クリスチャン・ツィメルマンが2021年来日ツアー中
先日のショパンのバラード全集を紹介した記事でも触れましたが、現代を代表するピアニストの一人、クリスチャン・ツィメルマンが2021年11月から12月に来日ツアーを巡回中です。
来日ツアーのプログラム冊子によると、日程は以下のとおりで、最初は新潟県の柏崎市からスタート。2016年1月にシューベルトの後期ピアノ・ソナタを録音した、ツィメルマンお気に入りのホール、アルフォーレでのリサイタルです。
そして福山、水戸、福島、山形と回ってから、11月30日に川崎、そして本日12月4日が所沢、そして後半は東京のサントリーホールから西宮のKOBELCOホールに向かい、またサントリーホールで千秋楽を迎えます。
- 11月14日(日) @新潟県柏崎市 柏崎市文化会館アルフォーレ
- 11月17日(水) @広島県福山市 ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ
- 11月19日(金) @茨城県水戸市 水戸芸術館
- 11月21日(日) @福島県福島市 ふくしん夢の音楽堂
- 11月23日(火) @山形県山形市 やまぎん県民ホール
- 11月30日(火) @神奈川県川崎市 ミューザ川崎シンフォニーホール
- 12月4日(土) @埼玉県所沢市 所沢ミューズ アークホール
- 12月8日(水) @東京都港区 サントリーホール
- 12月9日(木) @兵庫県西宮市 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
- 12月13日(月) @東京都港区 サントリーホール
バッハ、ブラームス、ショパン
ピアニストの来日リサイタルではAプログラム、Bプログラムのように曲目を何個か用意して回ることが多いのですが、今回のツィメルマン来日ツアーのプログラム冊子では1つのプログラムしか書かれていません。
- J.S. バッハ パルティータ第1番変ロ長調BWV825
- J.S. バッハ パルティータ第2番ハ短調BWV826
- ブラームス 3つの間奏曲Op.117
- ショパン ピアノ・ソナタ第3番ロ短調Op.58
です。今回のツィメルマンは同じプログラムで日本ツアーをおこなっているようです。
久しぶりに生で聴きたくなり
コロナ禍となって早2年。私も今年いっぱいまでは完全在宅ワークになっているので、音楽を聴く時間がかなり増えました。今年はカール・ベーム、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、マリス・ヤンソンスなどの名指揮者の大型CD BOXもリリースされたので、CDの購入額が1ヶ月に数万円を超すこともザラになってきました。
ただ、生で聴く機会が最近ないなぁと感じ、たまには聴きに行こうかと思っていると、今年はピアニストではラファウ・ブレハッチ、エフゲニー・キーシン、そしてクリスチャン・ツィメルマン(Krystian Zimerman)が来日するとの情報が。ただ、行くなら万全な状態でと思い、ワクチン接種してからにしようと思っていたらブレハッチとキーシンのには間に合わず、ツィメルマンなら行けそうだと思いました。
意外と知られていない所沢のリサイタル
そのときに早速「ぴあ」でチケット検索してみたのですが、サントリーホール公演は2回とも売り切れ。遅かったか…と諦めかけていたところ、雑誌「音楽の友」12月号の特集のショパン国際コンクールの優勝ピアニストのページを読んでいると、ツィメルマンの公演情報に12月4日の所沢の情報が。
来日公演のチケット検索は「ぴあ」でしか調べていなかったのですが、「ぴあ」が扱っていない公演もあったのですね。所沢公演の場合は、所沢市民文化センターミューズの公式HPでチケットの予約ができるようになっていたのですが、所沢でツィメルマンがリサイタルをやることを知らない方も多かったのか、私が見たときはまだ席が空いていました。開演前も当日券の販売があったので、穴場ですね。
私が前回行ったツィメルマンのリサイタルは2014年1月のすみだトリフォニーホールでのベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタ(FC2ブログ記事)以来なので生で聴くのは7年11ヶ月ぶりで、ツィメルマンのリサイタルはこれで4度目か5度目です。所沢ミューズでのリサイタルも過去に2回聴いた覚えがありますが、色々と行き過ぎて記憶がおぼろげになってきました。
ミューズへは航空公園から徒歩で
所沢ミューズは航空公園駅が最寄り駅。西武新宿線で航空公園駅を降りると、ホームにあふれるぐらいの人が。最初、航空公園近くの人口が多いのかなとも思ったのですが、服装がよそ行きっぽい方が多かったので、これはリサイタルに向かう人だなと分かりました。駅を出てスマホで地図を見ようと思っていましたが、この人の流れに付いていけばミューズに行けるなと思い、そのまま集団の中に入って徒歩で向かいました。
航空公園なので、駅近くにYS11の展示もありました。
10分ぐらいで着きます。こちらは休憩時間中に外で撮った写真ですが、所沢ミューズのアークホール外のイルミネーションも綺麗でした。
孤高のピアニスト 透徹の響き
ツィメルマンのこのリサイタルのキャッチフレーズは「孤高のピアニスト 透徹の響き」。
2014年のリサイタルでもピアノの上に譜面を置いて演奏していたツィメルマンでしたが、今回もツィメルマンがステージに登場前にする前に係の方が楽譜を運んでピアノの上に置いていました。普通の縦型の楽譜ではなく、独自で作ったような横長の紙に余白がタイトで8行ぐらいもある、細かく書かれた楽譜でした。前回は演奏途中で自分で譜面をめくっていましたが、今回はパルティータの6曲のうち1曲が終わったらとか、ピアノ・ソナタの楽章が変わったタイミングでツィメルマン自身で譜めくりしていました。ただ、全部譜読みしながら弾いているわけではなく、大部分は暗譜されていましたね。
ロマンティックで響きの魔術
バッハのパルティータ第1番。第1曲の冒頭から鳥が飛ぶかのような軽いタッチでツィメルマンのピアノが始まります。ツィメルマンは特注のスタインウェイをコンサート会場に持ち込むことで有名ですが、まるでツィメルマンの最高のパートナーのように、ツィメルマンが表現したい表情にスタインウェイのピアノが応えます。
ツィメルマンは大胆な解釈をすることもありますが、このパルティータ第1番では第3曲と第4曲の非常にゆっくりとしたテンポにそれを感じましたし、各曲の最後の1音をフェルマータが付いているかのように効果的に長めに伸ばしていました。6つの曲で1つの作品と捉え、第6曲ジーグでは素速いテンポで中間の曲とは緩急を付けていました。バッハの作品ですが非常にロマンティックな演奏でした。
続くパルティータ第2番は圧倒的なシンフォニアから始まり、こちらもクーラントやサラバンドでスローなテンポにし、カプリッチョでは速めのテンポでフーガを効果的に引き出していました。
20分間の休憩時間を挟んで、後半はブラームスの3つの間奏曲Op.117。ブラームス晩年の作品で、とても味わい深い音楽です。ツィメルマンは時折左手で胸の前でジェスチャーをして、心からこみ上げるような思いを表現しているようでした。
そしてクライマックスのショパンのピアノ・ソナタ第3番。私も生でもCDでも多く聴いてきた作品ですが、今日のツィメルマンの演奏はこれまで聴いたものとは全く違う演奏でした。何よりも、響きが澄み切っています。第1楽章では高音から駆け下りるようなメロディラインや低音を響かせる旋律で音が濁る演奏もあったのですが、ツィメルマンの今日の演奏は全く濁りませんでした。清流のように清らかと表現すれば良いのでしょうか。とても音の響きが綺麗です。ペダルをどうしているのかと足元を見てみると、ツィメルマンは音ごとに細かくペダルを踏み変えていました。水が跳ねるようなみずみずしさがあった第2楽章、そして第3楽章の心の琴線に触れる旋律の美しさ、さらに情熱的に速めで弾ききった第4楽章。全てが素晴らしかったです。
唯一音を濁らせたのは、第4楽章のラストのフォルテッシモの直前。敢えて混沌を生み出してから、ペダルを変えて音を切り替え、リゾルートで毅然と和音を力強く弾き、まさに響きの魔術でした。
聴衆からの熱い拍手に笑顔で応えたツィメルマン。案の定アンコールはなく、3回目のカーテンコールでマスクを付けて登場し、会場の照明が明るくなってお開き。拍手し過ぎて少し温まった手をポケットに入れて、私は冷たい冬空の下、大満足の気持ちのまま家路につきました。
ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン
演奏:2021年12月4日, 所沢ミューズ・アークホール
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