このアルバムの3つのポイント
- 1966年のカラヤンとベルリンフィルの来日公演のライヴ
- 「血と肉づけを体験させてくれた」と評されたブルックナー
- こだわりの第2槁ハース版で、直球勝負の演奏
多忙だった1966年のカラヤン&ベルリンフィルの来日公演
1966年の春に、ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が来日し、東京、札幌、岡山、松山、福岡、再び東京、と各地を飛び回りました。
キングインターナショナルが2019年にこの来日公演のレコーディングをCDやSACDハイブリッドでリリースしていますが、アルバムの情報を見る限り、かなりタイトなスケジュールだったようです。
4月12日: ベートーヴェンの序曲「コリオラン」、交響曲第6番「田園」、交響曲第5番「運命」 @東京文化会館
4月13日: ベートーヴェンの交響曲第4番、交響曲第7番 @東京文化会館
4月14日: ベートーヴェンの交響曲第1番、交響曲第3番「英雄」 @東京文化会館
4月15日: ベートーヴェンの交響曲第2番、交響曲第8番、レオノーレ序曲第3番 @東京文化会館
4月16日: ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」 @東京文化会館
4月19日: シューベルトの交響曲第7番「未完成」、ブラームスの交響曲第2番 @札幌市民会館
4月24日: ドヴォルザークの交響曲第8番、ドビュッシーの牧神の午後への前奏曲、「海」 @岡山市民会館
4月26日: J.S.バッハのブランデンブルク協奏曲第6番、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲 @松山市民会館
4月28日: ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」 @福岡市民会館
5月2日: ブルックナーの交響曲第8番 @東京文化会館
5月3日: モーツァルトのディヴェルティメント第15番、R.シュトラウスの「英雄の生涯」 @東京文化会館
J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー、ブラームス、そしてR.シュトラウスというドイツ=オーストリア作品だけではなく、ドヴォルザーク、ドビュッシーまで。
現在だったら、1回の来日公演で1〜2週間ほど滞在し、演奏会も3回〜5回ぐらい。しかもAプログラム、Bプログラム、そしてCプログラムと分けて、複数の演奏会で同じ作品を演奏することも珍しくありません。
連日の演奏会で、毎回違う作品を演奏するというのはカラヤンとベルリンフィルの意気込みを感じますし、全国の日本の聴衆にたくさん聴いてもらいたいという意思の顕れでしょうか。
この1966年の演奏会のチケットは高値で売られましたが入手困難となり、ファンが徹夜で並ぶという社会現象も起きたそうです。カラヤン・フィーバーですね。
カラヤンこだわりの第2槁ハース版
今回紹介するのは、その1966年5月2日の東京文化会館でのブルックナー交響曲第8番のライヴ録音。NHK の音源をキングインターナショナルがCD化しています。
まだ日本ではブルックナーのブームが起こる前とのことですが、カラヤンは1957年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と来日したときも交響曲第8番を演奏したそうですし、ラファエル・クーベリックがバイエルン放送交響楽団を引き連れて1965年に来日した演奏会でも交響曲第8番が演奏されました。
カラヤンはこの作品を何度も録音していますが、楽譜は第2槁(1890年稿)ハース版にこだわっていて、ベルリンフィルとのブルックナーの交響曲全集でも1975年に第8番を録音しましたが、そこでも第2稿ハース版、そして最晩年の1988年11月のウィーンフィルとの録音でもやはり第2槁ハース版で長大な演奏をおこなっています。
直球勝負のブルックナー
このライヴ録音は、後年のカラヤンの再録と比べるととてもストレートな演奏に聴こえます。1回の演奏会の1発録りだった、ということもありますが、後に肥大化してくるカラヤンの癖が出ておらず、ブルックナーの音楽をどうシンフォニックに響かせるか、という直球勝負で演奏しているような印象を受けます。
CDの解説書に、音楽評論家の座談会のコメントが掲載されていますが、高崎 保男 氏はこのように語っていました。
マスターテープの劣化で音質はやむなし
音源であるマスターテープが劣化しているようで、かすれたり、割れてしまったり、揺らいだりするところもあり、金管のフォルテ音が強く出すぎてお世辞にも音質は良いとは言えないですが、それでもカラヤンとベルリンフィルが高い集中力を持って演奏に臨んでいることは伺えます。
ベルリンフィルの大きなスケールで、ブルックナーを豪華に肉付けしたような演奏で、私はこの時代のカラヤンの演奏が好みです。
シンフォニックに
第1楽章は結構金管が強めです。カラヤンはベルリンフィルとブルックナーを演奏するとシンフォニックに鳴らすことを目指し、ウィーンフィルと演奏するときは室内楽的というかウィーンの持つローカル性を前面に出すような演奏でした。
同時期の1964年1月にオイゲン・ヨッフムがベルリンフィルと交響曲第8番を録音していますが、このときもつんざくような金管で、強烈な印象を受けました。
ピアニッシモで静かに立ち込める霧の中に、第1主題が徐々に現れ、そしてフォルテッシモで頂点を作り、力強く宣言されます。ト長調の第2主題になると優しくも美しい旋律に変わり性格が極端に違う存在が対比されていきます。変ホ短調の第3主題は形がはっきりとしない存在のように描かれ、フォルテフォルテッシモのトゥッティで一度収まるのですが、オーボエ独奏のソ♭ファ、ソ♭ファ、ソ♭ファが不安を表しているようです。静まってからもホルンのソロが自省するかのように静かに物語ります。まるでドラマを見ているかのような表現力。
第2楽章のスケルツォはきっちりとイン・テンポで、弦の細かいトレモロが見事。
ハース版ならではの第3楽章
注目は第3楽章の27分45秒。ノーヴァク版に聞き慣れていると、ホルンの「ミ♭ ミ♭ー」という強烈な音に続いて「(高い)ソー、(低い)ソ ソ ソ シ♭ ミ♭ (高い)ソー」と圧倒的なクライマックスにつながっていくのですが、ハース版だと「ミ♭ ミ♭ー」の後に、静かに漂うようなフレーズにつながります。ブルックナー自身はここを第2稿でカットしたのですが、校訂をおこなったローベルト・ハースが「芸術上の理由」で1887年の第1槁から10小節分移植してきたのでした。
カラヤンのこの演奏を聴くと、高まった波が一旦静まるようになり、そしてうわっとクライマックスにつながっていくので、ハース版ならではの効果が生まれています。
割れんばかりの拍手とブラボー
第4楽章のフィナーレの「ミーレードー」の最後の音が鳴り止む前に、聴衆からの割れんばかりの拍手と「ブラボー」の喝采が起こります。ものすごい熱気だったことを追体験させてくれます。
まとめ
1966年にカラヤンとベルリンフィルが来日したときの、貴重なブルックナーの交響曲第8番のライヴ録音。マスターテープの劣化で音質は良くはありませんが、それ以上にカラヤンとベルリンフィルの気迫を感じる演奏です。
ブルックナーをシンフォニックに描いた一つの頂点にあると思います。カラヤンのブルックナーを語る上で貴重なアルバムです。
オススメ度
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1966年5月2日, 東京文化会館(ライヴ)
スポンサーリンク
試聴
特に無し。
受賞
特に無し。
コメントはまだありません。この記事の最初のコメントを付けてみませんか?