ピアノの詩人、ショパン
ピアノの詩人とも呼ばれた、ポーランドの作曲家、フレデリック・ショパン。ピアニストとしても活躍した彼は、作曲もピアノの作品がほとんどでした。ピアニストの主要なレパートリーになっているショパンの作品の中でも、4つのバラードは技巧も表現力も試される傑作と言える作品たちです。
過去の往年の名ピアニストたちが録音してきたショパンのバラードで、私がオススメするレコーディングを紹介していきたいと思います。
ショパンのバラード全集
アルトゥール・ルービンシュタイン(1959年)
オススメ度:
20世紀を代表するピアニストの一人でショパンと同じポーランド出身のアルトゥール・ルービンシュタイン。彼のショパン演奏は後世のピアニストに模範とされていますが1959年に録音されたバラード全集でも気品があって適度にアドリブ感がある演奏で、理想的なショパン像を聴かせてくれます。
ヴラディーミル・アシュケナージ(1964年)
オススメ度:
ヴラディーミル・アシュケナージはショパンのバラード全集を1964年と、ピアノ作品全集での1977年から1984年での録音と2回レコーディングをおこなっています。どちらも素晴らしい演奏ですが、私はこの1964年の旧録を愛聴しています。
若きアシュケナージのカミソリのようなテクニックと詩情豊かさを味わえる名盤です。オススメは第3番。
スタニスラフ・ネイガウス(1971年)
オススメ度:
ロシアン・ピアニズムのサラブレッド、スタニスラフ・ネイガウス。実父がゲンリヒ・ネイガウス、息子がスタニスラフ・ブーニンという音楽一家で、ロシア国内で優れた演奏家、教育家として活躍しました。日本では知る人ぞ知る存在のスタニスラフ・ネイガウスが1971年におこなったリサイタルのライヴ録音がCD化されています。
バラード第2番、第3番、第4番を含むオール・ショパン・プログラムで、まるで破滅へと進むかのようなスタニスラフ・ネイガウスの一期一会の気迫こもったライヴ録音です。
ヴラディーミル・アシュケナージ(1977-1984年)
オススメ度:
ショパンのピアノ作品全集録音というCD13枚にも及ぶ壮大なプロジェクトをおこなったヴラディーミル・アシュケナージ。この一環で録音されたバラード全集は1964年の旧録からさらに力強くなり、楽譜により忠実な演奏を心掛けています。第1番がオススメです。
クリスチャン・ツィメルマン(1987年)
オススメ度:
ショパンと同じポーランド出身のピアニストで、1975年のショパン国際コンクールで優勝したクリスチャン・ツィメルマン。近年の演奏家にしては珍しくレコーディングがそれほど多くないピアニストなので、ショパンの作品についてもそれほど多くは無いのですが、バラード全集は1987年に録音しています。
ツィメルマンらしく考え抜かれた解釈で、打鍵も完璧。ショパンらしい詩情溢れる演奏です。オススメは第3番。「水の精」とも言われるこの作品の理想的な演奏でしょう。
マウリツィオ・ポリーニ(1999年)
オススメ度:
現代を代表するピアニストの一人、マウリツィオ・ポリーニが1999年のショパン没後150周年のアニバーサリー・イヤーに満を持して録音したのがバラード全集。
これまでの繊細で気品のあるショパン像を覆すような、雄大で力強い演奏は聞き手に強いインパクトを与えました。日本レコードアカデミー賞を受賞しています。
マレイ・ペライア(1994年)
オススメ度:
アメリカ出身のピアニスト、マレイ・ペライアが1994年に録音したショパンのバラード全集。英国のグラモフォン賞を受賞していますが、溜めを効かせたゆったりとした流れの中、情緒たっぷりな演奏をおこなっているので、流れが途切れることもあり、万人受けはしない演奏でしょう。
エフゲニー・キーシン(1998年)
オススメ度:
神童と呼ばれたエフゲニー・キーシンがベテランの域へと進む26歳にショパンのバラード全集を録音しました。試行錯誤の時代なのか、解釈が独特でキーシン自体の迷いも感じられる演奏で、あまりオススメはしづらいですが、16分音符の細かい打鍵の速さと正確さには驚かされます。
バラード第1番 ト短調 Op.23
マルタ・アルゲリッチ(1959年)
オススメ度:
1959年から1967年にかけてラジオのために録音されたマルタ・アルゲリッチの若かりし頃のショパンのレコーディングが、アルゲリッチのDG録音全集で初CD化されました。アルゲリッチはバラードの正式録音がこれまで存在しなかったのですが、1959年1月に演奏されたバラード第1番がここには収録されています。貴重です。
煌めくようなパッションがアルゲリッチらしく、とにかく打鍵が速いヴィルトゥオーソ的な演奏です。
マウリツィオ・ポリーニ(1968年)
オススメ度:
1960年のショパン国際コンクールで優勝したマウリツィオ・ポリーニが一旦表舞台から消えて再デビューをした頃の録音。この間に「ピアノ以外にも勉強することが多くある」ということでクラウディオ・アバドと親交を結んで指揮を学んだり、建築など音楽以外の勉強もしたりした他、ピアノについてはアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリに師事して鍛錬していました。
この1968年の録音は、ものすごい集中力で力強く演奏され、雄大なショパン像を描いていますが、このバラード第1番にとてもマッチしています。ただ、開始2分13秒あたりで指が転んでいるので、完璧なポリーニらしくないと思い、星は一つ減らします。
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1985年)
オススメ度:
鬼才のピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが何度も演奏したのがバラードの第1番。EMI(現ワーナー・クラシックス)での1957年、1962年の録音、ドイツ・グラモフォンでの1971年のものが正規録音としてあり、いわゆる海賊盤と言われるライヴ録音も合わせるとかなりの数に。激安CD BOXのレーベルMembranからリリースされた中に含まれているのが1985年のライヴ録音。どこで演奏されたのかは詳細は不明ですが、聴衆の拍手も聴こえるのでリサイタルでのライヴ録音のようです。
デジタルの時代なのに、アナログ録音で音質は悪いですが、sempre più mossoでのドラマティックな表現、そしてmeno mosso sotto voceでの極端なテンポの落とし方など、個性が光る演奏でしょう。
バラード第2番 ヘ長調 Op.38
ヴラディーミル・アシュケナージ(1955年)
オススメ度:
アシュケナージが第5回ショパン国際コンクールで第2位を取ったときの本選でのライヴ録音。特にフォルテッシモのcon fuocoの箇所がすごいですね。後に「カミソリのような切れ味」と評されるアシュケナージですが、17歳のこの時点で非常にキレがあり、レベルの高さを物語っています。あいにく、音質が悪すぎるのですが、曇った音の中からもアシュケナージのすごさが伝わってきます。
バラード第3番 変イ長調 Op.47
スヴャトスラフ・リヒテル(1961年)
オススメ度:
超絶技巧と詩情豊かな演奏で20世紀を代表するピアニストの一人だった、スヴャトスラフ・リヒテル。リヒテルのショパンと言えば練習曲のイメージが強いですが、バラードについては第3番と第4番をドイツ・グラモフォンで録音しています。
第3番については音質はイマイチですが、ヴィルトゥオーソぶりが披露された演奏になっています。ただ、全体的にさらっと流れていき、内声も引き立っていないのでオススメはしづらいです。
バラード第4番 ヘ短調 Op.52
スヴャトスラフ・リヒテル(1962年)
オススメ度:
同じくスヴャトスラフ・リヒテルがドイツ・グラモフォンに録音したバラード第4番。さらっと流れた第3番と違って、こちらはテンポをゆっくりにしてたどたどしく演奏されてきます。音質はひどすぎるくらいですが、クライマックスでの圧倒的な打鍵も見事です。
ヴラディーミル・アシュケナージ(1999年)
オススメ度:
ヴラディーミル・アシュケナージが1999年に録音した、ショパンの後期作品集にバラードの第4番も収録されています。より打鍵やペダル使いがまろやかになり、音楽的な深みが増したアシュケナージが行き着いた境地のような演奏です。
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