドの代理で急遽のウィーンフィルとの初共演
さて、1992年5月にジュリーニ指揮のウィーンフィルと演奏したときのシューマンのピアノ協奏曲のライヴ録音が、ソニー・クラシカルからリリースされていますが、現在はどれも廃盤・売り切れになって購入することは難しいようです。CDの再発売を待つか、音楽配信で聴くか、ですね。
サルヴァトーレ・アッカルドの急病により、エフゲニー・キーシンはウィーンフィルと初共演を果たすことになるのですが、このシューマンのピアノ協奏曲はちょっと独特です。
ナイーブなシューマン?
まず、憂いを込めた冒頭の和音から始まります。力強いのではなく、どこか不安そう。続くピアノも力強くはなく、なよなよと揺れている物心を表しているのでしょうか。第1楽章は派手に演奏されることも多いのですが、ジュリーニ指揮によるウィーンフィルはどこか憂いを持って、ナイーブなのです。どこか後ろめたさがあり、過去を回顧しているかのような足取り。確かにウィーンフィルの響きは美しいのですが、ジュリーニの解釈は深いです。コンセルトヘボウ管はいぶし銀のような渋い音色が特徴ですので、こういう演奏が合うのかもしれませんが、陽気さを持ち味とするウィーンフィルにはちょっと合わないかなという感じを受けます。キーシンのピアノも演奏時間の半分まで行ってようやく明るくなってきます。
第2楽章では内面的で深い音楽。第3楽章ではパッと光が差すように陽気になります。キーシンのピアノも技術的にも申し分無い演奏です。
カップリングにロマン派のピアノ小品集
また、このCDには、シューマンのピアノ協奏曲の他に、シューマン作曲の「アラベスク」Op.18、シューベルト作曲リスト編曲の「ます」、「魔王」、グリーグ作曲「農民の暮らしと情景」Op.19から第3曲「謝肉祭から」、自作の歌曲によるピアノ曲第1集Op.41から第3番「君を愛す」、リスト作曲「ウィーンの夜会(シューベルトの9つのワルツ・カプリス)」S427から第6番も収録されている。これらピアノ独奏曲は全て1992年10月にウィーンにあるゾフィエンザールでセッション録音されたものです。
歌曲のピアノ独奏の編曲版はキーシンが青年期によく演奏していましたが、当時21歳のキーシン青年の澄みきったと感性と、高い技術に裏付けされたピアノが見事です。
まとめ
エフゲニー・キーシンが敬愛するカルロ・マリア・ジュリーニからのリクエストにより演奏することになったシューマンのピアノ協奏曲。そして急遽の代役でウィーンフィルと共演することになったコンサートで同じシューマンのピアノ協奏曲を高い技術力で演奏したライヴ録音。
オススメ度
ピアノ:エフゲニー・キーシン
指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1992年5月21-26日, ウィーン楽友協会・大ホール(ライヴ)
1992年10月26−28日, ゾフィエンザール
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
この時はピンチヒッターで納得のいく演奏ができず(写真が一晩中練習してたのか、眠そうです)、
長年再録音したいと思っており、2006年の録音(2007年発売)でそれが果たせたとキーシン自身どこかで語っていましたよ。
ですのでこれは仕方がないと思います。しかし、一音一音を誠実に弾こうとする姿勢がよく解ります。キーシンてやっぱり真面目なんだなぁと。
段々調子が出てきて(この方割とそうです)、後半は素晴らしい演奏に。
オケも急遽だったのでそう聴こえるのかもしれません。よく聞くと一生懸命キーシンをサポートしている感じが解ります。
不完全(と言っては失礼ですが)、私はこの演奏でこの曲がピアノ協奏曲の中でも一番好きになりました。