このアルバムの3つのポイント
- フルトヴェングラー×ベルリンフィルの怒涛の演奏
- 大胆なテンポの変化と静から動へのダイナミックさ
- ベルリンフィルの底力
今聴いてもすごい指揮者、フルトヴェングラー
指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)については、古今東西の音楽評論家やファンの方々、そして演奏家の方たちも多く言及していて、既に語り尽くされている感じはします。
しかし、私はこれまでフルトヴェングラーには消極的でした。彼が活躍した時代(1940年代や50年代)の音質の良くない録音を聴くよりも、現役として活躍中の今の演奏家をなるべく聴くようにしていたためです。
ただ、以前この記事で紹介した作家の百田(ひゃくた) 尚樹さんによるクラシック音楽の紹介本「至高の音楽」でもフルトヴェングラーのレコーディングが色々な曲の推奨盤として挙がっていましたし、オンラインのレコード店のレビューを読んでも、比較対象としてフルトヴェングラーの録音がよく登場していたので気にはなっていました。
転機が来たのは今年の春。こちらの記事で書いたようにワーナー・クラシックスで輸入盤のCDボックスが格安セールとなり、フルトヴェングラーのベートーヴェンの交響曲全集がCD 5枚で税込990円という破格なプライスでした。背中を押された気分で購入して聴いてみると、確かにすごい。
今更フルトヴェングラー観を述べようとは全く思わないのですが、夏目漱石や芥川龍之介の古典的な名著を読むのと同じように、私の中ではフルトヴェングラーは一通り聴いておいたほうが思うように。
フルトヴェングラーのコンプリート・レコーディングズ
ワーナーから9月24日にリリースされたばかりの、”The Complete Wilhelm Furtwängler on Record” は、ワーナーが保有するフルトヴェングラーの音源がリマスタリングされたCD55枚入りの豪華ボックスです。
いずれ聴こうと思ったときに入手困難になるのは避けたいと思い、今回は予約して発売日に買うことにしました。
既にベートーヴェンの交響曲全集やベルリンフィルとのブラームスの交響曲第4番(1948年)については紹介していますが、55枚のどれから聴こうかなと思ってトラックリストを見てみると、フルトヴェングラーが作曲した交響曲第2番の29枚目と30枚目のCDに目が行きました。
元々はドイツ・グラモフォン(ユニバーサル・ミュージック)の音源ですが、トラックリストには”Licensed courtesy of Universal Music Operations Limited” と書いてあり、今回の全集にワーナーがライセンス許諾を得て収録したようです。
作曲家でもあったフルトヴェングラーがどんな音楽を作ったのか気になって聴いてみたのですが、まるでラフマニノフのピアノ協奏曲第4番を彷彿とさせる濃厚なメランコリーな曲でしたが、それ以上に驚いたのはカップリングされていたシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」D944。1951年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との録音です。
大胆なテンポ・ルバートと静と動の対比
第1楽章冒頭。ホルンの「ドーレミ ラーシドー ファーレミー ソーレミ ラーシドー レーミドー レーミド」というシンプルなハ長調の序奏から始まります。確かに音質はこもった感じで決して素晴らしいとは言えませんが、1951年ということを考えるとノイズも無く良い状態で復刻している感じを受けます。
フルトヴェングラーとベルリンフィルはこの序奏を非常にゆっくりと始めます。まるで牛が歩くかのようにのっしのっしと進んで行くのですが、序奏後半のクレッシェンドから激しさを増していき、テンポも速まってきます。そしてAllegro, ma non troppo ではテンポを一気に上げカオスのような混沌さを生み出しています。フルトヴェングラーらしい猛猛しさです。
「ザ・グレート」はこれまで何回も聴いた曲なのですが、第1楽章の前半を聴いただけでフルトヴェングラーが指揮するとここまで変わるのかと驚きました。
第2楽章のAndante con moto はヴァイオリンとヴィオラの8分音符4つが続くのですが、静かに一定のリズムで進むのでまるで行進をしているかのような規律があります。その上にオーボエが第1主題の主旋律を奏でますが、楽譜では弦と同じくp (ピアノ、弱く)の指示記号がありますが、ここでははっきりとフォルテぐらいの強さで旋律が演奏されます。そして主旋律にクラリネットも参加するのですが、弱音で奏でられる弦の伴奏とオーボエ・クラリネットの明朗な旋律が立体的な効果を生み出しています。フォルテッシモのフレーズになると荒れ狂うばかりの激しさで対比がくっきりと付いています。第2主題ではクラリネットとオーボエの木管が美しく輝き、この楽章だけでも様々な世界が描かれているようです。
第3楽章も主部のAllegro vivace こそスタッカートのフォルテで激しく始まりますが、中間部のトリオになるとうっとりするかのような美しさがあります。
そしてフィナーレの第4楽章。ここでは完全燃焼するかのようにさらにテンポもボリュームも上げていきます。こんなに速いテンポでもオーケストラが全く崩れずに突き進むあたり、さすがベルリンフィルだなと思います。第2主題では一転してゆったりとして木管が明朗な旋律を奏でますが、真骨頂は展開部。激しい渦で聴き手も引きずりこまれるようです。
私は「ザ・グレート」の録音は、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の1975年3月の来日公演や、マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の2018年2月のライヴ録音のようなのどかな演奏が好みなのですが、このフルトヴェングラーは同じ作品でもこんなに劇的な演奏になるのかと痺れるほどの衝撃でした。
まとめ
フルトヴェングラーが指揮すると同じ作品でもこんなに違うのかと痛感したシューベルトの「ザ・グレート」。大胆で劇的です。
オススメ度
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1951年11月27-28日, 12月2-4日, ベルリン・イエス・キリスト教会
スポンサーリンク
試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
私も、録音が古くて聴きにくいからと、フルトヴェングラーはこれまで敬遠しておりました。映像に例えると、白黒で戦中戦後の記録映像を見るようなイメージを持っていました。でもこちらの記事の「古典的な名著」の例えに「なるほど」と思って、久しぶりに聴いてみました。結論としてオススメに感謝しております。録音はオケ全体がフォルティシモで鳴るところでは解像度が出なくなる感じはありますが、復刻技術の向上のお陰か、昔のイメージと違い十分に楽しめました。演奏は、思わず声を出して歌いたくなるような旋律の数々にシューベルトらしさを感じたり、情熱的に盛り上がってジャーンと来るところがちょっとベートーヴェンっぽいかも、などと素人なりに思いながら聴いていました。最終楽章の高揚感は素晴らしかったです。他の演奏も少しずつ聞いてみたいと思います。