このアルバムの3つのポイント
- フィルハーモニア管の立ち上げを支えたオットー・クレンペラーとの演奏
- カラヤンに続いてのフィルハーモニア管のベートーヴェン交響曲全集
- 激遅のゆったりとしたテンポで丁寧に描いたポリフォニー
フィルハーモニア管のベートーヴェン交響曲全集
イギリスのフィルハーモニア管弦楽団は、1945年にEMIレーベルのプロデューサーだったウォルター・レッグによって創設されたオーケストラ。設立間もない時期から、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、オットー・クレンペラー、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどの名指揮者たちを招聘して、このオーケストラのレベルを短期間で向上させています。
1951年から1955年にかけては、ヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮したベートーヴェンの交響曲全集を完成させています。カラヤン壮年期の指揮で、後のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との再録では見られないフレッシュでスリリングな演奏が聴けて、私は愛聴しています。
そして1955年からフィルハーモニア管はオットー・クレンペラーと組んで、ベートーヴェンの交響曲全集に再度取り組むことになりました。ワーナー・クラシックスからリリースされている1955年から1960年、さらに1968年の録音も含むベートーヴェン交響曲全集&序曲集はCD10枚入りでセールで1,990円とお買い得だったので買いました。
1959年の「英雄」だけ先に紹介しましたが、じっくりとしたテンポで雄大な演奏でした。
このコンビでは1960年5〜6月にウィーンのムジークフェラインザールでのライヴ録音での全集もAltusレーベルからリリースされていますし、1970年5〜6月のロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ録音も映像作品としてリリースされています。
じっくりとしたテンポでポリフォニーで描かれる交響曲
オットー・クレンペラーとフィルハーモニア管のこの交響曲全集は個性的と言えるでしょう。どれもじっくりとしたテンポで遅すぎるぐらいです。勢いや情熱を失う代わりにクレンペラーが追い求めたのはポリフォニーの響きだと思います。各楽器の旋律が丁寧に引き出され、さらっと流れてしまうようなオーボエやクラリネットのソロでも「おっ」と気付きを与えてくれます。
以前聴いた、カルロ・マリア・ジュリーニが1991年から1993年にミラノ・スカラ座と録音したベートーヴェン交響曲選集を聴いたときと似たような印象を受けました。ジュリーニはまるで旋律を解体するかのようにしていましたね。
10枚のCDに3種類ある交響曲第7番
このCD BOXをややこしくするのが、再録音。クレンペラーとフィルハーモニア管は同じ曲を何回も録音していて、この10枚のCDの中にも、交響曲第7番は3種類(1955年10月、1960年10-12月、1968年10月)もあります。どれも少しずつ違うのですがゆっくりとしたテンポを取ったことによる引き出された旋律は似ています。どれを聴けば良いのか、リスナーに委ねられるわけです。
私としては、この中では最後の1968年の録音が一番ゆっくりなだけに味わい深いと感じました。第2楽章のあの透き通った美しさには驚きました。ただ第4楽章はこれでもか、というほどに遅すぎます。
一方で交響曲第4番(1957年)とカップリングされているCD4に収録されている第7番は1960年のもの。第1楽章ではこのテンポだからこそディテールがくっきりと表れてくる。速さを追求することで勢いのある演奏に仕上がったと思いますが、クレンペラーはそのアプローチを取らずに、まるで室内楽のように細かい造形までこだわった演奏に。
交響曲第5番「運命」 1959年10月録音
交響曲第5番「運命」はこの全集でも2回録音されていますが、1959年の録音では、ゆったりとしたポリフォニーを正確に引き出した演奏と言えます。
例えば、第1楽章の第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのパート。ここではピンクの矢印で示したように、第1音と第2音にスラーが付いてつなぐように演奏し、第3音と第4音ではスタッカートが付いています。
これをクレンペラーとフィルハーモニア管は見事に弾き分けているのです。
そしてゆったりとしたテンポを取って、各楽器の声部を正確に弾き分けています。これをやるために敢えて遅めのテンポを選んだのではと思います。
第2楽章ではチェロとコントラバスから始まりますが、イヤホンで聴くと左右とも同じくらいの大きさの音量で聞こえます。オーケストラの配置で真ん中あたりにいるのでしょうか。さらに聴き進めていくと、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがメロディを奏でてヴィオラが伴奏にまわるところがありますが、ここでは第1ヴァイオリンの音がイヤホンの左に、第2ヴァイオリンの音が右からはっきりと聞こえます。
やはりクレンペラーはフィルハーモニア管に対向配置(両翼配置)に置いて演奏していたことが伺えます。
雄大に流れていく音楽はそのままイン・テンポで進んで行き、淡々とクライマックスを迎えます。テンポ・ルパートで変化を付ける指揮者もいますが、クレンペラーは小細工無しという印象です。ff(フォルテッシモ)では迫力を求める方には不向きかもしれませんが、力強いと言うよりは整った響きでしっかりと弾いています。
第3楽章は冒頭は暗闇の中を手探りで進むかのように不安さがありますが、「運命」の動機が現れるf(フォルテ)からははっきりとした毅然とした音色に。トリオに入り、チェロとコントラバスから主題をフルート、オーボエなど他の楽器が引き継いでいくところでは、クレンペラーは明確に各声部を弾き分けています。
コーダでは、聞こえないぐらいのかすかな音で始まるppp(ピアノ・ピアニッシモ)から長い長いクレッシェンドで徐々に熱を帯びていき、切れ目なく第4楽章へ。ここで一気にテンポを上げて暗から明への変化を強調し、圧倒的なクライマックスを作る指揮者も多いのですが、クレンペラーはここでもじっくりとしたテンポのまま進みます。凱旋のファンファーレが、まるで牛歩で行進するかのように感じられます。個性的です。
提示部の反復(リピート)は省略してそのままゆったりとした流れで進んでいきます。ここまで全くテンポに変化を付けないのも極端ですね。テンポの緩急を付けまくったサイモン・ラトルとウィーンフィル(2002年)の21世紀のベートーヴェンとは対極的な演奏です。
細かいなと思ったのは第4楽章の最後のプレスト。ここではfp(フォルテピアノ、強く、すぐに弱く)が使われていますが、フィルハーモニア管は本当に一音だけ強く演奏してすぐに弱くしています。ここはフィナーレで盛り上がってくるのでないがしろにする演奏家もいるのですが、クレンペラーはここもきっちりと指示通り演奏させています。
交響曲第6番「田園」のマルチな響き
クレンペラーとフィルハーモニア管は対向配置(両翼配置)のポジションを取っていたと考えられます。「田園」の第1楽章では田舎に着いたときの情景が表されていますが、まるで森の中を歩いたときのように、様々な声が聞こえてきます。
ここで対向配置を取ることによって、第1ヴァイオリンの響きがスピーカー(イヤホン)の左側から聞こえた後に、第2ヴァイオリンの響きが右側から聞こえます。見事なステレオ効果です。
まとめ
オットー・クレンペラーがフィルハーモニア管を指揮して録音した1950年代から1960年代にかけてのベートーヴェンの交響曲全集。これでもかというぐらいにゆったりとしたテンポで引き出されたポリフォニーの響きには驚きました。個性的で何よりもこの遅さでは万人受けはしないと思いますので、星は3つとしておきます。
オススメ度
指揮:オットー・クレンペラー
フィルハーモニア管弦楽団
ソプラノ:オーセ・ノルドモ・レーヴベリ
メゾソプラノ:クリスタ・ルートヴィヒ
テノール:ヴァルデマール・クメント
バス:ハンス・ホッター
録音:1954年11月17, 18, 24日(Op.72, 72a, 72b, 138), 1955年10月3, 4日, 12月17日(第3番), 1955年10月4-6日(第7番), 1955年10月6, 7日, 12月17日(第5番), 1956年7月21, 25日(Op.124), 1957年10月7, 8日(第6番), 1957年10月28, 29日(第1番), 1957年10月2, 5日(第2番), 1957年10月21日(Op.62), 1957年10月21, 22日(第4番), 1957年10月25, 11月21, 25日(Op.84), 1957年10月29, 30日(第8番), 1957年10月31日, 11月21-23日(第9番) , 1957年11月25日(Op.43), 1960年10月25日, 11月19日, 12月3日(第7番), 1963年11月4-7日(Op.72a, 72b, 138), キングズウェイ・ホール
1956年月26, 27日(大フーガ), 1959年10月22-24日(第5番), 1959年10月28日(Op.117, 124), 1959年10月29日, 11月11-13日(第3番), 1968年10月12-14日(第7番), 1969年10月6, 17, 18日(Op.43), アビー・ロード第1スタジオ,
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試聴
特に無し。
受賞
特に無し。
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