このアルバムの3つのポイント

ヴァーグナー・オペラ・レコーディングズ サー・ゲオルグ・ショルティ
ヴァーグナー・オペラ・レコーディングズ サー・ゲオルグ・ショルティ
  • ショルティとウィーンフィルの全曲スタジオ録音による『ニーベルングの指環』の最後の録音となった『ヴァルキューレ』
  • ビルギット・ニルソン、レジーヌ・クレスパン、ハンス・ホッター、ジェームス・キングの豪華歌手陣
  • 聴覚の効果満載で米グラミー賞&レコード・アカデミー賞を受賞

今回も『ヴァルキューレ』の記事を書きたいと思います。

以前の『ラインの黄金』の記事で詳しく書きましたが、デッカ・レーベルの敏腕プロデューサー、ジョン・カルショウは「耳で聴くオペラ」を企画し、ヴァーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の4つを全曲スタジオ録音する試みを始めました。

指揮者の選定で、デッカ所属のハンス・クナッパーツブッシュも候補だったのですが、オペラの録音に対して批判的だったクナッパーツブッシュは「誰がこれを聴くんだ?」とか「上演したオペラをなぜまた録音しないといけないんだ?」という旨を語ったそうで、(「ゲオルグ・ショルティ 人生の旅 (Journey of a Lifetime)」より)、録音に新たな可能性を感じたゲオルグ・ショルティが務めることに。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との『ニーベルングの指環』の録音第一弾となったのが、1958年10月の第1曲『ラインの黄金』。その後も1962年5月と10月に第3曲『ジークフリート』、1964年5月〜11月に第4曲『神々の黄昏』、最後に1965年10月〜11月に第2曲の『ヴァルキューレ』を録音しました。

ショルティのヴァーグナー録音での歌手では、ソプラノのビルギット・ニルソンが特筆して多いです。『ヴァルキューレ』でもブリュンヒルデ役で出ていますし、『ジークフリート』、『神々の黄昏』でも同じブリュンヒルデ役で登場。また、『ラインの黄金』の後の録音となった1960年9月の『トリスタンとイゾルデ』でもイゾルデを務めています。

バスのハンス・ホッターはこの『ヴァルキューレ』でもヴォータン役を務めていますが、実はショルティが1961年に英国コヴェントガーデン(ロイヤル・オペラ・ハウス)の音楽監督に就任してすぐの『ヴァルキューレ』の上演でもヴォータン役を務めていました。それ以外のショルティとのヴァーグナー録音でも『ジークフリート』でさすらい人、1972年3月録音の『パルジファル』でティトゥレルを務めています。

同じくバスのゴットロープ・フリックは、『ヴァルキューレ』ではフンディング役を、『神々の黄昏』ではハーゲン役、『パルジファル』ではグルネマンツ役で共演しています。

さらにメゾ・ソプラノのクリスタ・ルートヴィヒは『ヴァルキューレ』でフリッカ役、『神々の黄昏』でヴァルトラウテ役、1970年10月の『タンホイザー』のヴェーヌス役、『パルジファル』でクンドリ役で共演しています。

『ヴァルキューレ』には出ていませんが、これらの歌手の他に、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウは『神々の黄昏』のグンター、『ローエングリン』のハインリヒ1世、『パルジファル』のアンフォルタス、そしてルチア・ポップは『神々の黄昏』のヴォークリンデ、『パルジファル』の花の乙女たちノーマン・ベイリーは『タンホイザー』のラインマル・フォン・ツヴェーターの後、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で主役のハンス・ザックス、さらに『さまよえるオランダ人』でも主役のオランダ人を歌っています。

レコーディングなので演技は不要とは言え、歌唱力だけではなくキャラクターに適しているかの観点でショルティはお気に入りの歌手で固めたと言えるでしょう。

このショルティ/ウィーンフィル盤の『ヴァルキューレ』を聴き始めると、第1幕の前奏曲から驚きました。ここは嵐が吹き荒れる中、ジークムントが逃げ延びてきたシーンですが、ショルティはややゆったりとしたテンポで低弦がスタッカートで一定のリズムを刻み、そこにヴァイオリンが楽譜どおりf (フォルテ)→p (ピアノ)→クレッシェンド→f (フォルテ)を繰り返し、渦のような効果を生み出し緊張感を高めています。

聴き比べると新しい発見があったのですが、1966年のヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による『ヴァルキューレ』では、カラヤンは非常に速いテンポで前奏曲を始め、まるで叩きつけるような激しい演奏をおこなっています。

楽譜どおりでも十分劇的な効果を得られると考えたショルティはそのとおり楽譜に忠実に演奏した一方で、これでは効果が薄いと考えたカラヤンはテンポを速く設定し、楽譜のp (ピアノ)で演奏させずに全体的に強めに演奏させるすることで荒々しいイメージを生み出しています。

ショルティ盤の『ヴァルキューレ』で印象的だったのは歌手陣。この楽劇は前半はジークフリートとジークリンデの二人がメインで、そして後半ではブリュンヒルデとヴォータンが要となってきます。つまり主役級の歌手が4人必要なのですが、このレコーディングではジェームス・キングレジーヌ・クレスパンビルギット・ニルソンハンス・ホッターと、素晴らしい歌手陣に恵まれています。

ジェームス・キングの爽やかさと勇気、レジーヌ・クレスパンの突き抜けるような存在感、ビルギット・ニルソンの躍動感、そしてハンス・ホッターの安定感あるヴォータン。どれも私は好きです。

なお、ショルティ盤でジークリンデを担当したレジーヌ・クレスパンは翌年1966年のカラヤン盤では今度はブリュンヒルデ役で歌っています。そちらでも生き生きとした表情豊かな歌声を披露しています。

ゲオルグ・ショルティとウィーンフィルの『ニーベルングの指環』の全曲スタジオ録音の大トリを飾った『ヴァルキューレ』。55年以上前の録音ですが、今聴いてもしびれます。

オススメ度

評価 :5/5。

ジークムント役:ジェームス・キング(テノール)
ジークリンデ役:レジーヌ・クレスパン(ソプラノ)
ブリュンヒルデ役:ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
ヴォータン役:ハンス・ホッター(バス)
フンディング役:ゴットロープ・フリック(バス)
フリッカ役:クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
指揮:ゲオルグ・ショルティ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1965年10月, 11月, ゾフィエンザール

iTunesで試聴可能。

1967年の米国グラミー賞の「Best Opera Recording」を受賞し、このアルバムを含む「ニーベルングの指環」全曲で、日本の1968年度レコードアカデミー賞の「特別部門」を受賞。

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