このアルバムの3つのポイント

ブルックナー交響曲第9番(4楽章補筆版) サー・サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2012年)
ブルックナー交響曲第9番(4楽章補筆版) サー・サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2012年)
  • 未完のブルックナーの交響曲第9番の4楽章補筆版による世界初演
  • 一体感あるハーモニーと大迫力のスケール
  • きらびやかな第4楽章

どうして人は未完の作品に心惹かれるのだろう。

夏目漱石の「明暗」。主人公の津田には、結婚する前に将来を誓い合った女性・清子がいた。しかし清子は突然津田を捨てて、友人に嫁いでいった。妻お延との生活に満足しつつも、未練が残る津田は、温泉場に清子が一人で療養中という話を聞き、未練を断ち切りに温泉場へと行く。ただ、清子と最初に再会したとき、清子は驚いて棒立ちになり、そしてくるっと自分の部屋へと引き返してしまう。

そして2回目の対峙で漱石はこう記す。

「奥さん」と云おうとして、云い損なった彼はつい「清子さん」と呼び掛けた。
「貴女は何時頃までお出です」
「予定なんかまるでないのよ。宅(うち)から電報が来れば、今日にでも帰らなくっちゃならないわ」
津田は驚ろいた。
「そんなものが来るんですか」
「そりゃ何とも云えないわ」
清子はこう云って微笑した。津田はその微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室(へや)に帰った。

夏目漱石「明暗」最終ページ

このまま「明暗」は絶筆の未完となり、津田がこの後「何時までも煮え切らない代りに、今の自由を失わない事」にするのか、それとも「馬鹿になっても構わないで進んで行く事」になるのか、あるいは当初の目的だった「馬鹿にならないで自分の満足の行くような解決を得る事」となるのか、読者の想像に委ねられることとなる。

松本清張の未完の絶筆「神々の乱心」もどういう結末になったのだろうか。書かれなかったことで逆に読者の想像力が掻き立てられる。

クラシック音楽でも、シューベルトの交響曲「未完成」は2楽章しかないのに、彼の代表作の一つだし、マーラーの交響曲第10番も第1楽章しか完成していないが重要な作品である。

ブルックナーの交響曲第9番は3楽章まで完成して未完となった作品。作曲中に体調が芳しくなかったブルックナー自身が「交響曲第9番が未完に終わったときは、第4楽章に「テ・デウム」を代わりに使って欲しい」という旨の発言を残している。しかし、第9番のニ短調とテ・デウムのハ長調の調性が違うことから、第4楽章にテ・デウムを使って演奏する人は少ない。というか、今まで私は聞いたことがない。3楽章までの作品として演奏するのが大多数で、25分近くに及ぶ第3楽章の最後の余韻を聴くと、この後に何も付け加えないほうが良い気がする。

そんな中、ブルックナーの交響曲第9番の第4楽章を補筆した演奏もある。Nicola Samale、John Phillips、Benjamin-Gunnar Cohrs、Giuseppe Mazzucaの4人の音楽研究家が何度も改訂を行い、ついに2012年に完成した演奏用完成版である。これが、サマーレ・フィリップス・コールス・マッツーカ編と言われるもので、サー・サイモン・ラトル指揮のベルリンフィルが2012年2月に世界初演、世界初録音を行った。

サイモン・ラトルは未完に終わった作品の補筆版をよく録音していて、1999年に録音したマーラーの交響曲第10番は第2楽章から第4楽章の補筆版で演奏を行い(FC2ブログで紹介)、2006年に録音したホルストの組曲「惑星」では「冥王星」を追加した補筆版での演奏(FC2ブログで紹介)だった。

サイモン・ラトルとベルリンフィルのこの演奏は、オーケストラの持ち味を最大限に引き出した演奏となっている。スケール感があり、一体感のあるハーモニーを聴かせてくれる。響きとしては申し分無いのだが、解釈にもっと深みが欲しいところ。

第3楽章はもしこれで終わりだったら、もっとしんみりとしたのではないだろうか。ゆったりとした静かな余韻で幕を下ろす、そんな演奏になったはずだ。逆に第4楽章があることによって、第3楽章の先に何かゴールが見える感じがして、どこか行き急いで間合いがたっぷりに取られていない。この楽章の演奏時間は24分33秒。ジュリーニ/ウィーンフィルでは29分45秒も掛かっていたし、速めのショルティ/シカゴ響(1985年)でも26分56秒だった。やっぱり第4楽章があるために第3楽章が急がれた感じは否めない。

そして注目の第4楽章。きらびやかな22分41秒の楽章で、不思議な音のやり取りから曲が始まり、熱を帯びて盛り上がっていき、また不思議なユニゾンとなる。そして突然ティンパニーが鳴り響き、流れはあまり良くない。これはブルックナーだろうか?やはり違和感はある。補筆版の限界なのかもしれないが、書かれていない音はなかなか付け足しにくいというのはあるのだろう。ブルックナーらしい教会音楽のような荘厳な音の厚みが感じられないのだ。

第4楽章後半で、第1楽章のフレーズが出てきて有機的につながっているのが嬉しいのだが、豪華絢爛な演奏で若干うるさ過ぎるのが玉に瑕。

とは言え、補筆版で第4楽章を演奏するというこのような素晴らしい取り組みを行った補筆版の音楽研究科と、協力したラトル/ベルリンフィルに感謝したい。

オススメ度

評価 :3/5。

指揮:サー・サイモン・ラトル
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2012年2月7-9日, ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)

【タワレコ】ブルックナー:交響曲第9番 (第4楽章付/SPCM2012年補筆完成版)

iTunesで試聴可能。

また、ベルリンフィルの公式YouTubeサイトでこの動画を視聴可能。

特に無し。

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