このアルバムの3つのポイント
- フルトヴェングラーの貴重なブル9の録音
- ベルリンフィルとの放送用のライヴ
- 爆発からの平穏
ブル9で衝撃を受けた2つの演奏のうちの1つ
ブルックナーの交響曲第9番ニ短調。病におかされたブルックナーが亡くなる直前まで作曲を続け4楽章がスケッチだけを遺して未完成に終わった最後の交響曲。ブルックナーをひたすら聴き続けている私ですが、最も好きな作品がこの第9番。
この曲のレコーディングは数多く聴きましたが私が衝撃を受けた2つの演奏が、今回紹介するヴィルヘルム・フルトヴェングラーとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1944年10月)とセルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(1995年9月)のライヴ録音。晩年のチェリビダッケがミュンヘンでたどり着いた「静」の共鳴に対して、対極にある「動」の解釈がこのフルトヴェングラーとベルリンフィル。他にもブル9の名演は数多くありますが、この2つを聴いた時の衝撃は忘れられないです。フルトヴェングラーは音質が悪い、チェリビダッケはテンポが遅すぎると食わず嫌いで聴かないのはもったいない。
フルトヴェングラー&ベルリンフィルのラジオ放送用のライヴ
フルトヴェングラーはベートーヴェンやブラームスの名演が有名ですが、意外にもブルックナーの交響曲第9番で指揮者デビューを果たしています。1906年2月29日、まだ20歳のときにカイム管弦楽団 (現ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)を指揮したときです。ただ、意外にも録音は少なく、1944年10月7日にラジオ放送用に収録されたのが唯一です。河出書房から出ている文藝別冊「フルトヴェングラー 最大最高の指揮者」(2015年7月増補新版)のディスコグラフィーでもブル9の録音は1つだけになっています。ただ、旧東ドイツ放送局の同じ音源がドイツ・グラモフォンやウラニア、グランドスラムなど様々なレーベルからCD 化されリリースされています。私はキングインターナショナルがタワーレコード限定で2023年11月に発売したフルトヴェングラー ライヴ録音大集成 (80CD) で聴いています。
また、『フルトヴェングラー 最大最高の指揮者』の中で音楽評論家・鈴木 淳史 氏は「フルトヴェングラーとチェリビダッケ」というエッセイで「フルトヴェングラーは実に細かい範囲で揺らす。たゆたうように。煽り立てるように。一小節のなかで伸びたり縮んだり。(中略) フルトヴェングラーのブルックナーは、セコセコして聴こえる」と書いています。この録音を聴けばとんでもない。度肝を抜かされます。
レーヴェ改訂版とオーレル原典版のゆらぎ
交響曲第9番はブルックナーの死後に初演、出版されましたがいわゆる原典版ではなく、弟子で指揮者のフェルディナント・レーヴェが改訂して初演したレーヴェ版が1903年に出版され、1932年にアルフレート・オーレルによる原典版(いわゆるオーレル版、またはハース版)が出版されるまで、レーヴェ版が唯一のスコアでした。フルトヴェングラーはレーヴェ版で演奏をおこなってきましたが、1944年10月のこの演奏ではオーレル版を使っています。しかし、単にオーレル版をそのまま演奏しているわけではなく、2分の2拍子と4分の4拍子が目まぐるしく変わるところでもゆったりと2分の2拍子で刻んでいるところもあれば、第3楽章の最後のほうの232小節ではレーヴェ版にはヴァーグナー・チューバ (テノール・チューバとバス・チューバ)とヴィオラにあったクレッシェンド (<)とデクレッシェンド (>)の小さな起伏を付けて演奏させています。トラック3の23:51のところです。オーレル版ではヴァーグナー・チューバはアクセント (>)記号に変わってしまい、ヴィオラには何も付いていません。
フルトヴェングラーはオーレル版を使いながらも原典版を鵜呑みにするのではなく、レーヴェ版から移植することをおこなっています。
これについて先の『フルトヴェングラー 最大最高の指揮者』の中で音楽評論家の川﨑 高伸 氏が以下のように書いています。
ベートーヴェンにはあれだけ確固たる名演をなし得たフルトヴェングラーが、ブルックナーにおいては懐疑と模索の中で生涯を終えざるを得なかったのは、単純に原典版万歳とは言えない、こういった微妙な版問題が影を落としている。いわば、フルトヴェングラーは版問題の大いなる犠牲者であったというわけだ。
川﨑 高伸 『フルトヴェングラーのブルックナー』、河出書房『フルトヴェングラー 最大最高の指揮者』より
爆発からの平穏
近年のブルックナーの演奏といえばゆったりとしたテンポで恰幅良く響くものが多いですが、フルトヴェングラーのこの録音はベートーヴェン的な演奏とも言えます。確かに演奏場所はベートーヴェン・ザールでしたが。最初に体験できるのが練習番号A、39小節目からのフレーズ(トラック1の1:38あたり)からその先の提示部の第1主題の中核動機(2:13あたり)まで続くクレッシェンド。フルトヴェングラーはテンポを上げてからジェットコースターのように急降下させフォルテフォルテッシモで爆発させるのですが、このエネルギーがすごいです。この曲をここまでドラスティックに劇的にするのはフルトヴェングラーぐらいしかできないでしょう。
1日だけで録ったレコーディングということでミスもあり、フォルテフォルテッシモで続く2:23あたりのトランペットのソ ファ# ファ ミ の箇所ではやや滑ってしまっています。また1944年のモノラルなので音質は良くなくて、この大爆発の中核動機では音が潰れてしまっています。
第1楽章の第1主題は展開部になるとフルトヴェングラーとベルリンフィルはさらに加速させています。一方で提示部の第2主題 (トラック1の3:29)では、第2ヴァイオリンの光のように明るい旋律の中にヴィオラのgezogen (引きずるように)を影のように射し込ませ、憂いを表しているようです。展開部では爆発がさらに強烈になり、第1主題の中核動機ではまさにカオス。ゼグエンツも強い足取りでぐんぐんと上り詰めていきます。コーダではボルテージも最高潮に達するのですが音が割れていてまともに聴けるレベルではないです。
第1楽章が爆発だとすると、第2楽章のスケルツォは非常にせっかち。Schnell (シュネル、速く)の指示があるトリオ (トラック2の3:23から)のほうがゆったりとしています。
ただ、第3楽章に入るとこれまでの嵐が嘘のように、澄み切って晴れ渡ります。ラストにはひたすら穏やかで美しく、同じ指揮者が指揮しているのかと思ってしまうほど違っています。トラック3の16:17秒あたりでマスターテープの劣化によると思われるノイズが入っていますが、1940年代の録音だけに仕方ないでしょう。
まとめ
フルトヴェングラー唯一のブル9の録音。ジェットコースターのように煽る第1楽章、容赦ない第2楽章、そして穏やかで美しい第3楽章。フルトヴェングラーとベルリンフィルならではの壮絶な演奏です。
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1944年10月7日, ベートーヴェン・ザール(ラジオ放送用のライヴ)
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試聴
Apple Music で同じ音源の録音を試聴可能。
受賞
特に無し。
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