このアルバムの3つのポイント
- ヴァント、最晩年のベルリンフィルへの客演ライヴ
- こだわりのブルックナー第8番の第2稿ハース版
- 英国グラモフォン賞を受賞
巨匠時代のヴァントのブルックナー
ドイツの指揮者ギュンター・ヴァント(1912ー2002年)は、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908ー1989年)、セルジュ・チェリビダッケ(1912ー1996年)、サー・ゲオルグ・ショルティ(1912ー1997年)、カルロ・マリア・ジュリーニ(1914−2005年)、レナード・バーンスタイン(1918ー1990年)などの巨匠指揮者たちと同年代。彼らが1950年代、60年代からヨーロッパやアメリカの名門オーケストラのポストに就いていたり客演やレコーディングを繰り返していたりしたのに比べると、ヴァントが注目を集めたのは晩年になってからのこと。
Wikipedia のギュンター・ヴァントの記事 によると「1つの楽団に集中しない現代の指揮者の在り方に対して批判的であって客演は多くなかったが、最晩年にはベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、ベルリン・ドイツ交響楽団等に客演して見事な演奏を披露した。」とその理由が書いてあります。ヴァントは巨匠指揮者の中でも遅咲きだったと言っても良いでしょう。
そのヴァントのブルックナー。Wikipedia には「ヴァントのブルックナー演奏」という項目があるほど、ヴァントのブルックナーには定評があります。
私もブルックナーの交響曲第8番については20枚以上聴いてこちらの記事でまとめていますが、恥ずかしながらヴァントはまだきちんと聴いていませんでした。去年ぐらいからようやくチェリビダッケやダニエル・バレンボイムの3種類の交響曲全集を聴いたぐらいで、個々の指揮者のブルックナーを聴き込むにはかなり時間が掛かりました。
ベルリン・フィルに客演してブルックナーを
遅咲きのヴァントがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との客演してライヴ録音をするようになったのも1990年代のこと。ベルリンフィルを長らく率いたヘルベルト・フォン・カラヤンはブルックナーの演奏や録音も多くベルリンフィルと交響曲全集も完成させていますが、後任のクラウディオ・アバドは違いました。ブルックナーを得意とするウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と指揮した交響曲もそこまで評価が高くないですし、私が調べた限りではベルリンフィルとはブルックナーを録音していません。最晩年にルツェルン祝祭管弦楽団とのライヴ録音で崇高なブルックナーを演奏しましたが、ベルリン時代のアバドはブルックナーを得意とは言えなかったでしょう。1990年代(1990ー97年)に完成させたベルリンフィルのブルックナー交響曲全集も首席指揮者のアバドとではなく、ダニエル・バレンボイムとでした。
そのベルリンフィルがヴァントを請い、ブルックナーの交響曲第5番(1996年)、第4番「ロマンティック」(1998年)、第9番(1998年)、第7番(1999年)、第8番(2001年)をライヴ録音しています。
ベルリンフィルは1960年代にもマーラーを得意とする指揮者サー・ジョン・バルビローリを招いて交響曲第9番を演奏し、その内容が素晴らしかったので翌年に録音(紹介記事)もしていますが、客演指揮者をうまく使ってレパートリーを拡大する傾向がありますね。
こだわりの第2稿ハース版
ヴァントは交響曲第8番を第2稿ハース版で演奏していますが、冒頭からこだわりを感じます。ホルンの優しい音色の上をきめ細かい第1・第2ヴァイオリンのトレモロがヴェールのような神秘さを生み出し、そして低弦の旋律が雄大にはっきりと奏でられます。クラリネットが応えて徐々に世界が広がっていきます。フォルテッシモではベルリンフィルの持つスケールの大きさが良いです。
ミュンヘン盤(2000年9月)でも感じたのですが、ヴァントが生み出すブルックナーは慈愛に満ちていて、何ともいえない温かさを感じます。カラヤンとの演奏では金管がやや強いかなというところもあったのですが、ヴァントが指揮すると実にまろやかになっています。
第2楽章のスケルツォでも繊細なさざなみのようなトレモロが温もりを感じ、トリオや第3楽章アダージョの崇高さと言ったら。
第4楽章のコーダではミュンヘン盤のとき以上にゆっくりと、じっくりじっくりと長いクレッシェンドを作っていき、87分という長い旅路の最後をリテヌートの指示どおり少しテンポを緩めて結びます。
ミュンヘン盤では最後の音が終わってからしばらく静寂に包まれ、指揮者の手が降りたと思われた辺りから聴衆の拍手が起こりましたが、このベルリン盤では演奏後の拍手はカットされています。聴衆の反応は想像するしかありませんが、これほどの素晴らしい演奏はベルリンのフィルハーモニーでもめったに聴けないのではないでしょうか。
まとめ
ベルリンフィルに客演した成し遂げたブルックナーの最高傑作のライヴ録音。ものすごい価値のある一枚です。
オススメ度
指揮:ギュンター・ヴァント
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2001年1月19ー22日, ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)
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試聴
Apple Music で試聴可能。
受賞
第8番のアルバムが2002年の英国グラモフォン賞のOrchestral 部門を受賞。
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