このアルバムの3つのポイント
- ハイティンクとウィーンフィルの幻に終わったブルックナーの交響曲全集の中の最後の録音、第8番
- 自然体になったハイティンクの解釈とウィーンフィルの美音
- 日本のレコードアカデミー賞とオランダのエジソン賞を受賞
ハイティンクが得意としたブルックナー
オランダ出身の名指揮者で、先日(10月21日)に92歳で逝去されたベルナルト・ハイティンク(Bernard Haitink)。私もずっと聴いてきた指揮者だったので、ショックを受けつつも世界から愛された指揮者を伝えようと追悼記事をこちらに書きました。
ハイティンクは幅広いレパートリーを誇り、さらにレコーディングも膨大にありますが、その中でも得意とした作曲家を一人挙げるとしたらブルックナーでしょう。キャリアの若い時期から取り上げていた作曲家で、最後のシーズンとなった2019年にもブルックナーの交響曲第7番を度々指揮しました。8月の最後のザルツブルク音楽祭でもウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮していましたね。
ハイティンクは1960年代から、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(当時の名前はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団)と、ブルックナーの交響曲全集を録音していますが、第8番は1960年9月(1969年説のほうが有力?)に録音していて、まだ若さの感じるハイティンクのシャープでシンフォニックな解釈で、再録音にはないフレッシュさがありました。ハイティンクは第8番について新版であるノーヴァク版に否定的で、旧版のハース版第2稿(1890年版)のスコアを使っていますが、このときは演奏時間は第1楽章が14:03、第2楽章が13:39、第3楽章が25:24、第4楽章が20:46で、トータルで何と74分という速さでした。
そしてハイティンクは1981年5月にコンセルトヘボウ管と第8番をハース版で再録音しています。こちらは演奏時間が第1楽章が16:05、第2楽章が16:00、第3楽章が29:16、第4楽章が23:53。トータルで85分もありました。より長大な演奏になるように、引き伸ばし過ぎた感は否めませんでした。
ウィーンフィルとの幻の交響曲全集
ハイティンクはウィーンフィルと1985年の交響曲第4番「ロマンティック」から録音を開始し、ブルックナーの交響曲全集となる予定でしたが、フィリップス・レーベルの都合で途中で計画が頓挫。1988年の第5番、テ・デウム、第3番「ヴァーグナー」、そして1995年の交響曲第8番の5曲だけとなりました。
1987年からハイティンクがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と始めたマーラーの交響曲全集も途中で企画打ち切りとなってしまい、こちらの記事で紹介しましたが、交響曲選集としてリリースされています。
ブルックナーとマーラーの交響曲選集は、どちらもタワーレコード限定販売で安定して供給されているので、これからハイティンクを聴き始めようとする方にはオススメです。
ウィーンフィルとのブル8と言えば
ハイティンクとウィーンフィルによるブルックナーの交響曲第8番は1995年1月、ウィーン楽友協会・大ホール(ムジークフェラインザール)でのセッション録音です。ハイティンクらしい第2槁(1890年版)のハース版を使っています。
ウィーンフィルによるブルックナーの交響曲第8番と言えば名演が多く、1984年5月のカルロ・マリア・ジュリーニ指揮によるノーヴァク版なのに87分も掛かった長大な演奏は、しっかりと構造を持ちつつ美しさとのバランスが優れていてレコードアカデミー賞を受賞していますし、1976年2月のカール・ベーム指揮による演奏は、ノーヴァク版のスコアに忠実なスタンダードな演奏で安定感があります。ハース版ではヘルベルト・フォン・カラヤンが最晩年の1988年11月に指揮した豊穣な響きの演奏や、最新の交響曲全集を進めているクリスティアン・ティーレマン指揮による2019年10月のライヴ録音もあります。
ウィーンフィルは「特別」
こちらの記事で紹介したNHK BSプレミアムでのハイティンク追悼番組では、2019年8月に撮影されたハイティンクとのインタビューがあり、ウィーンフィルについて次のように語っていました。
ウィーン・フィルは特別です。例えばブルックナーの交響曲でも音色と方向性がすばらしくて大好きなんです。
Vienna is unique, and every time, for example, that I do Bruckner symphonies with them, I think that’s unique is the sound for their approach is wonderful. And I like them very, very much.
ベルナルト・ハイティンク, 2019年8月28日のNHKとのインタビュー
ハイティンクは英語で語っていたものを私が文字に起こしていますので、聞き間違いがあるかもしれません。また、日本語翻訳NHKの字幕にあったものです。字幕では「特別」と訳されていましたが、ハイティンクは「unique」と言っていたので、「唯一無二」という意味があったのだと思います。
このインタビューを見てからハイティンクとウィーンフィルのブルックナー第8番を聴いてみると、確かに音色と音楽性が一味違います。
1981年のコンセルトヘボウ盤では音楽を肥大化し過ぎた感があったハイティンクですが、ここでは演奏時間は、第1楽章が16:48、第2楽章が15:04、第3楽章が27:26、そして第4楽章が23:47でトータルが83分05秒と少し短くなっていて、ハイティンクの解釈がより自然体になってきており、川の流れのように音楽がすーっと淀みなく流れていきます。
何よりもオーケストラがウィーンフィルに変わったことで、楽器の響きが柔らかくなっています。コンセルトヘボウ管ではゴツゴツとした武骨な響きもありましたが、ウィーンフィルは本当に雅な響きで、ブルックナーを演奏するには理想のオーケストラでしょう。第2楽章のスケルツォとトリオもまろやかですし、第3楽章は何とも言えない美しさ。ハース版なので209〜218小節目(CDだと18分28秒あたりから)にある、前に進むためらうような漂うような旋律も聴きどころです。第4楽章も壮大なファンファーレが温かみのある音色で演奏されます。ウィーンフィルのまろやかで豊かな響きでブルックナーの最高傑作が作り上げられます。
まとめ
ハイティンク3度目のブルックナーの交響曲第8番の録音にして、より自然体になったハイティンクの解釈。ウィーンフィルとの美音を引き出した名演でしょう。
オススメ度
指揮:ベルナルト・ハイティンク
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1995年1月, ウィーン楽友協会・大ホール
スポンサーリンク
試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
1997年のオランダ・エジソン賞「ORKESTMUZIEK(管弦楽曲)」部門を受賞。
1997年度の日本のレコード・アカデミー賞「交響曲部門」を受賞。
コメント数:2
バランスの取れたウィーンフィルの響きが素晴らしく、80分を超える時間、ずっと聴き入っていました。最近、休日に、こちらの記事を参考に名作名演を聴きこむことで、心をリフレッシュしています。日常に戻ると、仕事の報告はまず結論から。ポップスはイントロもないものが増加。TVは編集で切り詰めたものにテロップの過剰サービス。それを見ているこちらも、ながらスマホで注意力散漫。世の中、短絡的・断片的・刹那的なことが多すぎます。クラシック音楽を、じっくり時間をかけて楽しめること、集中できることは、心の贅沢だと感じています。
XIZEさま
コメントありがとうございます。休日のリフレッシュの一助になれて幸いです。
ブルックナー、マーラーは特に演奏時間が長いので、じっくりと聴く時間を取ることから必要ですね。
紹介したい録音がブルックナーやマーラーが多いので、繰り返し聴いてから紹介記事を書くとかなり時間が掛かってしまいますが、心の贅沢だと考えるようにします。