このアルバムの3つのポイント
- カラヤン×ベルリンフィルのブルックナーの交響曲全集!
- 流麗で賑やかな響き
- 意外にもハース版を多用
ブルックナーのアニバーサリーに向けて相次ぐ企画
2019年の没後125周年ではクリスティアン・ティーレマンとヴァレリー・ゲルギエフが
作曲家アントン・ブルックナーは1824年生まれで1896年に死没。2019年は没後125周年のアニバーサリーにあたり、ドイツの指揮者の重鎮指揮者クリスティアン・ティーレマンが首席指揮者を務めるシュターツカペレ・ドレスデンを指揮して2012年から2019年にブルックナーの交響曲全集を演奏し、映像作品としてリリースしていますし、ロシア出身の巨匠指揮者ヴァレリー・ゲルギエフも首席指揮者を務めるミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、2017年から2019年にかけてオーストリアのリンツにある聖フローリアン修道院でブルックナーの交響曲全集を演奏し、こちらも映像作品でリリースされています。聖フローリアン修道院はブルックナーの墓碑もあるゆかりの地ですね。
2024年の生誕200周年のアニバーサリーに向けてアンドリス・ネルソンス、クリスティアン・ティーレマンが
また、ブルックナーは2024年が生誕200周年のアニバーサリーです。それに向けてクラシック音楽界ではビッグな企画が相次いでいます。今最も活躍している指揮者の一人、アンドリス・ネルソンスは2017年からカペルマイスターを務めるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮してブルックナーの交響曲チクルスの録音を始めていますし、シュターツカペレ・ドレスデンと交響曲全集を完成させたばかりのクリスティアン・ティーレマンが2019年からはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してブルックナーの交響曲全集の録音を始めています。
日本でもファンが多いブルックナーですが、こうして当代随一の演奏家がブルックナーの新たな録音をおこなってくれるのは嬉しいことですね。ただ、ブルックナーは過去にも様々な演奏家が録音していました。まだヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の交響曲全集を紹介していなかったので、このページで紹介します。
カラヤン&ベルリンフィルのブルックナー交響曲全集
ヘルベルト・フォン・カラヤンはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して1975年から1981年にかけてブルックナーの交響曲第1番から第9番までの全集を録音しました。第0番や第00番は録音していません。
最初に後期の交響曲を1975年と1976年に一気に録音し、そして飛び飛びで初期の交響曲を録音していきました。録音時期だけを見ると、音楽的に魅力のある後期を先に録音して、初期の第1番と第2番は全集だから義務で録音したという感じがします。
ベートーヴェンやブラームスなどは何度も交響曲全集を再録音したカラヤンですが、ブルックナーの交響曲全集については1回だけ。アナログ後期とデジタル初期の録音なので、レコーディングの技術が向上してブルックナーの作品に不可欠な響きが再現できるようになってから録音に臨んだのかもしれません。
カラヤン・シンフォニー・エディションだと音質が…
カラヤンとベルリンフィルのブルックナーの交響曲全集は、最近のものだと2019年にCD9枚と高音質のBlu-ray Audioのディスクがリリースされています。Blu-ray Audioだと音質は良いのかもしれません。というのも、私は2014年にリリースされたCD38枚組の「カラヤン・シンフォニー・エディション」でこのブルックナーの交響曲全集を聴いているのですが、音質の悪さが目立つのです。
カラヤンが使用した版は?
ブルックナーの交響曲の楽しみとして、演奏家がどのバージョンのスコアを使用したか、でしょう。ブルックナー自身が自分の作品に自信を持てず改訂しまくったというのもありますし、初稿に近いものを「原典」にするか、あるいは最終的に落ち着いた版がブルックナーの意図が盛り込まれた「原典」なのか、意見も割れます。戦前に校訂をおこなったハース版と、戦後に校訂をおこなったノーヴァク版の大きく2つの主流がありますが、国際ブルックナー協会お墨付けのノーヴァク版が選ばられるのが多い中、曲に寄ってはハース版を使用する演奏家もいます。
カラヤンとベルリンフィルは、意外にもノーヴァク版はそれほど使わず(交響曲第2番と第3番だけ)、ハース版の使用が目立ちます。(交響曲第4番、7番、8番)
交響曲第1番 ハ短調 1866年リンツ版
交響曲第1番は全集の最後を飾ったもので、1981年1月のデジタル録音です。この作品は1890年〜1891年にブルックナー自身による改訂がありましたが、カラヤンが使用したのは1865/1866年初稿の「リンツ」版です。
やっぱりデジタルなので音質はクリアに聴こえます。第1楽章は13分ちょうどで、ブルックナーの若気の至りのようにテンポを飛ばして一気呵成に演奏しているところもあります。
交響曲第2番 ハ短調 1877年稿(第2稿) ノーヴァク版
交響曲第2番は1877/1892年改訂版、いわゆる第2稿を使用しているのですが、ブックレットの注釈に1872年改訂版のパッセージを復元していると書いてあります。
ノーヴァク版にも第2楽章と第4楽章にハース版の校訂時で1872年版から移植した部分が(vi-)(-de)として残っています。vide=ヴィーデはvi からde へ飛ばせ、という意味で、演奏するかどうかの解釈は演奏者に委ねられています。カラヤンは第2楽章の48小節目から69小節目の(vi-)(-de)はスキップしています。トラックの4分4秒あたりを聴くと、ホルンの高いソが全音符で長く奏でられた後、第2ヴァイオリンのドーの後に第1ヴァイオリンのミーという音がつながりこれはスコアの70小節目を演奏しています。下の画像の48小節から始まる(vi-)が付くところを飛ばしていることが分かります。
第4楽章の540〜562小節(トラックの13 分45秒〜14分32秒あたり)にあるvideの部分は木管のピアニッシモで静まり返った後に弦だけが慰めるような旋律を奏でる部分。また590〜655小節(トラックの15分15秒〜16分58秒あたり)のvideも演奏しています。第2楽章のvide は省略したカラヤンですが、第4楽章は演奏するという判断は面白いですね。ハ長調に移るコーダ、680小節のSehr schnell (とても速く) では強靭な演奏で締めくくります。696小節で弦が下降せずに同じ和音に留まるようになってからトランペットが音量をさらに上げ存在感を見せつけます。コーダでの木管はやや埋もれがちではありますが。
全集で最後から2番目の1981年1月の録音で、デジタル録音になったことで演奏がくっきり聴き取ることができます。こちらもハーモニーが一つに溶け合うのではなく、各楽器の旋律を際立たせている印象です。
交響曲第3番 ニ短調 「ヴァーグナー」 1889年ノーヴァク版
この交響曲第3番は純粋な「ノーヴァク」版を使用している唯一の演奏です。ベルリンフィルの機動力を活かして流麗に、壮大に、賑やかに演奏しています。個人的にはブルックナーにはこのベルリンフィルの金管は力強すぎる感じがします。第4楽章も金管が出過ぎていて私的には苦手です。
交響曲第4番 変ホ長調 「ロマンティック」 1880年ハース版
交響曲第4番「ロマンティック」はこの全集第2弾のレコーディングで1975年4月に第7番とともに録音しています。ハース版。カラフルで色彩豊かな音色です。この2年前にカール・ベームがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して録音した「ロマンティック」がありますが(こちらの記事で紹介)、そちらでは柔らかなウィーンの響きを持って理想的な牧歌的な演奏をおこなっていましたが、こちらのカラヤンとベルリンフィルの演奏では、賑やかというか、個々の楽器の演奏が交わらずにお互い掛け合いをしているかのように聴こえます。
第4楽章のわちゃわちゃ
第4楽章も言葉を選ばずに表現すると「わちゃわちゃ」しています。ベームがブルックナーの内面を表現したのに対して、カラヤンは外面的な響きにこだわっている感じです。ここでも音質のイマイチさが目立ちますね。
交響曲第5番 変ロ長調 1876年版
交響曲第5番は1976年12月の演奏で、第1楽章は英雄的な演奏。重厚感は感じられないですが、ベルリンフィルの機動力を活かしてスケールの大きな世界を生み出しています。
第2楽章は21分33秒。じっくりと音楽を熟成しています。この楽章は交響曲全集の中でも最高の演奏でしょう。厚みのあるハーモニーの中で浮き立つメロディがとても美しく、さすがカラヤンです。
交響曲第6番 イ長調 1881年版
交響曲第6番は第5番に次ぐレコーディングですが、3年のブランクが空いて1979年9月に録音しています。交響曲全集ではどうも第5番までは音楽の流れも良くさすがだなと思ったのですが、第6番以降の初期の交響曲ではどこか引っ掛かるところがあり、あまりオハコにしていないのかなとうがった見方をしてしまいます。
交響曲第7番 ホ長調 1883年ハース版
交響曲第7番は全集第2弾の1975年4月に録音されました。意外にもノーヴァク版ではなく、1883年稿のハース版を使用しています。この曲はカラヤンの最後の録音となってしまった1989年4月のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのライヴ録音でも演奏された曲で、こちらの記事に紹介していますが、カラヤン美学の境地のような演奏でした。その時もハース版を使用していました。
ここもイマイチな音質
ただ、音質がやっぱり良くないです。響きが曇って聴こえます。
交響曲第8番 ハ短調 1890年 ハース版
録音してから3ヶ月間寝かして再開
交響曲第8番はこの全集のトップバッターとなった録音で、1975年1月と4月の録音です。カラヤンの特徴として録音のセッションが長期に渡る点があり、例えば同じ時期のベートーヴェンの交響曲第9番の録音は、1976年10月、12月、1977年1月に3回に分けてベルリンフィルと録音した後、1977年2月にウィーンに場所を移して合唱部分を録音したという事例もあります。このブルックナーの交響曲第8番でも、1月の後に3ヶ月間寝かしてからまた4月に録音を開始しています。こうして長い時間を掛けてじっくりレコーディングすることで、細部まで磨き抜かれた演奏になる一方で、全曲を通しで聞いてみると、どこかチグハグな印象もあります。私個人的な考えとしては、ライヴ録音で一発で録るほうが多少ミスはあるかもしれませんが流れが自然になって良いと思います。
この交響曲については、楽譜はハース版を使用しています。
イマイチな音質
音質がものすごく悪いです。第4番でも迫力ある音楽が曇って聴こえます。残念。
交響曲第9番 ニ短調
交響曲第9番は1975年の録音。1896年版のスコアを使用しています。
第1楽章は透き通った響きで尖らないようにバランスの配慮がされています。このハーモニーのまろやかさはカラヤンならではでしょう。徐々にスケールが大きくなってクライマックスでは怒涛の渦に引き込まれます。うまいのですが、ただ、どこか表面的な感じもします。
第3楽章はもう美しさが花開いています。後半ではまるでその場に漂うかのように、嬉しくもなく悲しくもない不思議な気分になります。そして最後は浄化していくかのように静かに終わっていきます。ここは本当に美しいです。
まとめ
ヘルベルト・フォン・カラヤンらしい聴きやすいサウンドで流麗なブルックナーという感じですが、外面的な印象は否めません。また普通のCDで聴くと音質もイマイチで、いくらカラヤン&ベルリンフィルの演奏とは言えオススメしづらい全集です。
オススメ度
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1975年1月, 4月(第8番), 1975年4月(第4番, 第7番), 1975年9月(第9番), 1976年12月(第5番), 1979年9月(第6番), 1980年9月(第3番), 1980年12月, 1981年1月(第2番), 1981年1月(第1番), ベルリン・フィルハーモニー
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試聴
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受賞
特に無し。
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