個性的な指揮者、チェリビダッケ
今日はセルジュ・チェリビダッケが指揮した「エロイカ」の録音を紹介します。チェリビダッケについて書くのはブルックナーの交響曲第9番(1995年)以来ですね。
ルーマニア生まれの指揮者チェリビダッケ(1912〜1996年)は、超が付くほど個性的な指揮者で、戦後ナチスとの関係があったヴィルヘルム・フルトヴェングラーが謹慎している際にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の暫定的な首席指揮者にもなっていますが、後にフルトヴェングラーが復帰し、さらに没後にヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリンフィルの首席に就くとチェリビダッケはベルリンから離れます。
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就いたのは1979年で、亡くなる1996年までその任にいました。演奏会で高い評判を受けながらも録音嫌いのチェリビダッケは生前にレコードを出すことは少なく、遺された音源が没後にリリースされ日の目を見るようになりました。
デフォルメされた個性的な解釈
今聴く1987年4月のベートーヴェンの交響曲第3番「英雄 (エロイカ)」のライヴ録音も、ミュンヘンフィルとの演奏で、晩年のチェリビダッケらしくテンポはかなりゆっくりです。デフォルメされた個性的な解釈で、チェリビダッケにしかない味が満載。
例えば第1楽章の冒頭。トゥッティで変ホ長調の和音が2回スタッカートで鳴らされるのですが、ここをチェリビダッケは音を伸ばして柔らかく鳴らしています。続く第1主題も英雄的に雄大に演奏するのではなく、ミュンヘンフィルの朗らかさで伸びやかにしっとりと鳴らしています。イタリア出身の指揮者カルロ・マリア・ジュリーニも晩年にミラノ・スカラ座と録音した「エロイカ」(1992年11月)でもゆったりとしたテンポで旋律を存分に引き出していましたが、このチェリビダッケもそれより前の1987年4月にこうした解釈をおこなっていたことに驚きました。
ところどころチェリビダッケの声も聞こえて、第1楽章の8分31秒、15分25秒、15分42秒あたりでも「ティ」と掛け声のようなものが入っています。
引きずるような葬送行進曲
第2楽章は白眉の出来。葬送行進曲という副題が付き、Adagio assai (はなはだ緩やかに)というテンポですが、チェリビダッケとミュンヘンフィルはLento (遅く)のような解釈。死者を送る葬送行進曲はゆっくりと、とする解釈は他の指揮者にもありますが、あまりに遅すぎて音楽が弛緩してしまうリスクもあります。チェリビダッケの音楽にはそんなことがありません。漂うような旋律が浮かび、タタタタンという行進曲のリズムは静かに演奏し、立体的に聴こえます。第1楽章でも魅せたレガートの手法がここではさらに花開いています。特にすさまじいのは第2楽章の展開部の130小節目以降。トラックの9分46秒あたりからですが、フォルテッシモで一つのクライマックスを作るのですがチェリビダッケはヴァイオリンのスタッカートでレガートに音を持続させて弾き、145小節(10分49秒)からは第1ヴァイオリンの最高音でのトレモロを響かせつつ、うごめくような他の弦による旋律をしっかりと引き出しています。この展開部の一連の演奏はチェリビダッケならでは。
消え入るような静寂になってから第3楽章へ。ここでのスタッカートは短い音符をはじくように弾いていて、第1楽章や2楽章のレガートなスタッカートとは違う解釈。ミュンヘンフィルの伸びやかな演奏がよく合います。
そして第4楽章はしっとりと。変奏曲の楽章ですが、76小節の第三変奏・第2主題(2分5秒あたり)では木管の柔らかい響きで朗らかにたっぷりと歌っています。ゆったりと紡がれていく変奏が見事。
まとめ
チェリビダッケとミュンヘンフィルの「エロイカ」のライヴ録音。ここでしか聴けない超個性的な音楽が楽しめます。
オススメ度
指揮:セルジュ・チェリビダッケ
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1987年4月12,13日, フィルハーモニー・イン・ガスタイク (ライヴ)
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試聴
Apple Music で試聴可能。
受賞
特に無し。
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