このアルバムの3つのポイント
- チェリビダッケが得意としたブルックナー
- ミュンヘンフィルとの晩年のライヴ録音
- 蘭エジソン賞を受賞
個性的指揮者、チェリビダッケ
ルーマニア出身の指揮者セルジュ・チェリビダッケ(1912〜1996年)。
第二次世界大戦後にヴィルヘルム・フルトヴェングラーたちが活動停止に追い込まれ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の暫定の首席指揮者レオ・ボルヒャルトが米兵によって射殺されてしまい、チェリビダッケがそのポジションに就き、激動の時代のベルリンフィルを支えました。
フルトヴェングラーが首席指揮者として復活してからもベルリンフィルとの関係を続けたチェリビダッケですが、1954年にフルトヴェングラーが亡くなると、ベルリンフィルは次期首席指揮者としてヘルベルト・フォン・カラヤンを指名。その直前にベルリンフィルと衝突していたチェリビダッケはベルリンを去り、その後、38年間(1992年になるまで)ベルリンフィルを指揮することがありませんでした。
普通のブルックナーでは物足りなくなった方へ
チェリビダッケのブルックナーの第8番の録音は何種類かありますが、ドイツ・グラモフォンでのシュトゥットガルト放送交響楽団との1976年11月23日のライヴ録音、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団フィルとはの1990年10月20日のサントリーホールでの来日公演ライヴ(ソニー・クラシカル)、そして今回紹介する旧EMI (現ワーナー・クラシックス)の1993年9月12日と13日のミュンヘンのフィルハーモニー・イン・ガスタイクでのライヴ録音、1994年4月23日のポルトガルのリスボンでのライヴ録音(東武レコーディングズ)があります。
チェリビダッケはブルックナーを最も得意としたと言われていますが、彼のブルックナーは全く違いますね。オイゲン・ヨッフム(特に1回目の全集)やカール・ベーム(1976年)、最近ではマリス・ヤンソンス(2017年)あたりがオーソドックスだとしたら、チェリビダッケは究極に遅いテンポで我が道を突き進みます。普通のブルックナーに飽きてきた方にはチェリビダッケの超個性的な解釈が良いかもしれません。
意外にもチェリビダッケは第8番のスコアは1890年の第2稿ノーヴァク版を使用しています。カラヤンやベルナルト・ハイティンク、最近ではクリスティアン・ティーレマンが第2稿ハース版を用いていて、複数の版を混ぜて演奏時間もほんの少し長くなるのですが。
ノーヴァク版はまとまりが良く、ヨッフムのベルリンフィルとの録音(1964年)やショルティとシカゴ響の録音(1990年)が74分15秒という演奏時間で、これが早いほう。だいたい80分を切るくらいの演奏時間が掛かります。一方で、カルロ・マリア・ジュリーニとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の1984年の録音は87分というゆったりとした演奏をおこなっていて、カンタービレの効いた長大な演奏だったのですが、このチェリビダッケはさらにその上を行く104分です。
第1楽章が20分56秒、第2楽章16分05秒、第3楽章35分04秒、第4楽章が32分08秒。ヨッフムやショルティたちよりも30分も長いこの104分13秒。とてつもない長さです。
ブルックナーの音楽をこれでもか引き出した個性的な演奏
その長さの理由は、ブルックナーの音楽をスコアから最大限丁寧に引き出したからでしょう。これ以上遅い演奏を聴いたことがないのですが、そのゆったりとした歩みの中に今まで聴いたことのない表情を見せています。第4楽章の冒頭もNicht Schnell (速くならないで)という指示どおり、ゆっくりしています。
チェリビダッケのブルックナーは本当に個性的で、色々と聴き比べた後だと真価が分かると思います。私はApple Music でチェリビダッケのブルックナーを何種類か聴いて、これは本腰入れて聴いてみようと思ってCD49枚入りのチェリビダッケ・ミュンヘン・イヤーズのCD BOXを購入しています。
ただ、ブルックナーを聴き始めたばかりの方には正直、オススメしづらいです。あまりの遅さが苦行のように感じられるかもしれません。
ノーヴァク版のフォルテッシモの直結をどう解決?
ノーヴァク版かハース版かで議論となるのが第3楽章アダージョの209小節前後。ハース版は第2稿に基づきつつも、一部は第1稿にあったスコアをミックスしてff (フォルテッシモ)→pp (ピアニッシモ)→ff と強弱を付けていますが、ノーヴァク版では第2稿のみのスコアを使っているのでff→ffと、フォルテッシモが直結してしまいます。作曲家 人と作品シリーズ(音楽之友社)のブルックナーの巻でも著者の根岸 一美さんが『二つの最強音部分を直接接続させる結果を招いており、柔らかな楽想の十小節を惜しむ指揮者や聴衆は今なお少なくないといえよう。』と書いており、ブルックナー指揮者と言えば、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ギュンター・ヴァント、朝比奈 隆、ベルナルト・ハイティンク、クリスティアン・ティーレマンなど第8番でハース版第2稿を使う方が多いのですが、チェリビダッケは意外にもノーヴァク版第2稿を採用。
それではチェリビダッケはノーヴァク版の問題であるff の直結をどう解決したかというと、1つ目のff の終わりの方の208中盤からデクレッシェンドさせ、そして2つ目のff の指示がある209小節ではいきなり強く演奏するのではなく、じわっと音量が大きくなるように軽くクレッシェンドを付けています。
このチェリビダッケの解釈は独特で他の指揮者でこういう解釈をしているのを聴いたことがないですが、ノーヴァク版を使いつつもフォルテッシモの連結を無理なくおこなうのには一理ありますよね。さすがだと思いました。
まとめ
色々と聴き比べて普通のブルックナーに物足りなくなった方にオススメしたいチェリビダッケ。究極に遅い歩みでブルックナーの真髄を伝えてくれます。
オススメ度
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1993年9月12, 13日, フィルハーモニー・ガスタイク(ライヴ)
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試聴
Apple Music で試聴可能。
受賞
第3番〜9番のアルバムが1999年のオランダ・エジソン賞の「BIJZONDERE UITGAVEN VAN HISTORISCHE AARD (歴史的な偉業に対する特別賞?)」を受賞。
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