このアルバムの3つのポイント
- ウクライナ出身のピアニスト、ヴラディーミル・ホロヴィッツによるピアノ・リサイタル
- 約50年ぶりのベルリンでの演奏会
- 詩情と音楽を聴く楽しさ
怪しくなってきたウクライナ情勢を案じて
ウクライナ情勢が怪しくなってきました。
気持ちだけでも平和な気分に浸ろうと、今日はウクライナ出身のピアニスト、ヴラディーミル・ホロヴィッツのレコーディングを紹介します。随分前に買っていたのですが、書くのが遅くなってしまいました。
以前、1987年のカルロ・マリア・ジュリーニ指揮ミラノ・スカラ座とのモーツァルトのピアノ協奏曲をこちらの記事で紹介しましたが、今日書くのはその前年のベルリンでのピアノ・リサイタルのライヴ録音です。
50年ぶりのベルリンでの演奏会
1983年、100万ドル(当時のレートだと2億3千2百万円)という破格のギャラでおこなわれたホロヴィッツの初来日公演では、高いチケットを買って世界最高のピアニストの演奏を聴こうと期待した聴衆を前にミスを連発し、評論家からも「ひび割れた骨董」と酷評されるほどの不出来で、公演後にホロヴィッツは精神を病んでしまい1年以上演奏活動から身を引いていました。
そして長いブランクの後に、演奏活動に復帰したホロヴィッツは1986年4月、約60年ぶりに祖国の旧ソ連・モスクワでのリサイタルを開き、大成功を収めました。見事なヒストリック・リターンとなりました。モスクワ・リサイタルのライヴ録音はすぐにCD化され、米国グラミー賞を受賞するほどの名盤になりました。
このベルリン公演はその翌月の1986年5月のベルリン・フィルハーモニーでのピアノ・リサイタルで、ホロヴィッツにとっておよそ50年ぶりのベルリンでの演奏会でした。モスクワ・リサイタルと曲目も重複しています。ただ、ラジオ放送用に収録されただけでホロヴィッツ生前にはベルリン・リサイタルのライヴ録音はCDでリリースされませんでした。2009年のホロヴィッツ没後20周年に初めてCDでリリースされ、ベストセラーになったそうです。
私は2020年にリリースされた再プレスのアルバムで聴いています。
CD2枚組で、収録曲は以下のとおりです。
CD1
- 拍手
- スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K.87
- スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380
- スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.135
- シューマン:クライスレリアーナ Op.16
- リスト:ウィーンの夜会(シューベルトのワルツ・カプリスによる) S.427-6
CD2
- ラフマニノフ:前奏曲 ト長調 Op.32-5
- ラフマニノフ:前奏曲 嬰ト短調 Op.32-12
- スクリャービン:練習曲 嬰ハ短調 Op.2-1
- スクリャービン:練習曲 嬰ニ短調Op.8-12
- リスト:巡礼の年 第2年「イタリア」よりペトラルカのソネット第104番
- ショパン:マズルカ第13番 イ短調 Op.17-4
- ショパン:マズルカ第7番 ヘ短調 Op.7-3
- ショパン:ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53『英雄ポロネーズ』
- シューマン:トロイメライ
- リスト:忘れられたワルツ第2番
- モシュコフスキ:花火 Op.36-6
ホロヴィッツらしい小品の選曲と、そして最後に花火を持ってくる愛らしさ。
ほころびもあるが、詩情豊か
長めの拍手から始まるこのアルバムは第1曲(トラック2)のスカルラッティから引き込まれます。3曲のソナタが心の琴線に触れるようです。
続くシューマンのクライスレリアーナは冒頭からほころびがあり、正直、技術的には今のピアニストのほうがうまいと思ってしまいますが、そこで低音をガンガン鳴らすのかというホロヴィッツならではのサプライズもあります。CD1の最後のリストのウィーンの夜会はとりわけロマンティックです。
CD2ではラフマニノフ、スクリャービンとホロヴィッツの得意なロシアの作曲家の小品が並びます。軽やかに蝶のように舞うホロヴィッツのピアノ、そして詩情に驚かされます。中でもスクリャービンの練習曲Op.8-12は真骨頂でしょう。あちこち飛び回るような軽やかな高音のメロディとガンガン鳴らす低音が劇的な効果を生み出しています。
ショパンのマズルカも詩的ですし、独特なのが「英雄ポロネーズ」。今のピアニスト、例えばエフゲニー・キーシンなどでは滑らかにつなぐフレーズを、ホロヴィッツだとゴツゴツしたような武骨に演奏していきます。
そして味わい深い「トロイメライ」、ホロヴィッツがよく演奏した「忘れられたワルツ」、最後に「花火」で華々しく盛り上げ、聴衆からフライング気味で「ブラボー」と大拍手を受けます。モスクワ・リサイタルは映像で見ましたが、「花火」を演奏し終えて茶目っ気たっぷりに微笑んでいたホロヴィッツの様子が目に浮かびます。ベルリンの聴衆も大満足の演奏会でしたね。
まとめ
ホロヴィッツが約50年ぶりにおこなったベルリンでの演奏会。聴衆を大いに湧かせた珠玉のピアノ演奏です。
オススメ度
ピアノ:ヴラディーミル・ホロヴィッツ
録音:1986年5月18日, ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
特に無し。
コメント数:1
ホロヴィッツが82歳の時の演奏になるでしょうか。指揮者でも高齢でも素晴らしい演奏をされる方が多いですが、オーケストラの場合は、指揮者の意図をくみ取って実際に音を出しているのはたくさんのプロの奏者ですが、ピアノのソロのリサイタルでは、ピアニスト本人しか音を出す人はおらず、高齢になってくると体力的にもものすごく大変だろうなと思います。そんな演奏会の最後を速弾きで華麗にお洒落に締めくくれるのはすごいことだと思います。あと、スカルラッティのソナタ、いい曲だなと思いました。